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アルセリア様の「僕と君の物語」の三話目です。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス

文・絵/アルセリア様
*1*2*3*4
*1  ▲
 
 さて、雨宮が我が家に押しかけてきた、その日のことである。
 
 本心としては、時間を朝まですっとばして全てがなかったことになっていたという展開を期待したいところだ。
 しかし残念ながら、あまりのショックに僕の意識が途切れて気づけば翌日の朝だったということも、どこぞのボスが時間を吹っ飛ばして結果だけが残るということもなく、相変わらず今は帰宅後の夕刻だった。
 世知辛い世の中だと思う。
 時には、自分が苦しみ辛い思いをしたシーンが省略されるという現象が起こった方が人は幸福になれるんじゃないだろうか。
 まぁ、今回に限っては結果が悲しいことになりそうなのだけれども。
 そう、悲しい結果。
 雨宮の居候が決定事項と化すという、悲しい結末が待ち受けていそうなのである。
 抗わねば、辿り着いてしまうであろう終着点。
 抗わなければならない。
 省略などという楽な手段を選んでしまっては、運命に抗うことなんてできないだろう。
 運命に抗う…なんて、運に見放されそうな言葉なんだ。
 あんまり好きな言葉じゃないんだよ、「運命に抗う」。
 どうにも漫画やらアニメやら小説では運命的な出会いだの奇跡の生還とかは受け入れる傾向にある癖に、不都合な運命は全面否定というやるせない思考回路が多い気がする。
 僕が思うに、運命という川にカヌーで流されつつ、岩の上に乗り上げたり滝に至るコースに入らないように漕いで方向転換するぐらいでいいんじゃないだろうか。
 下手に流れに逆らっても転覆するだけである。
 いつの間にやら抗うことに否定的になっている僕自身の思考回路に疑問は抱かないでもないけど、方針は決まった。
 これ以上都合の悪い方向に進まないよう、櫂を漕ごう。
 よし、まずは状況整理だ。
 現状の整理からはじめよう。
 うっかり妙な方向に進まないためには、それが重要だ。
 
 一、 雨宮が居候に押しかけてきた
 …何故だ。何故来たんだ。
 いや、空き部屋があると聞いたので、とか言ってたけども、さすがにそれはどうだろう。
 人類の思考回路としてそれはどうだろう。
 駄目じゃないかな、人類として。
 もうちょっと理に適った行動をとるべきじゃないかな。
 …次。
 
 二、 母さんは既に許可を出していた
 致命的だ。致命的すぎる。
 現在僕は、頭の中を整理するために自室に戻っているわけだけども、その30分前、僕は母さんに雨宮が居候するということについてどう考えているのかを尋ねたのだ。
 その返事はこうだった。
 
『娘が増えるみたいで嬉しいわー』
 
 器が大きすぎた。
 息子のクラスメイト(知り合って一週間未満)がいきなり居候に押しかけてくるという異常事態に対して、その人物を娘のように扱うとは恐るべき母である。
 僕はあの母をどのようにして説得すればいいのだろうか。
 …次。
 
 三、マイシスターが現在抵抗中
 唯一の希望かもしれない。
 実は僕以外の人間に対してあまり積極的に発言しようとしない我が妹なのだが、流石に今回のことは許容できなかったのか、真正面から反論していた。
 曰く、図々しい、常識で物を考えろ、どこにそんな必要がある等々。
 いや、海はそんな口調ではないのだが、大体そんな感じの内容だった。
 そのあまりの剣幕と、現在僕が自室に篭っていることに関連性はない。
 ないんだ。
 僕は決してへたれなどではないのだから。
 
 …うーん。やはり海の援護が雨宮攻略の糸口か。
 その前に、雨宮がここに来た理由についても、深く追求すべきかもしれない。
 落ち着いて考えてみれば、やはり雨宮なりの理由がある気がしたのだ。
 そう思った理由は、単純なこと。
 数日、雨宮を見ていて気づいたこと。
 朝の登校時にいつも倒れているような雨宮が、下校時にはどうしているのか。
 僕は、そのことを少し気にかけていた。
 そんな折、僕は雨宮に車の迎えが来ているのを見かけたのだ。
 運転席の人の姿は見えなかったが、まぁ普通に考えれば親だろう。
 それを見た時、僕はなんとなく想像した。
 昨年、僕の登校中に彼女の姿を見かけたことがなかったのは、登校時も車だったからではないかと。
 想像にすぎない。
 それは、僕の中で理由付けしたにすぎない。
 でも、だとすれば今回の居候は、完全に車による送迎がなくなることを指すわけだ。
 それなのに、理由もなく押しかけるだなんて、僕には想像できなかった。
 …。
 しかし、よくよく考えれば雨宮の思考をまともに想像できたことはあったろうか。
 …ない気がする。
 実は僕の想像は大きくはずれているんじゃないか? 
 どうしよう、段々大した理由がない気がしてきた。
 これでもし真剣に理由を問い詰めて大した理由がなかったら、なんか恥ずかしい。
 自分の中で作り出したシリアスな展開を、「は? なんの話ですか?」と返される自分の姿がリアルに浮かぶ。
 雨宮のことだ、僕がそんな想像をしていたことが知られたら後世まで語り継ぎかねない。
 そう考えると、ますます動き難くなってきた。
 
「…さて、どうしたものかなぁ」
 本当に、どうしたものだろう。
*2  ▲
 
 
 
 僕と君の物語 第三話『僕と雨宮と父の電話』
 
 
 コンコン
 
 どうしたものかと、僕がベッドでごろごろしつつ更に数分悩んでいると、部屋の戸をノックする音が聞こえた。
「はいどうぞー?」
 僕は起き上がりつつ声をかける。
 はて、いったい誰だろうか。
 ちなみに僕の家族は、父さん以外は一応ノックしてから入室する。
 マナーとプライバシーは大切なのだ。
 ドアに目を向けると、ドアノブがゆっくりと廻るのが目に映った。
 そして、一気にドアが開かれた。
 バターンと。
「突撃、くっちーの晩ごはーん!」
「ここに飯はねぇよ」
 雨宮だった。
 完全に失念してた。
 そうか、雨宮はノックができるのか。
「ふふふ、実はわたくしことあまみーは、ご飯ができたよーと朽木さんに知らせに来たのです」
「それはありがとう。そして実家に帰るがいいよ」
「実家に帰らせていただきます! という奴ですね?」
「それは僕とおまえが結婚しているという異常事態が発生していないかい?」
「しますか?」
「しませんね」
「では、ご飯を食べに行くというのはどうでしょう」
「そうだね、それがいいね」
 恐るべき二択だった。
 これはご飯を食べざるを得ない。
 それにしてもうちに母は、あの状況で普通に夕食作りに励んでいたということだろうか。
 娘の怒りの抗議に無反応とは恐るべき母よ。
「にしても、なんで雨宮が僕を呼びにきているんだ?」
「いやぁ、私もこれからこの家の住人になるわけですし、これくらいのことはさせていただきますよ?」
「…なんだい、決定事項なのかい?」
「妹さんの説得には成功しましたねー」
 マジか、時既に遅しなのか。
 一体あの状況から何を言ったらあの妹を説得できるんだ。
 教えてくれその説得術。
 非常に役に立ちそうだ
「あとは朽木さんを説得するだけなのです」
「まぁまて、僕にはまだ父さんという普段は一向に役に立たず、逆に迷惑以外の何物も感じない。しかしながら現在は単身赴任中なのでこの事態に許可を出せないでいるはずの存在がいるはずだ」
「ほほう、お父さんですかー」
「ああ、父さんから許可が出ない内は、おまえを僕の家に居候させるなんて出来はしないのさ」
「聡介―」
 僕が非常に不本意ながら父さんまで使って雨宮を説得していると、階下から母さんの声が聞こえた。
 なにやら僕を呼んでいるようだ。
 なんだろう。
「父さんから電話よー」
 あの男は僕を監視でもしているのだろうか。
 
 
『流石は主人公だな、聡介』
「いきなりなんだこの親は」
 電話を代わって第一声がこれである。
 相変わらず狂っている。
『母さんから聞いたぞ』
「なんて余計なことを…」
 互いに主語は抜けているが、状況は伝わった。
 どうやら母さんは、雨宮が僕の家に居候する件について、父さんに連絡を入れたらしい。
 それはそうか、さすがにこんな状況で電話の一本も入れない母ではなかったらしい。
 しかし母さんは、僕の意見とか気にしていないんだろうか。
 それとも部屋に戻ったのを無言の肯定と取られてしまったのだろうか。
 だとすれば、大失策である。
『ふっ、しかしおまえもその年で嫁を作るとはな』
「嫁を作ることができる年齢ではないよ、父さん」
『父さんの目にはおまえが周囲から「何この夫婦」という目で見られている姿が浮かんでいるよ』
「父さん、それは錯覚だよ。イカれた頭のつくり出した幻覚さ」
『ではどんな目で見られているんだ?』
「知らんよ」
 考えたくもない。
 どちらかというと雨宮よりかえでのせいで異様な目で見られている可能性は高そうだ。
 声でかいから。
 しかも後輩のくせに上級生の教室に堂々と乗り込んでくるし。
『どうせ聡介のことだ。学校では同級生や後輩の女の子を交えつつ、談笑しながら昼食をとったりしているんだろう?』
「ねぇよ」
 大正解です父さん。
 何故あなたはわかりましたか?
 特に、何故後輩と飯食ってるとかわかりましたか?
『橘かえでちゃんといったか…』
「何故その名を知っているんだ」
 この居候騒動には関係ない名だ。
 母さんが話したとも思えない。
 奴の存在を母さんに話したこともない。
 今朝の騒動も僕の必死の努力により、母さんにはばれずに済んだのだ。
『おまえの部屋の向かいの部屋に引っ越してきたんだろう?』
「だから何故それを知っているんだ」
『あのアパートの所有者は、俺だ』
 …。
 …は?
『管理人は別の人だがあのアパートの所有者は父さんなのさ。十数年前に買い取った』
 …。
 …。
 異常な事実が発覚してしまった。
「えー、つまり…」
『うむ、あのアパートの住人は全て把握している。そしておまえの部屋の向かいに部屋を借りた橘かえでという女の子には、きちんと事情まで伺った』
「…ほう」
『そこから会話が弾んでな』
「弾むな」
『今ではメールでおまえの近況を聞いたりしているよ』
「女子高生相手に何してんだあんた」
『実はおまえの昼食風景とか知ってた』
「なんて嫌な事実だ」
 嫌すぎる。
 まさか本当に父さんの監視が存在したとは。
 かえでのことだから、今後父さんに話すなと命令すれば従いそうな気もするが。
『まぁ、今後は控えるがね』
「ほう、助かるけどどうしてだい?」
『なに、この事実を知ってしまったんだ。それではこの先、父さんに知られても問題ないような行動しか取らなくなるだろう?』
「…そうだろうねぇ」
 あいつが注意した後も父さんに報告しつづける気は、まぁしないのだけれども。
 そんな事を父さんに伝えても、得はしないだろう。
 自分からやめてくれるならばその方が助かる。
 …でも、かえでへの注意は一応しておこう。
『それでは主人公らしくないじゃないか!』
「よし、黙ろうか父さん」
 その教育方針をやめろと何度言ったらわかるのか。
『というわけで、かえでちゃんにおまえの近況を尋ねるのは、この先すっぱり断ち切ろうと思う。信じろ』
「そもそも尋ねてんじゃねぇよと言いたい」
『ええー、そんなぁー』
「わぁ、きもい」
『うん、父さんも我ながら気持ち悪かったと思う。吐いていいかな?』
「父さん、僕は今から夕食なんだ」
『それがどうした』
「吐くな」
『ふっ、もう遅い』
「吐いたのか!?」
『いや、喉元まできたが飲み込んだ』
「それはそれでどうだろう!」
 事実、僕の食欲は少し下がった。
 なんて親だ。
『さて、それでは夕食が冷める前に本題に入ろうか』
「どうだろう、もう既に冷めはじめているんじゃないかな」
『父さん、冷めた料理でも美味いものは美味いと思う』
「いや、僕もそんなに熱々かどうかとか気にしないけども」
『なら話を続けるぞ』
「…ああ、そうだね」
 後回しにしていい問題でもない。
 雨宮をどうするかは、今、話しておくべきだろう。
 父さんは、このことをどう考えているのか。
 普通に受け入れそうな気がするけど。
 むしろ積極的に受け入れそうな気がするけど。
 電話の第一声からして受け入れてた気もするけど。
 
『おまえは、どうしたい?』
 
 父さんは、僕に問いかけてきた。
 相変わらず内容の抜けた質問だけれども、おそらく、雨宮のことを。
 自分の意見を言うのではなく、尋ねてきた。
「…僕が、かい?」
『ああ、おまえがだ。どうしたい?』
 らしくない…とは、思わない。
 これはこれで、実に父さんらしかった。
 父さんは、僕に色んなものを与えてくる。
 状況、環境、知識、果ては家族。
 今回の場合は、選択肢。
 これも妙な教育方針の一環なのだろうか。
「…どうしようかな」
 僕は、素直に迷いを口にする。
 迷っていた。
 雨宮に理由を問い詰めるべきかとか、そんなことよりも、もっと根本的なところで。
 面倒だけれど、やたらと疲れる目に遭いそうな気はするけれど。
 正直、僕はどっちでもよかったのだ。
 雨宮が本当に居候しようが、どうでもよかった。
 それはそれで、楽しそうなのだから。
「どうしたらいいと思う?」
 僕は問い返す。
 深い考えがあったわけじゃない。
 ただ、何か参考になる意見が返ってこないかと、期待した。
『うむ、俺が思うに、主人公なら受け入れるんじゃないかな!』
「あんたはそれしかないのか!?」
『ふっ、この俺がおまえにそれ以外の何を望んだことがある』
「親として異常だという自覚を持っていただきたい!」
 まったく…これだから父さんとの会話は、深刻になりづらい。
 深刻にならずに、答えを吐き出せる。
 僕は答えを吐き出した。
「…はぁ、もういいよ。一人居候するぐらいのこと、どうでもよくなってきた」
『そうか。よし、ならば父さんも認めようじゃないか!』
「追従するだけとか…なんて駄目な親だ」
『父さんみたいになるんじゃないぞ。おまえは主人公になるんだ!』
「だからその教育方針やめろよ!!」
『ははっ、それじゃあ母さんによろしくな!』
 電話が切れた。
 こちらに返事をする隙すら、与えない。
 もう僕には、さっきの発言を撤回することはできなくなっていた。
 口に出した時点で、迷いはなくなっていたけれど。
「…厄介な親だなぁ、本当に」
 僕は頭を掻きつつ居間に向かう。
 さて、雨宮に伝えにいこうか。
*3  ▲
 
 …
 ……
 ………。
 
 で、伝えたのだけれども。
「…は?」
 なにやら、予想外なことに雨宮が唖然としていた。
 海は諦めのついたような顔で溜息をついて、母さんはにこにことしているけれど。
「いやだから、もういいよ。居候すればいい」
「いえ、何を言っているんですか朽木さん。気でも狂いましたか?」
「なんでだよ!?」
「何故と言われましても…つい先程まで朽木さんは反対派だったと私は思っていたのですけど。なんですか、お父さんに洗脳でも施されましたか?」
「いや、僕が認めるって言ったんだよ」
「アホですか?」
「アホだとぅ!?」
 確かに『おまえ馬鹿じゃねぇの』と言われても文句の言えない判断だった気はするが、アホはいただけない。
 なんかちくちくと真剣に傷つくものがある。
「おかしいでしょう。何故最後の防波堤が内側から打ち壊されるような事態になっているんですか。もうちょっと頑張ってくださいよ」
「いや、おかしいのはおまえだろ! なんでおまえが反対側に回ってるんだよ! どうして欲しいんだおまえは!!」
「私は、頑なに反対する朽木さんをいかに絡め取って渋々納得させるかを楽しみにしていましたのに…興醒めじゃないですか」
「嫌がらせか! おまえは嫌がらせのために居候に来たのか!?」
 ろくな理由じゃなかった! 
 やっぱりろくな理由じゃなかった! 
 こいつ、僕に嫌がらせするために親の迎えを止めやがった! 
「これはCプランに切り替える必要がありそうですね」
「何か壮大な計画を立てている!? 今日居候を思いついた癖に!」
「Zプランでは両親が死にます」
「流石はZだ! まさに最終計画だな!!」
「この場合はいかに私が容疑者にみなされないかが重要になりますねー」
「僕視点だとおまえが犯人としか思えないけどな!」
 そもそも居候している場合ではない。
 両親が死亡したので居候に来ましたとか、どんな精神力の持ち主だそいつは。
「殺人と云えばですね」
「海といい雨宮といい何故僕の周りには物騒な連想をする奴がこうも多いんだ」
 もしやストーキング行為に走ったかえでが一番平和な奴なのだろうか。
 なんて世界だ。
「推理漫画などを読んでいて思うのですが…あれ、犯人絞り込めない場合どうするんでしょうね?」
「ああ…トリックを解き明かしたら3人ぐらいアリバイなくなったとか?」
「あれ、このトリックをこう使ったら今度はこいつのアリバイ消えるんじゃね? とかですねー」
「そもそも全員アリバイないとか」
「犯人はこの中にいない! とかだったらどうしようもなさそうですね」
 海が話に加わってきた。
 好きなのか? こういう話題。
 珍しいな。
「内部にいてくれないと『殺人犯なんかと一緒にいられるか!』という定番の展開が使えなくなるのも問題ですねー」
「死んだな」
「ええ、死にましたね」
「はい、死にます。まぁ連続殺人とは限らないんですが、こういう人物がいた場合確実に連続殺人になりますよねー」
「あとはなんだ、名探偵より先に真実を知ったら確実に死ぬよな」
「よくて意識不明ですね。主要キャラに限りますけど」
 話題が定番の推理作品の内容へとシフトしていた。
 全力で無駄話である。
 でも止めない。
「子供向けの推理漫画で容赦なくヒロイン殺してくる間違った方向に気合の入った漫画家とかいませんかね」
「編集部が止めるんじゃね?」
「第一話でヒロインが死にます」
「何故連載にしたんだ編集部」
「第二話で別の子と付き合いだします」
「その主人公は死ぬべきじゃないかしら」
「第三話で主人公が死にます」
「死んだ!?」
「第四話は作者急病のため掲載されることはありませんでした」
「そして詰んだ!?」
「もうちょっと後先考えるべきでしょう、漫画家も編集部も」
「そして作者は死去しました」
「作者ぁぁあああ!!」
「本当に病気だったんですね…」
「犯人はまだ、見つかっていません」
「他殺だった!?」
「ある意味伝説になりそうな作品ですね」
「作者の口癖はこうでした『僕は伝説を作るんだ』」
「自殺じゃね? そいつ自殺じゃね?」
「作品名は『ラブ&ピース』」
「一話でヒロイン死んだよな」
「愛と平和両方なくなりましたよね、一話で」
「『&デストロイ』」
「それは推理漫画ではないな」
「3話で連載が止まったのが惜しくなってきましたね」
「はい、私も自分で言っていて作者を殺すべきではなかったと思いましたね」
「もう何も考えずにしゃべってるよな、おまえ」
「ええ、それはもう」
 楽しい会話だった。
 こんなに騒がしい食事風景は、久々のことだ。
 母さんは話題に入れないのか入る気がないのか、横でにこにこしていただけだったけど。
 もう居候の件は話題にすら上らなくなっているけれど。
 受け入れて、よかったんじゃないだろうか。
 海が、こんなにも僕以外の誰かとしゃべっているのだから。
 …いやほんと、珍しい。
 友達なんて作らないとか言い出す奴なのに。
 かえでみたいに長い付き合いでもないと、ろくに話そうともしないのに。
 相性がいいのだろうか?
 案外、かえでより仲良くなれたりするのだろうか、この二人。
 兄としては、望ましい限りだが。
「…兄さん、以前言ったでしょう。その目はうざいと」
「…ああ、そしてまた傷ついたぜ」
「朽木さんはうざいですね」
「殴るぞ」
「ふっ、死にますよ? 私が」
「脆いよ! やりづらいよおまえ!」
「これからは毎日その脆い私を背負って登校することになるのです。覚悟してください」
「…あぁ、まぁそれは覚悟してた」
 そうするしかあるまい。
 となると、走って登校とかかなり厳しくなるから起床は気をつけねばならないのだが。
 …いや、起きる時間は問題ないんだよ。妙なトラブルが起きるだけで。
「…これも考え済みでしたか」
「いや、真っ先に考えたぞ、それ。どう考えてもそうなるし」
「つくづくなんで許可したんですか朽木さん。マゾですか?」
「いきなりM疑惑とかやめてくれませんか、マジで」
「『やめてくれませんか、マゾで』? マゾ語ですか?」
「その妙な方向に聞き間違えるのをやめろ!!」
「聞き間違えてなどいません。朽木さんが『マゾで』を『マジで』と言い間違えたんです」
「その返しは新しいな!」
「以後、どんなまともな発言を朽木さんがしようとも、私は言い間違えと認識します」
「なんて迷惑な奴だ」
「兄さんが私に『兄に色仕掛けしようとすんな』と言ったとしたら?」
「『そんなことすんなよ…意識、しちまうだろうが』」
「もはや聞き間違いでもなんでもなくただの妄言じゃねぇか」
「ちゃらららっちゃらー、あまみーはスキル『曲解』を習得した」
「ジョブはトラブルメイカーかい?」
「雨宮さん」
「なんですか?」
「ありがとうございます」
「礼言ってんじゃねぇよ!」
「これからも、よろしくお願いします。曲解を」
「余計な言葉を付け足すな」
「こちらこそよろしくお願いしますねー。ネタを」
「なんだおまえら、仲良しか」
「いいえ、私に友達なんてできません」
「いいえ、私に仲のいい人なんていませんよー」
「悲しいこと言うなよ! てか雨宮はかえでと親友じゃなかったのか!?」
「この世に仲のいい親友なんていません」
「なんて世界だ」
 
 そんなこんなで、雨宮は我が家の一員となったのだった。
*4  ▲
 
 
 
 
 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆
 
 
 
『落ち着かないんですよ』
『気持ちが悪いくらい、落ち着かないんです』
『だってそうじゃないですか。こんな、すぐに倒れて。迷惑ばかりかけて』
『知り合って間もないのにずけずけモノを言って。クラスメイトからの評判も悪くなって』
『朽木さんは、私を煙たがらないと、おかしいんです』
『そうでないと、落ち着かないじゃないですか』
 
「でも、流石にこんなことをすれば、うっとうしがりますよねー。…ですか」
「…わかってませんね、雨宮さん」
「私の兄さんが、この程度のことであなたを、拒絶すると思いましたか?」
「…あの兄さんが、そんなことするわけないじゃないですか」
 
「…ほんと、わかってませんね、雨宮さんは」

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