僕と君の物語    第一話『僕と新学期』  第二話『僕と隣人と居候』  第三話『僕と雨宮と父の電話』  第四話『僕とかえでと休みの日』  第五話『僕と登校と月曜日』  第六話『僕と夜と旅行計画』  第七話『』 
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アルセリア様の「僕と君の物語」の四話目です。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス

文・絵/アルセリア様
*1*2*3*4*5
*1  ▲
 
 さて、翌朝のことである。
 昨晩の夕食後はそれはそれでごたごたあったわけだが、そのあたりは全面的にカットして翌朝の話に移るとしよう。
 翌朝、まぁ僕の主観的には既に今日の朝である。
 今日は、土曜日の朝だ。
 僕の通う蒼青学園は、進学校ながら週休二日制だ。
 つまり、休日の朝でもあるわけだ。
 そんな朝には、僕はいつものんびりと起床することにしている。
 早起きは三文の得というけれど、布団の中でゆっくり過ごす幸福感には三文以上の価値があると僕は思う。
 より利益を求めることは、現代に生きる人にとって大切なことだ。
 その理念に基づき、僕はいつも二度寝することにしている。
 そう、二度寝である。
 僕は何やら健康的な体質をしているのか、平日に目覚ましが鳴るような時間に勝手に目が覚める。
 そして今日も、例に漏れず目をゆっくりと開いたわけだが…。
 
「おはようございます、朽木さん」
 
 …なんかいた。
 具体的な個体名でいうと、雨宮がいた。
「おやおや、挨拶はどうしたんです。朽木さん」
「おはよう雨宮。そして何故僕の部屋の机の前で正座しながらお茶を飲んでいるんだ雨宮」
「ミステリーですねー」
「推理作品の話題は昨日終わったはずだ」
「実は、その場のノリでここに来ました」
「寝起きにそういう行動に出るノリが発生する場ってどういう場だよ」
「枕が変わったせいか、よく眠れなくてですね。深夜に目が覚めまして」
「僕、おまえはもう少し図太い神経の持ち主だと思ってたよ」
 まさか枕が変わったくらいのことで眠れなくなるとは。
 ちなみにこいつには空き部屋にあった予備の布団を貸し出している。
 もしやあの部屋は空き部屋ではなく、来客対応用の部屋だったのだろうか。
「で、ですね、ふと思い立ったのです」
「はあ」
「そうだ、朽木さんの部屋行こう」
「『そうだ、京都行こう』みたいに言うな」
「朽木さんの部屋は京都府との県境なのです」
「近畿ですらねぇよ」
「まぁそんな寝起きテンション+深夜テンションでですね」
「酷いコンボだ」
「朽木さんの部屋に突入してみたら。なんとぐっすり眠っておられましたので…ネタに走ってみました」
 その結果が僕の部屋でお茶なのか。
 …ん? 
「…いや、ちょっと待て、深夜に目がさめて僕の部屋に突入?」
「実に4時間程この部屋の本を読み漁っていた私です」
「寝ろよ!!」
「いえ、ですから、よく眠れなくてですね」
「寝ようという努力くらいしろよ! お茶まで持ち込んで長居する気満々じゃねぇか!」
「なんとポットも用意してあります」
「勝手に人の家の電化製品を持ち出すな!」
「なんですかもぅ」
「なんですかじゃないよ!」
 おまえ、なんでその神経の太さで眠れなくなるんだ。
 あれか、ネタと睡眠は別なのか。
「つか雨宮…おまえ、体弱い癖に眠らなくて大丈夫なのか?」
「今にも天に昇りそうな心地です」
「瀕死じゃねぇか…さっさと部屋に戻って眠りなさい」
「そうですねぇ、今ならゆっくり眠れるかもしれませんねー」
 流石にきつかったのか、よく見ると雨宮の目は虚ろだった。
 すっごい、うつらうつらしてる。
 何故そこまでネタに全力なのか、この女。
「私が眠るまで…手を握っていてくれますか?」
「怖い夢見て目を覚ました子供かおまえは。やだよ、かったるい」
「うーん、最低の理由ですねー。まぁいいです」
 なんだか、ふらふらしながら雨宮が立ち上がる。
 なんて危なっかしい足取りだ。
 あっ、頭ぶつけた。
「残念、私の冒険はここで終わってしまった…」
「死ぬな死ぬな。とっとと戻れ」
「はいー」
 そして雨宮はドアを開け、部屋を出て行った。
 …。
 なんだったんだ。
 いや、本気でネタに走りにきたとしか思えないが、居候初日の朝からこれなのか、あいつは。
 前途多難である。
 大丈夫か僕の精神。
 頑張れ僕の精神。
 あの父に耐え抜いた僕なら大丈夫なはずだ。
 …なんだか悲しくなってきた。
 よし、まずは朝日を浴びよう。
 二度寝という気分でもなくなったので、ここは気分一新。
 太陽の光を浴びて元気になるという光合成的発想である。
 日光浴と言い換えてもいい。
 …。
 何故光合成という単語が先に浮かんだ、僕。
 雨宮からネタウイルスにでも感染したんだろうか。
 深刻な事態だ。
 でも僕は挫けない。
 僕はそんな鉄の意志のもと、カーテンと窓を開け、外の空気を大きく吸ったのだった。
 
「おっはようございまーす! センパイセンパイセッンパーイ! いい朝ですね。今日も、とってもいいお天気ですよ! まるでお天道様が私達の愛を祝福してくれているかのようですね! おおっと、でも曇りや雨の日が嫌いなわけでもないですよ! 雨の日ですとセンパイと相合傘という伝説的行為に及ぶことができるかもしれませんし、曇りですと…あれ!? 何も思い浮かびませんよ!? 何かないですかセンパイ!!」
「…おはようかえで、今日も元気だな」
「はい、私は今日も元気です!」
 
 もしかしたらこの後輩は、光合成でもしているのかもしれない。
*2  ▲
 
 
 
 僕と君の物語 第四話    『僕とかえでと休みの日』
 
 
「朽木さんは、今日は何かご予定はあるんですか?」
 
 午前九時頃、雨宮は二度寝から目を覚まし、食卓に当然のように置かれていた朝食に手をつけていた。
 僕はというと、その近くのソファーで、適当に手にとった本を読んでいた。
 この家、父さんの教育方針のせいで、本だけはやたら豊富にあるのである。
 ジャンル問わず。
 まぁそんな僕に、雨宮が箸を止めて話しかけてきた次第である。
「いや…特にこれといって予定はないな」
「そうですか、つまらない人ですね」
「うるさいよ!」
 おまえも特に外に出る予定ないくせに! 
 いや、出る体力がないだけかもしれんが。
「では兄さん、私とデートしましょう」
「何が悲しくて妹とデートせにゃならんのだ…」
 僕の横でテレビを見ていた海が話に割り込んできた。
 というかアホな話を振ってきた。
「いえ、今だけは私は兄さんの妹ではありません」
「はあ、ならなんだよ」
「妻です」
「ないわー」
 ないわー。
 素で反応してもうたわー。
 うーん…ツッコミ担当としてはこれではいけないな。
 反省せねば。
 しかし海も、ボケるならもう少しひねりが欲しいところだ。
「では朽木さん、私とデートしましょう」
「そうかそうか、で、雨宮の体力は何分もつんだ?」
「せいぜい5分といったところですね」
「もう犬の散歩にも劣るレベルですな」
「朽木さんは犬にも劣るというわけですね」
「侮辱に遠慮というものが全くないな、雨宮」
「はい!」
「いいお返事!?」
 雨宮には珍しくはきはきとした口調であった。
 しかもいい笑顔まで加えた完璧なお返事である。
 おまえ、普段無表情な癖に貴重な笑顔をこんなところで消費しやがって…。
 いや、別に消耗品ではないが。
「では兄さん。私とも雨宮さんともデートしないで、一体誰とデートするというのですか」
「なんだその選択肢。今日の僕は誰かとデートをするのか?」
「朽木さん、きっと今日はそういう日なんですよ」
「マジか」
 僕は今日誰かとデートしなければいけないのか…。
 どうしてこうなった。
 いや、本当にしなければならないわけではないんだろうけども、これで誰ともデートしなかったら僕が空気読めてない奴のようではないか。
 …しかしどうだろう、この二人以外で僕と仲のいい女性といえば…。
「………かえで?」
「行ってらっしゃい、朽木さん」
「マジか」
「今日のあなたは、そういう運命にあったのです」
「運命なら仕方ないな…」
 昨晩、運命に流されることにした僕である。
 舵取りしようにも、すでに分岐点は過ぎ去ったのだ。
「…え? いえ、ちょ、ちょっと待ってください兄さん」
「ふっ、妹よ。僕は今日、初デートに出向いてくるぜ」
「ノリと勢いとテンションのみの初デート。流石です朽木さん」
「いえいえいえいえ、待ってください二人とも。自分で話を振ってしまった感はありますけれど、なんですかこの流れ」
「激流に身を任せ同化するのです」
「今日の僕はトキになるぜ」
「ジョインジョイン」
「トキィ」
 北斗の拳ネタである。
 わかる人だけわかればいい。
「いえ、ちょっと、考え直しましょう兄さん。兄さん!」
 そして僕は、その場のノリと勢いとテンションのみで家を出るのであった。
 その際、ちゃんと財布を取りに一旦部屋へ戻る僕である。
 僕はそのあたりはしっかりしているのだ。
 
 …あれ?
*3  ▲
 
「ふぇ?」
「…いや、だからデートの誘いにだな」
 本当にかえでの家に押しかけ、玄関先でデートの誘いをする僕であった。
 …僕は馬鹿なのだろうか。
 雨宮のネタに命をかける(比喩にあらず)精神が本当に僕に感染しつつある。
 しかしここまで言ってしまっては後に引けない。
 …。
 いや、引けなくなったらまずいだろう!? 
「というわけでデート(仮)に行こうじゃないか!」
「え、あ、か、仮ですか!」
「か、仮だとも、ああもちろん仮だとも!!」
「で、ですよね! びっくりしました、びっくりしました、びっくりしましたよセンパイ! まさかセンパイが朝から私の部屋に来て、それだけでも私にとっては大事件というか大異変というか天地がひっくり変える思いでしたのに、まさかまさかまさかデートのお誘いをセンパイの方からいただけるだなんて! これはもう一体いかなるビッグバンが外宇宙で発生した結果、風吹けば桶屋が儲かったのかという棚からぼた餅感が私の心を突き抜けてーー!!」
「落ち着け」
 あまりのかえでの動転振りに落ち着いてしまった僕である。
 人は自分以上に動揺している人を見ると落ち着くのだ。
 ちなみにその場合、外宇宙でビッグバンを起こしたのは雨宮。
「でもでもでもでもでもですよ。ほんの一週間前まではセンパイに出会うことすらままならなかった私がいつの間にやらデート(仮)にまで到達できるだなんて、これはもう更に一週間後にはデート(真)イベントが発生した後、一ヵ月後にはゴールインしている勢いじゃないですか!?」
「もう、ゴールしてもいいよね。というやつか」
「死ぬじゃないですかー!!」
 わかる人だけわかればいいネタその2。
 某ゲームネタである。
 物凄く簡単に言うとゴールした直後死亡するシーン。
「うう、そのゴールは流石にまずいですね。その一歩手前で我慢します」
「つまり瀕死の車椅子状態か」
「もうこのネタを引きずるのは止めませんか?」
「そうだね」
 一般受けしないネタを引きずるのはよくない。
 いや、僕らは別に芸人でもなんでもないのだけれども。
「で、どうだ?」
「え、あ、何がですか?」
「いや、デート(仮)…」
 …改めて言うと照れくさいな! 
「え、ええと…つ、謹んでお受けします?」
 なんかかえでまで縮こまってしまった。
 なんだこの空気。
 早くぶち壊さなければいけないな。
「ちなみにノープランだ」
「流石ですセンパイ。この状況に至る経緯が全くもって謎でしたけれど、そのお言葉で更に謎は深まりましたよ! 一体私は何故誘われたんですか!? あまみー先輩の差し金ですか!?」
「…何故雨宮の名前がでる?」
「昨晩センパイのお父さんからお聞きしました!」
「あの野郎…」
 早速、雨宮の居候話をかえでに語ったらしい。
 そういえば『近況を尋ねるのは』断ち切ると言っていた気もする。
 そうか、近況を語るのはアリなのか…。
「…ま、そういうことだ。雨宮のペースに乗せられた結果だな」
「そうですか! あまみー先輩には感謝しなきゃですね!」
「感謝か」
「はい、もう大感謝ですとも。あまみー先輩のおかげでセンパイとデート(仮)ができるんですから! 全くもう、あまみー先輩ったら素晴らしい幸福を運んでくれますね! センパイとデート(仮)だなんてデート(仮)だなんてデート(仮)だなんてー!! あの、センパイ、いちいち仮ってつけるのめんどくさいんで、とっちゃっていいですか!!」
「駄目だ」
 それだと単なるデートになるじゃねぇか。
 今日は僕の初デートではない。初デート(仮)なのだ。
 …なんだこの語感。
「で、どこ行くよ」
「あ、私が決めていいんですか?」
「いいよ、別に」
「じゃあ家具と家庭用電化製品を買いに行きたいです! 実はタンス以外何もありません!」
「引っ越す前にある程度買っておけよ!!」
「うっかりしてました!!」
「酷いうっかりだな!!」
 かえではうっかり属性を手に入れた。
 実に要らない要素であった。
*4  ▲
 
 というわけで家具店である。
 今は特に商品を選ぶわけでもなく店内ぶらつき中。
「ところでセンパイ、センパイは女の子の部屋はかわいらしいのが好みですか? シンプルなのが好みですか? 混沌としてるのが好みですか?」
「何故僕の好みを尋ねるのかという疑問の前に、最後の選択肢を問い詰めたくなるのは僕の困った性だな」
「ファンシーなぬいぐるみの周りをロウソクが囲んで魔方陣が描かれているようなピンク色の部屋です」
「カオスすぎる」
 オカルトとファンシーの融合ってなんだ。
 需要あるのか? 
「そんな住人が精神に異常をきたしていそうな部屋に住む女の子とか、僕は御免だな…」
「センパイ、そんな事言うと沢村さんに失礼ですよ?」
「誰だよ沢村」
 まさかいるのか。
 そんな部屋に住んでる奴が。
「仲のいい友達が来た時は普通の部屋へ。あんまり好きじゃない来客の場合その部屋に案内するそうです」
「二度とこないだろうな、恐怖で」
「そうですね、私もあれ以来尋ねてませんし」
「そっちに案内されてんじゃねぇか」
 嫌われてるのか? 
 そんな、誰かに嫌われるような性格だろうか、こいつ。
 非常に人懐っこい感じがするのだが。
 ふーむ? 
 まぁたまに突飛な行動に出るしなぁ。
「個人的にはセンパイが私の部屋に入りやすいようにシンプルな家具で取り揃えたい気もします!」
「僕がおまえの部屋に尋ねるという前提で家具を決めるのはやめなさい。自分の好みでいーだろーがよ」
「いえいえ、センパイに愛される私であるためにはその辺りの努力は惜しみませんよ! ということでセンパイが女の子女の子してる女の子が好みなら私はそれを目指すまでなのです!!」
「そういうことを大声で言うのはやめなさい」
 今、普通に店内だから。
 周りに結構人いるから。
 恥ずかしいから。
「駄目ですか?」
「うん、まぁ、精神の磨り減りっぷりが結構酷いから控えてもらいたい」
「むぅ、では今はセンパイへの愛を高らかに叫ぶのは控えます」
「愛とか言うな」
 どうしてこいつはこうも…。
 こうも、感情を表にさらけだせるのか、わからない。
 羞恥心とかないわけじゃなさそうなんだけどなぁ…玄関先でのやり取りからして。
 テンション次第なんだろうか。
「で、センパイ好みの部屋はどんなのですか?」
「そこはぶれないのか…」
「はい、それはもう譲れない点ですよ」
「譲れ」
「センパイにそう言われてしまっては仕方ありません。譲ります。しかしどうでしょう。そうなると最低限の家具で私ってば生きていけそうなのですが」
「どこまで絶対服従なんだおまえ。もういいよ、さっき言った沢村さんの普通の部屋の真似でもしたらどうだ?」
「あの子実家暮らしですから、部屋に電化製品とかありませんよ?」
「それもそうか…。いやまて、だとするとおまえはさっき言ったカオスな部屋に電気釜だの冷蔵庫だのを置く気だったのか」
「混沌としてますね」
「混沌としてるなぁ…」
 もうイメージすることすら出来ない。
 どうなるんだ、完成図。
「まぁ実のところ電化製品がないとは言っても冷蔵庫と洗濯機とクーラーは、何故か最新型が部屋に備え付けられていたんですけども」
「…」
 父さん…何してんだ、あんた。
「そして何故か部屋を借りた時の図面の倍くらい広さがあるんですよ、あの部屋。何故でしょう?」
「…」
 …それはきっと、うちの馬鹿親父が部屋の壁一つぶち抜いたとかじゃないかな? 
 尋ねた時、隣室のドアがやけに遠いなと感じた理由は、これか。
「お得感抜群です!」
「いや、得してると思うよ、ほんと」
 よっぽど気にいられたんだなぁ。
 どこを気にいったんだろうか。
「…じゃああと必要なのは何かねぇ。まぁシンプルに揃えるとして…。えー、布団はあるんだよな?」
「ありますよー」
「ふむ、とすると後は何がないんだ?」
「あ、それはこちらにメモがありましてですね」
「先に言え、先に」
 
 そんなこんなで、僕らはデート(仮)という名の家具及び電化製品調達に歩き回ったのであった。
 しかしどうだろう、こう、この男女二人で家具を買い集めるというのはどうも…。
「これってなんだか、これから二人で同棲生活でも始めるみたいですよね!」
「…うわぁ」
 それか。
 店員さん達の生暖かい目線の正体はそれか。
 違いますよー。
 違いますよ店員さーん。
 僕ら単なる先輩後輩の仲っすよー。
 恋人同士ですらありませんよー。
 …いや、そんな言い訳したら更に怪しいだけだから、しませんけどね。
 それにまぁ、そんなに。
 
 …悪い気分でも、なかったわけだが。
 
 
 …
 ……
 ………
*5  ▲
 
「うわー、すっかり遅くなっちゃいましたねー」
「家出たの午前だったはずなんだがなー」
 全ての買い物が終わった頃。
 すでに日が沈みかけ、夕暮れ時になっていた。
「センパイセンパイセンパイ、少し歩きませんか?」
「今日一日歩き続けたついでに、今から家まで歩く必要があるというのに何を言っているんだおまえは」
「言ってみたかったんです! 定番の台詞ですよ!」
「歩きすぎて足痛いくせに」
「センパイと一緒ならへっちゃらなのです! かえでちゃんはまだまだ元気ですよ!」
「…」
 まぁ、本当に元気そうではあるんだけども。
 痛いことは、痛いんだろうなぁ。
 僕はまぁ、父さんに鍛えられたせいで全然平気なのだが。
 おかげで、とは言わない。
「…帰り道に公園あったな、そこでちょっと休むか」
「おお! センパイから寄り道のご提案ですよ! しかもこれは私を気遣っての発言に違いありません! センパイ、私嬉しいです! どれくらい嬉しいかというと天にも昇る心地です!!」
「それは雨宮が瀕死の時に言う台詞だ。そして勘違いするな、僕は休むがおまえは帰るんだ」
「わぁ、センパイったら非常に非情で外道ですね! 疲れてる私を一人帰らせるって言うんですかセンパイ! 事故にでもあったらどうするんですか!」
「やっぱ疲れてるんじゃねぇか」
「…ええと」
「行くぞ」
「あ、えと、はい」
 素直なんだか素直じゃないんだか。
 どうもこいつは、こんな性格の癖に僕に迷惑をかけるのを嫌がる節がある。
 その程度のことで、迷惑だとか思わないんだけどなぁ…。
 
 …で、公園に到着。
 噴水前で座りこむ僕らである。
「……」
「……」
 なんとなく無言。
 一息ついてみて自覚するが、やはり僕も疲れているようである。
 体力的な面以外の疲れだろう。
 特に話題があるわけでもないので、ぼーっとして回復に努める僕である。
「センパイセンパイセンパーイ」
「…三回呼ばんでいい。で、なんだよ」
「今日は、とっても嬉しかったですよー」
「そりゃよかった」
「昨日は、ちょっと悔しかったです」
「…」
 それは、どういう意味か。
 昨日あったこと。
 …まぁ、雨宮のことかな。
 他に浮かばねぇし。
「センパイの近くに引越ししてきたら、あまみー先輩はセンパイの家に居候しちゃいました」
「してきちゃったねぇ…」
 おそらく8割悪意で。
 残り2割? 
 ネタじゃね? 
「私より近くに引っ越してきちゃったわけですよ」
「いや…距離で言うと大して変わりねぇよ?」
 窓を隔てた向こう側と、部屋の戸を二枚隔てた向こう側である。
 何m差なんだか。
「一つ屋根の下というのは大きいですよー」
「はぁん、まぁそんなもんかね」
「昨晩はこのままでは負けちゃうーなテンションでした」
「勝ち負けなのかこれは…」
 あいつ、追い出されに居候にきたんだぜ? 
 壮大な嫌がらせをした人間の勝ちってどうなのよ。
「涙で枕を濡らしてしまいましたよ」
「アレ相手に悔し涙ってどうなんだ…」
「目の前が真っ暗でしたよ」
「そりゃ夜の布団の中にいるんだから真っ暗だろうよ」
「枕も真っ暗なのです」
「駄洒落じゃねぇか」
「これでセンパイも大爆笑です」
「僕はそんなにレベルの低い人間だと思われているのか…」
 ショックだ。
 ツッコミ担当を自認しつつある僕としては、こんなにショックなことはない。
「…かと思えば、今日は私とのデートに仕向けてきたわけですよ」
「…自分が面白いと思う方向に仕向けた結果、そうなっただけだと思うけどな」
「何がしたいんでしょうか?」
「自分が面白いと思うことじゃねぇかなぁ…」
 あれはもう、存在がネタだ。
 まともに相手してはならない。
「センパイは、あまみー先輩のことをなんだと思ってますか?」
「全自動漫才発生機」
「海ちゃんは?」
「妹」
「私はどうですか?」
「後輩」
「わかりやすいですねー」
「だろうよ」
 僕にとっておまえらは、まぁ、そんな感じなのだ。
「特別な、とか付いたりしませんか?」
「特殊な、とかなら付くんじゃないかな」
「うう…なんだかとっても微妙な評価です…」
 特殊な後輩。
 特殊な妹や特殊な全自動漫才発生機よりは随分マシな響きな気がする。
「…まぁ、一緒にいて嫌というわけではねぇよ」
「あはは、それは嬉しいです…」
「…おい、なんかおまえ、目がとろんとしてないか」
「ええと…なんだかこう、落ち着くと眠気がですねー…」
「あー…まっすぐ家に帰った方がよかったかね、こりゃ」
「何だかとても眠いんだ」
「まて、僕をパトラッシュ扱いするな」
 犬にも劣ると評価した雨宮よりはマシかもしれんが。
 …いや、マシか? 
「………」
「…寝やがった」
 元気一杯にはしゃいで、疲れて眠る。
 お子様かこいつは。
 …ただ、まぁ。
 さっきの言い分が本当だとすると、昨晩はよく眠れていなかったのかもしれないけれど。
 …。
 …そんな状態で元気に朝の挨拶してんじゃねぇよ。
「しかしまぁ、となると…」
 これも一部は、僕の責任だったりするのだろうか。
 最終的には僕が雨宮の居候を許可したわけだし。
 風吹いて、棚からぼた餅が落下して地面にべしゃりといった翌日に、桶屋に儲けがでたわけだ。
 …あんまり上手い例えでもないな。
「ま、では最後の儲けはタクシー代ってことで」
 ゆっくりと、起こさないように僕はかえでを背負う。
「ん…」
「軽っ、雨宮より軽いなこれは…」
 雨宮に物凄く失礼な感想を抱く僕である。
 いや、単純に身長差だとは思うが。
「玄関前までお届けしますぜ、お客さーん」
 
 そして僕は、かえでをおぶって家に帰ったのであった。

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