僕と君の物語
第一話『僕と新学期』
第二話『僕と隣人と居候』
第三話『僕と雨宮と父の電話』
第四話『僕とかえでと休みの日』
第五話『僕と登校と月曜日』
第六話『僕と夜と旅行計画』
第七話『』
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アルセリア様の「僕と君の物語」の二話目です。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス
文・絵/アルセリア様 *1 / *2 / *3 / *4 / *5 |
*1 ▲ 僕の部屋のカーテンは普段閉まりっぱなしである。 晴れの日だろうが雨の日だろうが閉まりっぱなしであり、換気のために窓を開けている時すら、カーテンは閉まりっぱなしだった。 その理由。 僕の家の裏手には、古いアパートがある。 住人もあまりおらず、廊下を歩けばみしみしと音が鳴るとすら言われる、木造建築だ。 そのアパートの一室が、僕の部屋の窓を開けると見えるのである。 2m程先に。 ついでに言うと、アパートのベランダまで1mである。 ぶっちゃけた話、簡単に乗り移れる距離だった。 何を思ってこんな位置関係で家を建てたのかは知らないが、セキュリティは最悪である。 そんなわけもあって、僕の部屋の窓は、換気時以外は施錠しつつカーテンがかかっている状態なのだった。 とはいっても、僕は子供の頃からこの部屋で暮らしているわけなのだが、ほとんどその部屋に人が住んでいるのを見たことがなかった。 たとえそのボロアパートに住んだとしても、その部屋に住もうという人がいなかったらしい。 そりゃそうである。 誰が好きこのんで、隣の家から覗き放題の家に住もうというのか。 この家を建てる際、アパートの所有者と揉めなかったのかが非常に疑問である。 なんにせよ、嫌な立地であった。 さて、本題に入ろう。 僕が何故このように、自分の部屋についての思考を巡らせているかという話だ。 それは新学期もはじまり、3日目を数えた日の朝。 この部屋に慣れてしまった僕としては珍しいことに、窓の外が気になった。 特にカーテンが揺れているわけでもなく、何かの影が見えるわけでもなく。 何か、直感的なものが僕の頭にひっかかっていたのだ。 僕は首をかしげる。 嫌な予感がした。 なんだか、とても嫌な予感がしていた。 しかし、嫌な予感がするとはいえ、こうまで気になっておいて開けないわけにもいかない。 このまま開けずに立ち去るなど、気持ちが悪くてできそうもなかった。 …。 そして僕は、カーテンを開けた。 「あ、おはようございますセンパイ! 今日もいいお天気ですね!」 そして僕は、カーテンを閉めた。 |
*2 ▲ 僕と君の物語 第二話『僕と隣人と居候』 幻覚が見えたので、僕はこの部屋から出ることにした。 幻覚が見えることと部屋から出ることの因果関係について、僕は全く疑問に思わない。 これは当然の行動だ。 人類ならば、いや、生きとし生けるもの全てがとるであろう、自然な行為だ。 僕は部屋のドアノブに手をかけた。 さあ、脱出だ。 「センパイセンパイセーンーパーイ! どうしましたかー! 私ですよー、センパイの愛する後輩のかえでちゃんですよー! おはようございますですよー!」 いけない、幻聴だ。 これは早く撤退しなくてはならない。 センパイなどという、僕には全く意味がわからない言葉が聞こえてくるだなんて、僕の聴覚は重大なダメージを受けているに違いない。 「セーンーパーイー!」 こつんこつんこつんこつん 今度はまるで、何か近くに置いてあった長い棒状の物で僕の部屋のガラス窓を軽く叩くことにより、僕を呼んでいるかのような幻聴まで聞こえてきた。 ラップ現象である。 朝のラップ現象は窓を叩くような音らしい。 パリン 「あっ」 「おいこらぁ!!」 僕は焦り、渾身の力でカーテンを開けた。 窓は無事だった。 「…おや?」 僕は窓にぺたぺたと触り、無事の更なる確認のために窓を開けてみた。 …はて。 どこから見ても、無事である。 見事に無傷だ。 最近は窓拭き等をしていなかったので、若干の汚れが気になる程度である。 「あ、センパイ! おはようございます!」 窓の外を見ると、幻覚でも幻聴でもなさそうな後輩が、ベランダにパジャマ姿で、胸元には両手で僕の部屋の窓を叩くことに使っていたであろうホウキを持ちつつ、満面の笑みで立っていた。 いつもの髪留めもしていない。 何気に私服姿すら見た覚えがなかった僕としては、なんとも新鮮だった。 …いや、違う、落ち着け僕。 今重要なのはそこじゃないだろう。 「…やあ後輩、さっき何かが割れるような音がしなかったかい?」 「センパイに引き返して貰うために自分でガラスコップを叩き割りました! うーん、音が届かないかもとも思いましたけど、大成功ですね!」 「何してんの、おまえ!?」 豪快な選択肢をもつ後輩だった。 思わぬ力技である。 どうやらこの後輩は、僕の想像力の追いつかない選択肢を持っているようだ。 うーん。 見事にひっかかってしまった。 そうか、割れたのは窓じゃなくてコップだったのか…。 「…まぁ、それならいいけれど。あんまりよくないけれど。全然よくないけれど。きちんと掃除しとけよ、危ないから」 足元を見ると、柵でよく見えないものの、かえでは裸足なわけではなくサンダルか何かを履いているようだ。 とはいえ、ガラス片をそのままにしておくというのは、なんとも危なっかしいものがある。 せっかくホウキを持っているわけだし、掃除するには丁度いい。 「わっ、センパイってば私の心配をしてくれるだなんて、今日のセンパイは優しさに溢れてますね! 私の心は今、感動で一杯です! 今なら感動の涙をリットル単位で流すことも可能かもしれません! もしかしてこれは私に対するセンパイの愛故のお言葉なんでしょうか! そうですか、ふふふ、センパイったらようやく心の中に秘めた私への愛を表に出してくれる気になったんですね! そうだ、そのセンパイの想いに答えるために私、今からセンパイに告白します! センパイ、付き合ってください!」 「誰てめぇ」 「忘れられましたーっ!?」 かえでは、よよよ…といった感じにその場にしゃがみこむ。 …いやだから、ガラスがあぶねぇって。 「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどさ」 「更にどうでもいいと言われましたか!? どうでもよくありませんよセンパイ! センパイに忘れられるだなんて、私にとっては死活問題ですよ! 今、私は生と死の境に立っていますよ! さあセンパイ、私をここから救い出してください! 具体的には愛の言葉を囁いてください!」 「なんでおまえここにいんの?」 「忘れられてても存在することを許されないんですか私!? 生と死すら許されない勢いですか!? センパイの愛はどこですか!? 失いましたか!? 奪われましたか!? 愛を取り戻してくださいセンパイ!!」 「いや、そうじゃなくてさ」 僕はようやく、今日、最初にカーテンを開けた時に思ったことを口に出した。 「なんでおまえ、その部屋にいんの?」 |
*3 ▲ 引っ越してきたらしい。 まぁ、そうなのだろう。 あの様子だと、あの部屋に住んでいるとしか思えなかったからだ。 あの部屋に住む馬鹿がいるとは思わなかったけれど、どうやら馬鹿がいたらしい。 予想外の馬鹿だ。 しかし、そんなことはどうでもいい。 どうでもいいと割り切るには時間がかかりそうだが、今はどうでもいい。 問題は。 「…僕、おまえに僕の家の場所を教えた記憶、ないんだけどな」 ついでに言うと春休み中、僕の家に何度か電話していたようなのだが、電話番号を教えた記憶も実はない。 海も、教えた覚えはないとのことだった。 「そこは尾行させていただきました! センパイの家を調べて、センパイの部屋の位置も調べた上で周囲の物件を調べてみたところ、丁度あの部屋が空いていたのです! 恋する乙女としてはこれはもう、住むしかありませんよね!」 「いや、恋する乙女じゃなく危険なストーカーの所業だと思う」 そうか、僕は後輩にストーキングされていたのか…。 何故こうも、僕の人生は難易度高いんだろう。 8割方父さんのせいだとは思うけど。 うーん。 どっかで事故にでも遭わないかなぁ、父さん…。 「兄さん、怒らないんですか?」 かえでの反対側から、海が小声で話しかけてきた。 ちなみに、現在僕らは登校中である。 あの後、騒がしい隣室が気になった海が、僕の部屋に突入してきた。 その時更に一悶着あったのだが、現在は奇跡的に歩いての登校である。 早起きって大切だよね。 「怒るっていってもな…どう怒ればいいんだ、これ」 かえでは、こそこそと話している僕達を不思議そうに見ている。 反省してる様子など、微塵もない。 おそらく、悪気も微塵もない。 彼女にとっては、反省する要素がないのだ。 「言葉なんてなんでもいいんです。ただ、さっさと突き放さないと、いつまでも付きまといますよ。その女」 「いや、僕としては全力で突き放している気もするんだが…」 しかし、何を言っても、数分後にはけろっとしているのである。 時には罵倒しても喜ぶのである。 どうしろというのだ。 「突き放す言葉に心がこもっていないんです」 「心が…」 なるほど、心か。 心をこめて突き放す必要があったのか。 …と、言われても。 困ったことに、心から突き放したいと願う程、こいつを悪く思っていない僕がいるのも、事実だったりする。 悪意がないせいか、明らかに犯罪クラスの付きまとわれ方をしているのに、マイナスな感情を抱かない。 不思議なものである。 「…はぁ、兄さんらしいです」 「なるほど、心のこもった溜息をつかれるというのは、中々にへこむな」 そんな溜息の理由が、僕が僕らしかったということだという事実に、更にへこむ。 ストーカーよりも、妹による心の傷の方が大きいのはどういうことだろう。 僕にとって素で敵なのは、実はこの妹なのだろうか。 素敵な妹である。 「あの、お二人ともどうかしましたか? なんだか急にこそこそトークですよ? 内緒話ですよ? 内緒話は私も嫌いじゃありませんので参加したいです!」 「ああ、是非参加してくれ。実は今、僕達はストーキングという悪質な犯罪行為をしてくる橘かえでという後輩といかに縁を切るかを相談していたんだ」 「愛してください」 「それは全く縁が切れてないな!」 凄い切り替えしだ。 こいつは何を聞いていたのだろうか。 それともわざとやっているのだろうか。 「いえいえ、案外成功するかもしれませんよ。さあ!」 「やだよ! そんなハイリスクノーリターンな賭けはやだよ!」 どんなボランティアスピリッツだ。 ギャンブルですらない。 「むぅ、センパイったらサービス精神が足りないです…」 「やっぱりサービスなんじゃねぇか…」 駄目だ、やっぱり全くへこたれない。 露骨に縁を切りたいって言ったのに。 やはり心をこめてないと駄目なのか。 難しいなぁ。 どうしたら現状改善できるかなぁ…。 「…とりあえず、だ、そこの後輩。おまえに命令することがある」 「ほほぅ、命令ですか! ふふふ、ここは私のセンパイに対する忠誠心の見せ所ですね! さあ、なんなりとご命令下さい!」 忠誠心なのか。 おまえは僕の部下だったのか。 まあいいか…聞いてくれるなら、助かる話だ。 「おまえの、ストーキング行為についての命令だ。二度と…」 二度と。 「…僕を尾行するな。僕に付いてきたいなら僕に話しかけろ。二度と僕を調べるな。僕について知りたいことがあるなら僕に聞け。…以上だ」 付いてこさせるかどうか、教えるかどうかは、その場の判断によるけれども。 こそこそとした行為をするんじゃないなら、僕も対応することができるだろう。 その方が、幾分か、マシだろう。 …見ると、何故かかえでは呆けた顔をしていた。 なんだ、そんなに意外なこと言ったか、僕。 もしくは何か言ってしまったか、僕。 「…やりました」 「は?」 「とうとうセンパイからセンパイに話しかけてもいいという言質をとりましたよ! やりましたね、私!」 「…!? し、しまった!!」 ストーキング行為を防止する代わりに、僕に付きまとう許可を与えてしまった! 馬鹿か僕は! 突き放すどころか逆の発言をしてしまった! 「…はぁぁぁ」 「溜息つくなよぅ!」 海が物凄く深い溜息をついていた。 いけない、このままでは見捨てられてしまう勢いだ。 妹に見捨てられる兄とかどんな兄だ。 割といそうだが。 「ふふふ、センパイからそんなお言葉をいただいたからには、私はもう手加減しませんよ! 具体的に言うと、隙あらばセンパイに話しかけ続けます!」 「やめろ! 僕の一日が終わってしまう!」 「授業合間の休憩時間にもセンパイの教室に向かいます!」 「僕の休息はどこだ!」 おまえがあんな所に引っ越してきたせいで、家の中でさえ安息の地じゃなくなりそうなのに! 休日が、休日が怖い! 休めそうな気が全くしない! 「…橘さん」 そこで、海が横から話に割り込んできた。 助け舟でも出してくれるのだろうか。 「私も兄さんの隙を狙っていることを、忘れないでください」 「敵が増えただと!?」 素敵だった! 妹が素で敵だった! 家の中は最初から安息の地じゃなかった! 「具体的に言うとお風呂の時間とか睡眠中とかの隙も狙います」 「より悪質だこの妹! 救いようがねぇ!」 もはや僕に安らぎの時間などなかった。 一体眠っている僕に何をするつもりなんだこの妹! 「おや? 兄と一緒にお風呂に入ったり寝たりすることの何がいけないのですか?」 「おまえが露骨に僕の体を狙っているかのような発言をするのがいけないんじゃないかな!」 無邪気さが一切感じられない。 むしろ邪気に満ちていた。 「センパイと一緒にお風呂…」 「おい、何を妄想してやがる、そこの馬鹿」 「…もう、センパイったらいやらしいですね!」 「いや、入らねぇから! 何くねくねしてんのおまえ!? きめぇ!」 「入らないんですか?」 「入りませんね!」 「何か問題でも?」 「その行為自体が問題だな!」 「大丈夫です、水着はつけますので安心してください!」 「思いのほかまともな思考でちょっと安心した! だが断る!!」 親同居の自宅風呂で後輩と一緒に風呂とかどんな状況だ。 たとえ恋人でもハイレベルすぎるわ。 「では私は裸で入りますね」 「ああ、一人でどうぞ」 「兄さんと裸のお付き合いです」 「溺死しろ」 「冗談です」 「本気であってたまるか!」 「でも…兄さんが望むなら…」 「望まないな、おまえの兄さんは全く望んでいないな!」 「兄さんはゲイなんですか?」 「その結論やめろよ!!」 朝っぱらからつっこみ放題である。 疲れる、今日一日僕の体はもつのだろうか。 もしかしたら今日死ぬんじゃないだろうか。 もはや肩を落としてぐったりなんだぜ。 「センパイ、お疲れですか? 栄養ドリンクでも買ってきましょうか?」 「急な優しさをありがとう、ちょっと癒された」 「甘いですねかえでさん。私は既にドリンクを用意しています」 「ほぅ、つまり僕がこんなにも疲れる事が想定済みだったわけだな貴様」 「ええ、もちろん」 「死ねばいいのに、この妹」 朝っぱらから家族の不幸を願い続ける僕である。 まともな家族が欲しい。切実に。 「…死ぬと云えば、兄さん」 「何々と云えばって表現はよく聞くけど、死ぬと云えばってかなり嫌な表現だな…」 そこから連想されるものはろくなものじゃない気がする。 「その嫌な表現を使わせていただきますが、兄さん。死ぬと云えば、あそこに死にそうな人がいます」 僕は海が指差す方向を見た。 僕らの進行方向に、何かが倒れている。 通学路の端に横になる女学生の姿が一つ。 物凄いデジャブを感じる。 「…ああ、いるなぁ」 「おお、あれはあまみー先輩ですね!」 今日もまた、雨宮鈴音が死にかけていた。 |
*4 ▲ 「ほほぅ、一人暮らしですかー」 昼休み、僕は雨宮とかえでの二人と昼食をとっていた。 竹中はというと、初日以来学食組になってしまったのだ。 裏切り者である。 そんな昼食の中、かえでの一人暮らしの件が話題にでた。 というか、全ての会話の流れをぶった切って、かえでが話し始めた。 僕にはそれを止めることができなかったのである。 つまり、状況全て暴露完了済み。 「そしてガラス戸を開けてベランダに出ると、そこには朽木さんの部屋が広がっているわけですねー」 「僕の部屋をどこかの草原のように表現するな。僕の部屋にそこまでの開放感はねぇよ」 「鍵さえかかってなければ、いつでも乗り込めますよ!」 「やめろ、乗り込むな」 僕の部屋は、今まで以上に窓の鍵が欠かせなくなってしまったようである。 なんだろう、二重ロックとか必要になってくるんだろうか。 防弾ガラスぐらい必要な気もしてきた。 「逆に朽木さんが乗り込むというのもいいかもしれませんねー」 「いいと思われる要素が一つもねぇよ。僕に何の得があるというんだ」 「是非来てください、歓迎しますよ! あ、なんなら私が留守の時に入ってくださっても結構ですよ! 勝手にアルバムとか日記とか見られてもセンパイなら許します!」 「僕に何の得があるというんだ…」 全く興味がないのだが。 部屋の主がいない部屋に勝手に乗り込んでアルバム開くとかどんな高いレベルの変態だよ。 「タンスを開けてかえでちゃんの下着を大量に握り締め、ひゃっほうと叫ぶ朽木さんの姿が目に浮かびますねぇ」 「その目に浮かんだ朽木さんは僕ではない誰かだと信じたいところだな!」 「流石は朽木さん、やってくれますねー」 「僕を見て言うな」 まるで僕が目に浮かんだみたいじゃないか。 目に浮かんだ朽木さんは別の人なのだ。 「センパイ、私の下着が見たいんですか?」 「突然恐ろしいことを聞くな、貴様!?」 「ほほーぅ、さあさ答えて下さいよ朽木さん。どうなんですか?」 「楽しそうだなぁ、雨宮ぁ!!」 「そこで見たくないと言えないあたりが、朽木さんって正直者ですよね」 …っ! …いや! 見たいなんて思ってないよ! ほんとだよ!! 「センパイったらいやらしいですね!」 「大声でそんなことを認定しないでくれないかな!」 周りの、周りの女子の目線が痛い!! 僕は何も言っていないのに!! 僕は全くそんなことを考えていないのに! 「全く、くっちーのえっちさ加減には驚かされます」 「急造のあだ名つけて上手く言ったつもりになってんじゃねぇぞ、雨宮」 「気に入りませんか? くっちー」 「なんだろうな、普通に聞いたらまともなあだ名なのに由来が痛すぎる気がするんだ」 「朽木さんだからくっちーなのです」 「それはわかってるよ!」 「他意はありません」 「ならいいや! くっちーって呼びな!!」 もう自棄である。 これ以上雨宮の自由さに付き合ってはいられない。 というかついていけなくなってきていた。 「あまみー先輩! 私にも何かあだ名つけてください!」 「面倒です」 「そんなっ!?」 ばっさりである。 いや、面倒ってあんた。 「橘かえでって名前、なんだか、あだ名つけにくくないですか?」 「あー…まぁ、そうか」 少し考えてみたが、何も思い浮かばない。 「た、たち…た…たっちゃん? うあ…なんだか男の子みたいです…」 「妥当なところでかえちゃんですかね。でもそれならかえでちゃんの方が呼びやすいです」 「うぅ…かえちゃんはなんだか子供っぽい気がしますしね…」 どうやら、あだ名をつけない方向で落ち着きそうである。 まぁ、呼びやすいのが一番だろう。 「ふと思い出したんだが、かえでともみじって植物の分類的には同じなんだよな」 「かえでちゃんをもみもみしたい? 何を言っているんですかあなたは」 「誰もそんなことは言ってねぇよ!? なんで適当に雑学話しただけでそういう方向になるんだよ!?」 こいつはどうしても僕のことをエロキャラに仕立て上げたいのだろうか。 迂闊に発言ができねぇ。 「もみもみ? 肩ですか?」 「ああ、是非肩を、肩を揉んでやりたいね!」 「おいおい、まるで上司が女性社員の肩を揉もうとしているみたいじゃねぇか。こいつぁセクハラだぜ、ぐえっへっへ」 「これも罠か! てか、異様なキャラになってんぞ雨宮!」 「迫真の演技です」 「一体何を演じたというんだ」 「さあ? 無駄なこと話してないでご飯でも食べたらどうですか?」 「ああ、そういえば今お昼ごはんの時間でしたね!」 「…ああ、僕も忘れてたよ」 見れば、さっきの状況の中で雨宮は昼食を食べ終わりつつあった。 どこにそんな隙があったのだろうか。 僕など既に、箸を持つことすら放棄していたというのに。 …まあいいか。 僕は昼食を取り始めた。 「いつの間にやら盛大に話題が逸れていましたけど、かえでちゃんのベランダの先が朽木さんの部屋ってことは、朽木さんって自分の部屋をお持ちなんですね」 「くっちー呼びはどうした。…まあいいや。自分の部屋は持ってるよ。妹も自室持ちだ」 「ふむ…となると結構大きい家だったりしますか?」 「…どうだかなぁ、そこそこ広いんじゃないかと思うけども」 「空き室とかあったり?」 「まだ一個あるな。…なんで無駄に部屋多いんだうちの家は」 家を建てた段階では3人家族だったはずなのだが。 もしや海の他にも養子とる気だったんじゃないだろうな、あの親父。 「…そうですかー」 「…?」 …そういやなんでこいつ、空き部屋の有無を聞いたんだろうか。 表情がろくに変わらんから思考が読みづらい…。 ここは追求しておくべきか? 「あ、センパイセンパイ! これとっても美味しいですよ! あーんしてください!」 「うおっ、やめろこら!? 恥ずいわ!!」 「好き嫌いは駄目ですよ、センパイ!」 「おかずの種類が嫌なんじゃねぇよ!!」 「朽木さん、あーんしてください」 「それ僕のおかずじゃねぇか! やめろ! なんの拷問だこれは!」 「いえいえ、かえでちゃんには負けていられませんからねー」 「何の勝負!? 何に対抗意識を燃やしているの!? もごぉ!!?」 「ところで気づいていますか朽木さん。先程から男子の朽木さんへの殺意が膨れ上がっています」 そうだね! やられてる本人はぶっちゃけ辛いけどね! 今普通に咳き込んでるけどね! 「…あ、これ美味しいですね」 「普通に僕のおかず食ってんじゃねぇよ!」 「ふふ、間接キスですね。てれてれ」 「無表情で何言ってんの!? 照れてる様子が微塵も感じられないよ!?」 「あ、そっか、これってセンパイと間接キスになるんですね…」 「そっちは今更普通に照れるなよ!? こっちが恥ずかしいわ!!」 「朽木さんは羞恥プレイがお好き」 「不名誉な!? つかプレイとか言ってんじゃねぇ!!」 そんなこんなで。 「てか、普通に飯食わせろおまえら!!」 僕の本日の昼休みは、終わったのだった。 |
*5 ▲ そして放課後、自宅。 「…何してんの、おまえ」 「…お母さん、この人は?」 家に帰ると、客人が一人いた。 「ああ、おかえりなさい朽木さん」 その客人の名は雨宮鈴音。 「空き部屋があるとのことでしたので、居候に来ました」 我が家の、新たな住人である。 |
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