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アルセリア様の「僕と君の物語」の六話目です。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス

文・絵/アルセリア様
*1*2*3*4
*1  ▲
 
「…ということなんだけど、どうしよう?」
 旅行の話題になった日の夜のことだ。
 僕は、母さんより父さんの連絡先を聞きだし、一本の電話をかけていた。
 今後、旅行に行くことになった際、どこへ出かけるにせよ、父の車という移動手段が必要という結論に至ったからだ。
 至ってしまったからだ。
 やむを得ず、仕方なく、世界に絶望しつつ僕は電話をかけていた。
 しかし、その結論に至るまでには、多くの紆余曲折があったのだ。
 
 話は、数時間前に遡る。
 
 周囲に奇異の目で見られる登校から、騒がしい昼休みを経た放課後のことだ。
 僕を含む四人は、登下校のルート上に立地している喫茶店に入っていた。
 旅行談義が終わらなかったため、「相談を続けたい」と、かえでが言い出したのだ。
 その時僕は、「自然消滅すればいいんじゃないかな、この話題」と思っていたため、余計な事を言い出したかえでを、僕は睨んだ。睨み付けた。
 すると、かえでは、顔を赤らめながらくねくねと動き出した。
「もう、そんな見つめないで下さいよ、センパイってば、きゃー」とか言い出した。
 気持ち悪かった。凄く。
 その時点で、かえでに対する諦めの気持ちがMAXに達した僕は、どこかに寄っていくことを提案した。
 その提案を聞くと、雨宮から、「どうせ帰る方向は同じなのだから普通に帰ってしまえばいいのではないか」、という意見が出た。
 雨宮からである。
 僕に常時おんぶされている人間からの、『普通に帰る』発言である。
 それに対し、芸人魂を揺さぶられた僕は、
 
「普通、か。僕はもう、普通なんてものは見失ってしまったよ」
 
 とイケメンボイスを作って言ってみた。
 夕暮れ時に、ふと顔を前に向けての発言である。
 …正直に言おう、やりすぎたと思う。
 いっそ、爆笑して欲しかった。
 しかし、周りにいた人間がいけなかった。
 
 センパイかっこいいと力説する、かえで。
 何か呆けた顔でこちらをじっと見ている、海。
 僕の背中でぷるぷる震えていると思われる、雨宮。
 
 畜生、恥ずかしい。
 恥ずかしすぎた。
 しかし顔を抑えようにも、僕の両手は雨宮の足で埋まっていた。
 雨宮の足である。
 細身ではあるが、そこそこ肉付きはあった。
 …。
 いや違う、そうじゃない。
 僕がその時考えていたのはそんなことじゃない。
 僕は雨宮の足なんか気にしていない。
 その時はこう、とりあえず色々なかったことにするために、喫茶店への突入を強行したのだ。
 なかったことにした。
 つまり、雨宮の足もなかったことになる。
 うん、なかったなかった。
 足なんてなかった。
 もう、彼女はジオングになればいい。
 そうすれば空も飛べるはず。
 燃料一瞬で尽きそうだけど。
 そして地面へと倒れ伏し。
 僕は彼女を運ぶことになるのだ。
 …。
 なんということだろう、結果は同じだった。
 雨宮の足の有無は、僕に影響を与えないというのか。
 いや、まてよ。
 持ちにくい。足がないと持ちにくいじゃないか。
 おんぶどころか、横抱きすらも難しいじゃないか。
 なんという悪影響。
 やはり彼女に足は必要なのだ。
 そう思い、僕はにぎにぎと感触を確かめる。
 …違う、そうじゃない。
 感触は関係ない。
 というかこの話題が本筋に関係ない。
 旅行の話だ。旅行の話に戻そう。
 …。
 なんということだろう。
 旅行について思い出すことがあまりない。
 色々話した気がするが、結局は他に手段がないので父さんに頼ろうということだった。
 よし。
 では、回想を終えよう。
 
 
 というわけで、電話をかけているわけだ。
 事情を話した上で、赴任先から一旦帰ってこないかと告げたわけである。
 さて、返答はいかに。
『…息子よ、一つ聞かせて欲しい』
「…なんだよ」
『おまえは、どの子とエンディングを迎えるつもりかな?』
「あんたは何を言っているんだ」
 何故だ。
 僕は旅行の話をしていたはずなのに、この男は何を言っているんだ。
『なに、主人公として、ルート選択はしっかり考えておくべきかと思ってな』
「ごめん、何が言いたいのかさっぱりわからない」
『ふふっ、そんなはずはない。俺はおまえにそういった知識も与えてきたからな!』
「いらねぇ…この知識いらねぇ…」
 くそ、何故だ。
 何故僕はこの親父に与えられたゲームとかを素直にプレイしていたんだ。
 くっ、まともなゲームの中に時折混ぜやがって…。
『ハーレムエンドを迎えたいならば、フラグ管理はしっかりやるがいい』
「父さん、現実に攻略サイトはないんだよ?」
『欲しいよな』
「いらんよ」
『だってお前、どう考えても恋愛フラグたちまくってたのに、イベント一個こなさなかっただけで、クリスマスの待ち合わせに姿すら見せないゲームとかあるんだぞ?』
「それ、ゲームだからな」
 どうしたものか、このゲーム脳親父。
 頭を強く叩けば直るかな? 
 こう、硬い棒とかで。
『俺も若い頃、母さんとのフラグ管理に必死になったものさ』
「それ聞いたらどう思うんだろうな、母さん」
『受け入れてくれるさ』
「本当に受け入れそうなのが嫌だ」
 あの母だしなぁ。
 ある意味相性いいのかこの二人。
 嫌な意味だなぁ。
『それに俺は母さん一筋だったからな。後ろめたいことなど何もない』
「それで何故、僕にハーレムエンドを推奨するのか、この男は」
『そういった主人公をこの手で作るのが、子供の頃からの夢だったのさ』
「少年時代から危険人物じゃねぇか」
 何故『作る』という発想に至る。
 なりたいという夢でもなかったというのが、一層意味不明なのだが。
 そのことを、父さんに問いかけてみる。
『自分にはなれないと思っていた』
「…は?」
『だが憧れてはいた』
「…」
『なら作りたい、と思ったのさ』
「いやまて、意味が急にわからなくなった。そう思った意味がわからない」
 何故作る。
『大勢の人と楽しそうに生きて、全員まとめて幸せにする。素晴らしいだろう?』
「…いや、聞こえはいいが、状況を傍から見たら最低だろ」
『固いなぁ息子よ。ではこう考えてくれ』
 
『将来できる家族に、幸せになって欲しかった』
 
「…」
『ふふん、美談だろう?』
「…手段がおかしい」
『ふっ、この父に常識が通じると思うなよ』
「通じてくれ…頼むから…」
『知ってはいる』
「わーい、余計厄介だな畜生」
 …つまり。
 この父親の話をまとめると、こうなるのだろうか。
 将来、自分にできた子供に幸せになって欲しくて、
 子供の頃から描いていた理想像が、
 ――『主人公』だったと。
 
 …まぁその主人公像が大人になるにつれて歪んだっぽいが。
 くそ、批難しにくいな。
「…まぁ、いいや。ていうか旅行の話どこにいったのさ」
『ああ、その話なら無論OKだ。それでは行き先だが――』
*2  ▲
 
 
 
 僕と君の物語 第五話    『僕と夜と旅行計画』
 
 
 
「…キャンプ、ですか?」
「…ではどうかな、って言ってたよ」
「つまり、死ねと?」
「いや、僕もそうツッコミを入れたんだが…」
 父さんとの電話を終え、僕は風呂から上がってきた雨宮に、結果を報告した。
 旅行の件は快く了承。
 運転手も請け負ってくれるとのこと。
 しかし、提案してきた行き先が…。
「では、何故結果的に受け入れたんですか。あ、やっぱり死ねばいいや、とでも思ったんです?」
「なんでお前の中の僕はそんなに殺意高いんだよ。そうじゃなくてだな…」
 曰く、キャンプ場はそんなに運動量多くない、とのこと。
 バーベキューの準備だのを全部他に任せてしまい、あとは山の綺麗な空気でも吸って、借りたコテージでごろごろしてればいいんじゃないか、という理屈だ。
 そう考えると、キャンプ場への移動さえ耐えられればどうとでもなるだろう。
 川が近くにあるようなキャンプ場なら、釣りをするのもいいだろうと言っていた。
 無論、補助の人有りで。
「…なるほど。と、思えなくもないですねぇ」
「キャンプっていう響きが思いっきりアウトドアだから、不安だろうけどな…」
「何を言いますか。私の辞書に不安という言葉はありません」
「返品しろ、そんな不良品」
「不穏ならあります」
「事件か、事件は起きるのか…」
 キャンプ場にて事件…ジェイソンでも現れるのだろうか。
「被害者は男性一名」
「死んだのは、僕か父さんということか」
「頭部、腹部、脚部に軽症を負ったとのことです」
「僕らは何に出会ったんだ…」
「その出会いが、彼らの運命を変えることになったのです」
「おや、何やら壮大なストーリーが始まったぞ」
「脳死状態となった朽木聡介」
「さっき軽症っていったよな?」
「彼の臓器は、儚き美少女、雨宮鈴音に提供されることとなりました」
「さて、僕は美少女と臓器提供のどちらにつっこめばいい?」
「完」
「すげぇ、雨宮だけハッピーエンドだぜ」
「いえ、朽木さん以外はハッピーエンドです」
「愛されてねぇなぁ、僕」
「はい」
「はいと申したか」
「は? 誰がそんなことを?」
「おまえだよ! 直前の二文字の単語を忘れんなよ!」
「なんですかもう」
「もう僕にはおまえがなんなのかわからないよ!!」
 というか何の話だ。
 僕らはキャンプの話をしていたのではなかったのか。
 今日の僕らは話の逸れっぷりが酷すぎる。
「…行きます」
「は?」
「キャンプ、行きます」
「…」
 唐突に話を戻して、
 唐突に真剣な顔して、
 キャンプに行くと、口にした。
 一瞬、頭の中がごっちゃになる。
 わけがわからなくなる。
 そんな中、雨宮を見ていると、
 不安という文字が辞書にない雨宮が、
 真剣な顔をしている雨宮が、
 とても、不安そうにしているように見えた。
 …さて、これは見間違いなのだろうか。
 よくわからない。
 よくわからないけど…。
「…大丈夫だ」
「…何がですか?」
「僕達がついてるから、大丈夫だ」
 気づけば、気休めを口にしていた。
 臭い台詞である。
 どうやら今日の僕は、どうかしているらしい。
「…いえ、背後に憑かれても困りますが」
「僕の死体設定はまだ続いているのか!?」
「違うんですか?」
「違うよ! 僕が生存してる前提で大丈夫だって言ったんだよ!!」
 それでも、
「…なんですかもう」
 少し表情が綻ぶ程度には、気休めになったらしい。
*3  ▲
 
 旅行です。
 旅行ですよ。
 兄さんとの久々の旅行です!!
 いやはや、ふふふ。
 これはテンションが上がりますね。
 コテージを借りるとなれば、部屋数も多くないでしょう。
 素晴らしい。
 つまり! 兄さんと! 同室!!
 ということが有り得るわけです。
 …いえ、有り得る、ではいけませんね。
 なんとかして同室に持ち込まねばいけません。
 3部屋ならば両親2、兄妹2、その他2に分けやすいのですが…。
 むしろ4部屋でもその構成に持っていくべきかもしれませんね。
 雨宮さんを一人にするのは少し不安だ、とでも言い張ればなんとかなるでしょう。
 あの兄さんが父さんと寝たがるとは思えませんし、その割り振りに持っていける可能性はかなり高いはず。
 一人部屋を主張するような兄さんでもありませんし。
 問題は、もし兄さんが他に二人のどちらかとの同部屋を望む…。
 いやいやいや、
 いやいやいやいやいやいやいや、
 ないです。
 ありえません、あの兄さんに限って。
 あってたまるものですか。
 そんな悪いイメージは捨てねばなりません。
 むしろ、「海、二人きりだな…」とか言ってくれる兄さんの姿を思い浮かべるのです。
 …。
 …はふぅ。
 キャラが多少違うかもしれませんが、これはいい。
 いい感じですよ兄さん。
 さーて、楽しみになってきました。
 いかに自然に布団に潜りこむか。
 更に体を密着させるか。
 むしろ兄さんに私を襲わせるか。
 ふふふ、計画を練るのが楽しくて仕方ありません。
*4  ▲
 
 センパイセンパイセンパーイ。
 こんばんはセンパイ。
 お電話ありがとうございますセンパイ。
 明日の朝にでもお知らせしてくれればよかったのに、律儀ですねーセンパイってば。
 おかげで私は幸せな気分ですよ。
 幸せで、
 幸せで、
 幸せで、
 思わず、クスクスと笑ってしまいます。
 センパイからの電話がかかってきた携帯電話を胸に抱きながら、
 センパイの部屋の窓を見つめながら、
 センパイの姿を思い浮かべながら、
 私は今、クスクスと笑っています。
 声をあげないように、
 センパイに、気づかれないように、
 センパイに、気をつかわせないように、
 センパイに、笑っている私を見られないように、
 センパイに、気味が悪いと思われないように。
 センパイは、こんな私を知っていますか? 
 センパイが知っているのは、センパイの前で笑う私だけですよね。
 センパイは、知らないんですよね。
 センパイ、私は笑っています。
 センパイがいないところでも、私は笑っています。
 センパイのことを思い浮かべて、笑っています。
 そんな私が、ここにいます。
 ありがとうございます。
 私は今、幸せです。
 センパイが、そんな私を知らなくても、幸せです。
 私は、知っています。
 だから、私はセンパイに愛されない。
 幸せだから、センパイに愛されない。
 センパイは、こんな私を知ったら、どう思いますか? 
 センパイは、こんなことを私が考えていることを知ったら、どう思いますか? 
 センパイに、そんな私を知られたら、私はどう思うのでしょう。
 怖いなぁ。
 私を知られるのは、怖いなぁ。
 センパイに私を知られるのは、怖いなぁ。
 センパイが知ってるのは、元気な私。
 センパイの前で笑っている、元気な私。
 それ以外の私は、どう思われるのでしょう。
 こんな風に、怖がってる私を知ったら、
 こんな風に、センパイの部屋を窓を見ている私を見たら、
 海ちゃんやあまみー先輩を、羨ましいと思っている私の気持ちを知ったら、
 愛されたいと思う私を見たら、
 そのために、かわいそうになりたい私を知ったら、どう思いますか? 
 センパイがそんな時、私をどう思うのか、私は知らない。
 私の知らない、センパイ。
 知りたいなぁ。
 怖いなぁ。
 知るのが怖いなぁ。
 でも、知りたいなぁ。
 頭の中が、グルグルまわります。
 まわっている内は、きっと動けない。
 きっと私は動けない。
 幸せでなくなるのが、怖いから。
 センパイに嫌われるのが、怖いから。
 センパイを元気にできなくなるのが、嫌だから。
 センパイの負担になることが、嫌だから。
 …。
 …でも、センパイは以前私に言いました。
『僕について知りたいことがあるなら、僕に聞け』と。
 知りたい、なら。
 知りたいと、思ってしまったなら。
 …聞かなきゃ、駄目。
 センパイ命令、だから。
 知りたいと思ったことを、聞かなくては、いけません。
「…うくっ」
 胸が苦しくなってきました。
 涙が、目に浮かんできます。
 幸せなのに、怖いから。
 私は、また見上げます。
 センパイの、部屋の窓を。
 センパイの姿を、思い浮かべるために。
 笑ってる先輩の姿に、安心するために。
 …? 
 カーテンに、手が? 
 え…? 
 開く? 
 窓が…開く? 
 
「…何やってんだ、おまえ」
 
 気づけば、窓を開けたセンパイが、私を見下ろしていました。
 呆れた顔をしています。
 携帯電話を持ったまま、そこに立っていた私を見て。
 そして、笑いました。
 
「そんなに旅行楽しみか?」
「え、あ、はい!」
 
 なんとか、答えられました。
 声、変になってなかったでしょうか。
 
「でも、夜風にあたりすぎて風邪ひいたら、旅行行けなくなるかもしれないぞ?」
「そ、そういえばそうですね! 気をつけます!」
 
 いけません。テンパってます、私。
 それにしてもセンパイ、なんで出てきたんでしょう。
 もしや夜風にあたりに来ましたか? 
 
「ほれ、部屋戻れ、僕はもうちょい涼むが」
「は、はい」
「…おや、もう少しねばると思ったが」
「いえいえ、その、お邪魔してもいけませんので!」
 
 すいませんセンパイ。
 今、余裕ありません。
 なんだか一杯一杯です。
 
「そうかそうか、じゃ、おやすみ」
「あ、はい、おやすみなさい!」
 
 窓から軽く手を振るセンパイに頭を下げて、私は部屋に戻りました。
 部屋に入る時に少し振り返ると、センパイはまだこっちを見ていて、
 私は、慌てて部屋の中に入りました。
 
「…おやすみなさい、センパイ」
 
 気づけば、胸のもやもやはもう、消えていて、
 幸せな気持ちで、満たされていました。
 
「…うん」
 
 …センパイ。
 センパイのことで、知りたいことが、私にはあります。
 いつか聞きますので、その時は、よろしくお願いしますね。
 
 

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