Another story 〜 例えばこんな結末を (異世界 〜    メニューへ戻る
レン様の作品集の一つです。
 
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 文/レン様

*1 残りの時間*2 少し前*3 決断*4 帝國の人たち*5 行動*6 玉の精霊*7 王宮の守の精霊*8 再会*9 冒険者として
*1 残りの時間 ▲
 
「こんにちは。花、いりませんか?」
 ソウの顔横に、一輪の白い花が差し出された。
 
 その声の主は、休息を取るために、座っていたソウの後ろから、聞こえたため姿は見えない。しかし、其の声に、ソウはハッとした。
 
「ライア?」
 ソウは、前を向いたまま、そう呟いてしまった。
 
 差し出された白い花が、微かに揺れる。
 そして、花のあった方を見ると、ふわりと風がもたらされ、よい香りが漂う。
 その女性は、自分の座っているベンチ状の長椅子に、腰掛ける。
 ソウは、隣に座った少女を見る。
 花を持っていない方の手で、髪を整えながら、ソウと目が合うと、微笑んだ。
 
「ライア………?」
「私? ……私の名前はラメド。この街で花売りをしているの。ぼんやりしていたあなたに、この白い花を……どうぞ。」
 ジッと見つめて動かないソウを尻目に、ラメドは、軽快な語り口調で、話を進め、そして、最後の結び言葉と同時に、先ほどの花を両手で持ちながら、ソウの胸元へと差し出す。
 
「あ……。あぁ、貰うよ。」
 多少の困惑気味なあいまいな笑顔を見せながらも、その白い花を受け取る。
「ありがとう。」
 受け取ってもらえた満足感からか、万遍の笑みをたたえるラメド。
 そして、軽快な動作で、じゃあ。といいながら、立ち上がり街の人並みに消えていった。
 
 昼を随分と回り、陽もそろそろ傾きかけたという時間帯である。
 夕飯には早いが、かといって、これからどこかへと出かけるには、遅い。
 
 自宅にでも、戻ろうかな。
 そう思い、腰を上げる。自宅までの大通りの緩やかな傾斜のかかった坂道を登る。
 すると、反対側から、見知った人物が歩いてきた。
「レン姉……。」
「あぁ。ソウか。帰るところか。……私は今から、散歩だ。」
「……遅くなると、心配されるぞ。」
「では、ソウも一緒に散歩するか?」
 レンは笑いながら云う。
「はいはい……。」
 ソウはゆっくりと歩くレンの横を今しがた登った坂を下りる。
 
 前方には、夕日があった。
 暑くも無く寒くも無いこの時間、散歩するのにはよい時間帯だな。
 などと、思いながら歩く。
 
「そろそろ……2週間か。」
 そうレンが呟く。
「………」
 2週間……か。
 ソウは口には出さずに、レンの言葉を反芻した。黙々と歩く。
 レンも、チラリとソウを見ただけで、それ以上は、何も云わなかった。
*2 少し前 ▲
 
 ほんの少し前……。
 それは、レン姉と俺の16歳の誕生日の半年前である。
 そして、その頃、月読帝國は謎の霧で覆われて、冒険や農作物の育成、そして、市場での販売が思うようにできないという、事態になっていた。
 濃霧は日増しに強くなっていき、帝國は、目下、原因解明の調査中だという。そんななか、鈴猫ではこんな出来事が起きたのだ。
 
「私は、故郷のセイリンに帰る。」
「えぇ!」
 其の言葉に、魔法生物もそして俺も吃驚したものである。
 鈴猫本部のその場に居たものが、ようようの複雑な顔になった。
 
「元々、故郷セイリンの領地を16歳の誕生日と共に、継がなければならないのだ。今、帝國では、冒険が間々ならない。なので、一旦、帰ることにした。ソウは残ってもいいのだ。帰る事はないぞ。」
「だ……だけど……それは……。」
 鈴猫に集まった、魔法生物10人は、俺の次の台詞を待つ。視線が俺に集まった。
 が、それ以上の言葉は出なかった。
 
 領主宅に生まれた初めての子が、男女どちらであろうと16歳と共に仕事を継ぐ決まりがあった。
 ソレは、領主が存命中に仕事を覚えてもらうという目論見もあったし、結婚して、すぐに子が出来るとも限らない。争いは無い時代ではあるが、昔からの慣わし。というふうに受け継がれていた。
 
 領主宅に生まれ、そして、セイリンの者であれば、当然知っている。
 しかし、レン姉は、進歩的で自分のしたいことがあれば、勝手に出て行ってしまう。
 レン姉のこれまでの行動と、この台詞は結びつかなかった。
 
 いざとなれば、ソウお願いね。の一言で、自由気侭に何処へでも行ってしまいそうだな。などと、思っていたのだ。
 それが、言葉は悪いかも知れないが、習慣を守ってセイリン領を継ごう。とレンが云うのだ。
 これには、驚かずには、居られなかった。
 
 レンと俺は双子だ。
 だた、ほんの数分先に生まれたのがレン。というだけで、ひょっとしたら、俺がレンの立場になっていたのかも知れない。
 物心がついた10代には、たしか、12歳位だったかな。
 そんなこともぼんやりと考えていたし、それを、レン姉に話したこともあった。
 
「……そうだな。ソウの方が領主には、向いているかも知れないな。だから私が継ごう。」
「……レン姉。それ意味が判らないし。」
「ソウはやりたいことをやればいいだろ。」
「やりたいことが、判らない。……だから、俺が継いだほうが良いと思う。」
「なら、なおさら私が継いだほうが良さそうだな。」
 
 ぼんやりと、そんなやり取りをしたことを、思い出した。
 数年前から、レン姉は継ぐことを決めていたのかもしれない。確固たる思いを持って、このときには、既に決意していたのだ。
 俺はというと、ぼんやりと決意の無いまま、言葉だけのやり取りをしていたのかも知れない。
 
 自分が後を継ぐのだとすれば、早々自分の意志でやりたいことも出来なくなるだろう。
 だから、レン姉は、自分のしたいこと、やりたいことがあれば、自ら進んで外へと出て行ったのだ。そして、やりたいことを存分にしたのであろう。
 俺はといえば、本ばかり読んで、過ごしていたと思う。
 そして、領地から殆ど出なかったし、異世界は月読帝國が初めてである。
 異世界交流が進んでいるというのに、確かに、俺は自分の領地のことしか、ならなかった。異世界どころか、同じ世界の別の領地のことすらも……。
 それは、今思うと………。
 
「…………… 俺も一緒に帰る。」
 出た言葉は、これであった。
「………逃げるな。」
 レン姉が、俺の前まで来ると、頬を軽く平手で打つ。
 レンは振り向くと、とりあえず後は向うで。と魔法獣に言葉をかけた。そして、俺の横をすり抜けて、2階へとあがっていった。
 魔法獣も、レンへと続く。聞きたいことがあるのだろう。
 そんななか、リュウだけは、残った。
 俺はというと、痛くも無い叩かれた方の頬へと手を伸ばす。
*3 決断 ▲
 
 ……逃げるな。か。
 
 なんとなく、レン姉が云いたいことは、判った。
 確かに俺は進歩が無い。
 レンは、やりたいことがあれば、何でもやった。
 無謀だと思えることもやっていたし、それなりの年齢になると、領地外へと進んで出て行った。
 
 そういえば、今、思い出した話をした頃だったろうか。
 やれ、何処其処に伝説の鏡があるから欲しい。だの、あの異世界には珍しい花が咲いているから、見てこよう。などと云っては、いろいろな場所に出かけ始めたのは。
 そして必ず、俺にも声を掛けていたっけ。
 
 結局、レンと一緒に何処かへ出かけたのは、この月読帝國だけであり、そして、其のときには俺たちはもうすぐで15歳になるかどうかという時になっていた。
 
 強引なまでの月読帝國へのお誘い。あの時、きっとオヤジもレンの意向を判っていたんだと思う。しかし、月読帝國へついてからの俺はというと、釣りだけの日々。見透かしの鏡が本当にあるのかどうかは、わからない。だけど、探してね。というのは、たまには、外へ出なさい。という配慮だったのかもしれない。
 
 結局俺は、いつまで経っても子どもだったのかもしれない。
 強引に大人になるしかないレンと違って、どこか、甘えのある立場であった俺。
 16歳という節目を目前にして、初めてこんなことに気づくなんて……。
 
 もう、レン姉と一緒に異世界を冒険することは、ないのにな。
 
「ソウ。」
「………駄目だな。いつまで経ってもレン姉には、敵わないな。」
「お前は………。」
 どうするのだ。と、消え入りそうな声で、リュウが尋ねる。
「一度故郷に帰る。そして、きっと戻ってくるよ。約束する。」
「そうか。…………戻って、来るんだな。」
 リュウが念を押すように、語尾を強く云う。
 
「絶対だ。そしたら、また、リュウとこの月読帝國を冒険したい。」
「そうか。そうだな、俺のマスターはソウだけだ。」
「じゃ、再会する頃には、いい女になってろよ。」
「な………だから、俺は男になりたいんだ。絶対にソウよりもいい男になってやるからな。」
「ははは………凄く楽しみだな。」
 
 やはり一度、帰る。というと、レンは何も云わなかった。
 ただ一言、自分で決めたことならそれでよいと、思う。とだけ云った。
 
 ソウよ。その花は、如何したんだ。というレンの言葉に我に返った。
 
「あぁ。コレはさっき貰ったんだよ。」
 そういうと、レンの方に差し出した。レンは、白い花を受け取ると、顔に近づける。
 そして、いい香りだな。と云った。
 
 あの決断から、2週間になろうとしている。俺はというと、まだ故郷セイリンに居たのである。
*4 帝國の人たち ▲
 
「おっと、迎えが来たようだぜ。」
「あぁ、本当だ。」
 そういうと、レンは、手を振った。
 王宮へと向かう緩やかな坂道を一人の男が此方へと歩いてくる。
 穏やかな優しい顔の男だ。屈強な男。というよりは、柔和な人だ。
 
 顔は悪くはない。ほどほどだ。夏省に所属していただけあって、武術。武道はこなせる。
 夏省とは、セイリン領において、王宮の警護や要人の護衛に当たる部署のことを云う。なので、夏省に所属している人は、剣や武術、体術などに優れているのだ。上官になれば、状況判断力も要るようになるし、部下のことも指導しなければならない。
 読書もする。古い文献も読んでいて、あれこれと俺と話をする。気が合う人だ。
 そして、剣技から武器全般の扱いを教えてもらっている師匠でもある。もう少し、口数が多ければいいな。とも思うのだが、尊敬できる人だ。
 
 そういえば、月読帝國から帰ってすぐに、レン姉が云っていたっけ。
 
「そうだな、私の理想の人は、マーチル姐さんみたいに、綺麗で強くて、コウ兄ぃみたいに知略に長けていて、ナツ兄ぃみたいに優しくて、ゆんちゃんみたいに努力家な人だな。」
「……ナニ、その理想の人。………居るはず無いじゃん。」
「当たり前だ。居ないからこそ、理想なのだ。そんな人がごろごろ居たら世界が破滅するぞ。」
「レン姉の発想にはついていけない。破滅ってナンだよ。」
「それくらい、無い。ということさ。が、……ソウはなれるだろ。」
 レン姉は、ニコニコしながら、俺を見る。
「サラッと云うな、サラッと! そんな理想な人は居ないと云った矢先に、……俺がなれるわけがないだろう。」
「そんな簡単になってもらっては困るが、これから努力くらいはしろよ。また、戻るんだろ。月読に戻ったときに、成長していないのでは、笑われるぞ。」
「う………まあ、善処します。」
 あぁ、何で俺ってレン姉のペースに乗せられてばかりなんだろう……………。
 
 師匠でもある人の背中を見ていると、改めて思い出す。
 
 この頃、レン姉は、猪突猛進な行動と言い切った物言いとは反対に、肝心な核心部分は、言い回しが凄く、面倒くさい人なのだ。ということに気づいた。
 きっとこの時も、理想の人、云々がいいたかったわけじゃなくて、この人たちみたいに、尊敬をされる人になりなさいよ。と、云いたかったんだろうな。
 今から考えると、あの時も、この時も、レン姉が言葉の向うにある真意で、何を伝えたかったのか、判る。俺も少しは成長したということだろう。が、今更、ありがとう。というのも、照れくさいものだ。
 
 2人は、何かを話しながら歩いており、時折、レン姉が笑う。
 
 帝國の皆も元気でやっているだろうか。
 帝國軍のマーチル姐さんは居るだろう。他の人はまだ、月読に居るだろうか。
 ……リュウは、どうだろうか。
 
 故郷に戻るに際して、レン姉と俺の自宅及び、魔法獣は、帝國の管理下に置かれることとなった。
 いつ帰ってきてそれ以前と同じように仕様できるように、自宅は保存されているのだ。
 魔法獣たちは、帝國の仕事を手伝って過ごすようなことを云っていた。
 
 こちらに戻って夏省で鍛えられた。
 今なら、月読帝國へ行って、あの、ライアに悪意をもたらしたモノを討伐できるんじゃないだろうか。と思う。早計かも知れないが。
 
 いいや。ソレよりも、帝國へ……帝國の皆に会いたい。
 たった、2週間、3週間離れていただけなのに、無性に懐かしくて仕方がなかった。
 それに、故郷セイリンで俺がやることは、無かった。
 結局セイリンを継ぐのはレン姉であり、そのためレン姉は忙しく立ち回っていたのだ。
 俺はといえば夏省で武器の扱いや体術を教えてもらうという生活だった。
*5 行動 ▲
 
「月読帝國へ行こうと思うんだけど。」
「行けばいいだろう。」
 昼下がり、王宮の中庭で、文書に目を通しているレン姉に向かってドキドキしながら云った言葉に、素っ気無い返事が返ってきた。
 少し、拍子抜けがしたが、ホッとしたのも、確かだ。
 
「じゃあ、行ってくる。帝國への扉は、ハガル領の雷の精霊のハガルに頼めば良いんだっけ。」
「馬鹿だな。セイリンにも帝國への扉があるじゃないか。」
 文書から目を離さずに、レンはさらりと云った。
 
「セイリン領には、玉の精霊のセイリンが居るだろう?」
 レンは書類を読むのをやめ、ペンを机に置いた。そして、ポカンとしていた俺に説明を始めた。
 
 ハガルも云っていたろう。見透かしの鏡とは、精霊同士の通信機器のようなものだと。
 当然、セイリンも持っているはずだ。そして、その機能に大差は無いだろう。
 光の精霊ダエグの元へと送ってくれるだろうし、力のある精霊ならば、己の力だけで、帝國までの扉のキーを持っているかも知れない。つまりは、個々の精霊が誰と契約を結んでいるのかということだろう。
 
「精霊にもネットワークというものがあるのだな。」
 レンは楽しそうに笑う。
「ネットワークねぇ……。」
 俺の方はといえば、苦笑いだ。腕が少しは立つようになったかも知れないが、精霊に関しては、イマイチ苦手だ。古い文献は好きなんだけどな。
 
 見透かしの鏡は、一つじゃないし、消滅した精霊の鏡が落ちているかも知れない。ともハガルは、云っていただろう? だた、人が拾ったところで、役には立たない代物なのだが……。
 ま、あの精霊たちのネットワークシステムは凄いと思うぞ。月読帝國はそういう面では、精霊の発達した国だったと思う。その国を自分で見聞できたことには、感謝している。
 
「じゃあ、玉の精霊のセイリンを訪ねてみるよ。」
「あぁ。皆に宜しくな。……せいぜい頑張るのだな。」
 そういうと、レンは書類を再び手に取り、ペンを取る。
 それをみて、俺も、その場を後にした。
 
 初めて月読帝國へと出かけた14歳のときは、レン姉の思惑に動かされていた。
 結果、俺は自分の世界の他領地を旅することになり、精霊というものがどんなものか知ることとなる。そして、異世界で過ごすことで、見聞が広がり、結果、故郷に帰ってきてからの俺は、本ばかり読んで過ごすのではなく、他の色々なことに興味を持ち、やり始めたと。まさに、レン姉の筋書き通りの展開だ。
 が、今度は俺の方から、月読帝國へ行きたい。と、云ったのだ。そして、レン姉はこのまま、セイリン領を継ぐだろう。きっと月読には、戻らない。俺一人で行くのだ。
 やっと、本当の意味でレン姉からの巣立ちなのかも知れない。
 
 王宮の後ろに聳え立つ山が、玉の精霊のセイリンが住んでいる山である。
 その裾野に着くまでに時間を要さなかった。
*6 玉の精霊 ▲
 
 16歳を目前になって、やっと姉離れっていうのもどうかと思うが……。というか、こっちに帰ってきてから、自分がシスコンだと気づいたが、帝國の冒険者の人たちは、とっくに知っていたのかも知れない。
 あ……。そう考えると、行きたくない……かも?
 いや、レン姉に宣言してきたんだから、今更、行かないわけには、いかないだろう。
 
 山を黙々と登っていると、余計なことが頭をよぎる。そのとき、木の陰から、笑い声が聞こえた。
 其の声に、道を黙々と見ていた視線を上げ、木の方を見ると、少女が木の横で、声を上げて、笑っていた。
 
「あ! 君は、いつかの花売りの子だね。……確か名はラメド。」
「あはは! ソレは仮の名前だ。……君って本当に面白い子だね。いろんなことを考えてるんだ。」
 同年代の女の子にお腹を抱えて笑われた俺は複雑な心境であった。
 が、こんな山道に人が突然現れるとは、そして、この人を見透かすような物言い。
「さては、君が、玉の精霊のセイリン!?」
「あはは。そうだよ。僕が、セイリンさ。」
 玉の精霊はとても変わり者だとハガルが云っていたのを、思い出した。
 確かに、玉の精霊のセイリンは、理解不能かも知れない。なんだ、この底抜けの陽気さは。
 そして、確か文献では、人間の女性と結婚した。と、あった。が、どう見ても、その姿は少女のものだ。
 
「本当に君は面白い。僕は玉の精霊だよ。玉には、元々性別はない。石を見て男だとか女だとか思うかい? だから、僕は見た人の願望がそのまま反映されるのさ。」
「人の心の中を勝手に読むな。」
「僕の前では、心に扉があったとしても無意味なのさ。僕を強く望む人が一番強く会いたいと願う人の姿になるんだ。それが僕の精霊としての特徴なのかも知れない。で、ソウよ。この姿の子は、男なのかい? 女の子なのかい? ……君は本当に面白い子だ。」
「だぁー! その口を今すぐ閉じろ。そして、何も云うな。」
 ソウは耳まで、真っ赤にする。
「ふーん。なるほどー。名前は…………。」
「うわーわー。」
 ソウは慌てて、セイリンの腕を掴み、セイリンの口元に手をやる。
 が、セイリンは塞がれる前に、自分からしゃがんだ。ソウの掌が空を切る。
「案ずるな。想像の中のひとだとしても、今から会えるわけだろう? その時に、ちゃんと確認すればいいではないか。あのままの姿なのか、メタモルフォーゼして君が想像する女性の姿になっているのか。」
「だーかーらー………」
 セイリンがしゃがんだ格好で、ソウを見上げ、ニコニコとしている。
 そして、ソウはハガルの言葉を思い出した。
 
 ― セイリンは変わり者で、人の話を全く聞かないところがある。ソックリだ。―
 と、云っていたっけ。ちっともそっくりじゃないじゃないか。俺よりもセイリンの方が性質悪いと思うぞ。
 
「あはは。大丈夫。ハガルの云うとおり、僕と君は、ソックリだ。」
「…………!!」
 ソウは、もはや何も云う気が起きなかった。言葉にしなくても、心を読んでしまうのだから、口で否定したところで、それは無意味だ。
 
 あの時、ぼんやりと考えていたのは、リュウのことであった。
 女の子になっていたのなら、さぞや素敵な女性になっているだろうと、思っていたし、もしも、女性になっているのなら、ライアのような感じになっているといいな、と考えていたのだ。
 だから、ライアに似た、あの姿で、俺の前に現れたのか。
 
「ノンノン。あの姿で、現れたのではなく、君が望んだのではないか。」
 あはは。と、相変わらず何が面白いのかと思うくらい、笑いながら云う。
「はいはい。確かに、俺の願望の具現化の姿ですよ。」
「宜しい。自分のことを判ってこその、認識というものだぞ。」
 そういうと、セイリンは立ち上がった。
 
 セイリンの物言いも、よく判らないな。レン姉とソックリだぜ。と、
 ソウは思ったのだとか。
*7 王宮の守の精霊 ▲
 
「じゃあ、ダエグにやったみたいに、僕の手を取って。」
 ソウはセイリンの腕を掴んでいた手を話、差し出された手を握る。
 それを確認してから、セイリンはダエグと同じように、キーワードを云った。
 
 華美な装飾品は付いていなかったが、木に蔦の模様が刻まれた扉が出現した。
 それは、月読帝國へのゲートである。ゆっくりと開かれた扉に進む。
 
「月読の王宮守の精霊に宜しくな。」
「王宮守の精霊………?」
 聞きなれない精霊の名前にソウは足を止め、聞き返す。
「そうさ。僕の月読ゲートは、月読帝國の王宮を守っている精霊と繋がっているのだ。」
「…………そういうことか。だから、迷い込んだ冒険者たちはいろいろな場所に降り立つのか。………王宮を守る精霊か。………なるほどな。」
 ソウはセイリンの言葉に、ニヤリとした。
 
 セイリンの言葉で、2つの謎が解けたのだ。
 一つは、いろいろな場所に冒険者が降り立つのは、精霊のネットワークがどの精霊と繋がっているのかで、変わるのだ。
 きっと、ハガルは月読の精霊と知り合いじゃなかったのだ。そこで、月読へアクセスのできる光の精霊ダエグを紹介してくれたのだ。
 そして、ダエグは遺跡にいる何らかの精霊とのコネクションを持っていたから、遺跡についた。というわけか。
 
 そして、二つ目は、あの不思議な王宮の仕組みのことだ。
 王宮を守護すると契約した精霊が、宮を守っていたのだ。だから、グルグルと回っているような気にもなったし、アレだけ人がいたのに、帰り道にすれ違うことが無かったのか。
 王宮内の特に中枢が守られていたのか。
 王宮を造ったのは曲者か遊び心のあるモノだと、思っていたが、精霊の仕業だと考えると納得がいく。
 
 ということは、この扉をくぐると、帝都に着くというわけか。
「頑張れよ。」
 セイリンは腕を組んだ格好で云った。
「おぅ。ありがとう。」
 ソウは手を軽く上げて、扉の中へとすすんだ。
 あの時と同じように、風が吹きつけ、そして明るくなると同時に、移動していた。
 目をゆっくりと開けると、あのバラの咲き誇る中庭についた。
 紛れも無く、其処は、帝都王宮の内部の庭園だった。
*8 再会 ▲
 
 とりあえず、冒険局へいって、ナンバリングの凍結を解いてもらって、転売局預かりになっていた皆を集めないと。
 
 中庭を抜けると、帝都の大通り広場にでた。相変わらず、冒険者たちのブースは賑やかで、人通りも多かった。
 違うところといえば、店の看板に、魔法生物が留守番をしています。と、書かれたものがあり、大通りの半分くらいにあった憩いの場所が設けられていた場所に、魔法獣が集まるブースができていた。
 憩いの場所は、円状になっていたので、それにそって、魔法獣が物を売っていた。場所は特に決まっては居なかったが、暗黙のうちに、冒険者が持っているID順に、時計回りになっていた。
 
 冒険局の扉を叩く。
 そして、入室して、色々な書類に名前を記載した。
 戻る際に自分の自宅やその持ち物を記したリストや、魔法獣の名前を書いた紙が出てきた。
 相違ないことを確認して、サインを書いた。
 
 次は、書類をもって、転売局へと赴いた。
 受付で、魔法獣の名前の記してあるリストを渡す。そして、暫く待っていると向うの扉から、懐かしい顔ぶれ。
 
「やあ。元気だった。」
 向うよりも先に声を掛けると、リュウが走ってきて、抱きついた。
「お前………相変わらずなんだなぁ。………可愛い子になってるのを期待してたのに……。」
 リュウに押しつぶされた格好でそういった。
 ソレを目ざとく聞き逃さなかったリュウは、そのまま、両手に力を入れて、ギュっとした。
 
「ィタタ………悪かったって。」
 ソウがもがくと、リュウは、力を緩め、お帰り。と云った。
 うん。ただいま、だね。ソウと飛び切りの笑顔をリュウに向けた。
 
 レン姉が月読に居ない以上、魔法獣たちはソウ宅で過ごすこととなった。
 呉葉さんとヒビキさんのシスターたちを筆頭にして、それぞれに役割が与えられた。
 釣りや狩りをする子。販売する子。調理担当に対外部魔法生物撃退の子。陛下への献上品つくりの子。などなど。何でもこなせる呉葉さんがそれぞれにサポートで入る。
 そして、ミュウとレンはお留守番係りという大事な役目があった。2人は、以前もレン姉宅で一緒にお留守番をしていたとあって、意気投合はバッチリだ。
 
 そんな時、一通の手紙が届いた。
 帝國には、知り合いも多い。でも、毎日顔をあわせているんだから、わざわざ手紙を送るほど、重要なことなのだろうかと、封書をくるりと裏表をみた。
 が、差出人の名前が何処にも、見当たらなかった。そして、手紙屋が手紙を届けたのは、昼過ぎであった。
 
 ……ひょっとして故郷セイリンからのレン姉の手紙なのだろうか?
 異世界から送る時って、宛名とか要らないんだろか。いやいや、異世界からなら、受け取る人の名前くらい書いておかないと駄目だろう。
 
 不安を半分胸に、封書を開けた二つ折りにしてある、手紙を取り出し、開く。
 
「ん………なぁぁぁーにぃぃぃぃ!」
 叫ぶと、同時にソウは走っていた。
 何が、どうなって、そうなるんだ。色々と想定をしてみたのだけれど、全く考えの及ぶものでは無かった。
 
 手紙には、こう書いてあった。
 
 ― 冒険を再会する。ひいては、預かってもらっている魔法獣をまずは貰い受けたい
 愛しの姉 レンより ―
 
 待て。なんで、レン姉が居るんだ。ちょっと待て、セイリン領は如何した。
 ナンバー30番のブースまで来ると、自宅の閉まっていた扉も窓も開かれていた。この自宅を開けられるのは、本人しか居ない。
 自宅兼鈴猫の扉を開け、2階へと行く。
「レン? ………」
「やあ。元気だったか? 何ヶ月振りかな。」
 最後の窓を開けていたレンが振り向きざまに云った。
 
「いろいろと、聞きたいことがあるんだけど。」
「そうか、それは、良かった。私も、色々と云いたいことがあったんだ。」
 そういうと、埃避けのカバーを外して、ソウに椅子を進めた。
 室内には、埃避けのカバーのしてある状態の中、2人は話を進めた。
*9 冒険者として ▲
 
「仕事は?」
「仕事はこれだ。」
「家族は?」
「私は、セイリン領の代表としてきたのだぞ。」
「……いや、それ、答えになってない。」
「問題ない。」
「…………。」
 
 この展開は、俺が月読帝國についてレン姉に再会した時の会話のパターンに似ているぞ。
 ひょっとして、俺の知らない間に、事態が急変したのかも知れない。
 ここは、質問の仕方を変えてみよう。
 
「ここに来た目的は?」
「んー。正式な貿易の為の話し合いのためかな。知っての通り、わが国は資源に乏しいからな。ここは、冒険者が色々と陛下に献上してくれているし、陛下においては、信頼できる方であるのは、事前にわかっていたし、な。そして、来たのなら、魔王討伐して帝國に貢献してから、帰ろうかと………そう思って、凍結を解除してもらったのだ。」
 レンは至って明るい。
 
 家族は? と、聞いたら、頑張って討伐しておいで。ということらしかった。
 オヤジは趣味で忙しく、領主は、師匠が代行しているらしい。
 何処までも、レン姉に甘々な親だと思うが、あえて言葉にはしなかった。
 
 そして、レン姉の猪突猛進がそうそう変わるはずも無く。セイリンの方は一先ず落ち着いたというレン姉の判断なのであろう。
 
「それよりも、ソウにお土産がある。」
 そういうと、丸い石をレンが取り出した。
 小さかったので、つまむと落としそうだ。掌を差し出すと、レンはその上に乗せてくれた。
 掌で転がる、そのラムネビンに入っているくらいの小さい球体は、つやのある緑色の硬石であった。
「翡翠輝石だ。セイリンからソウに、だそうだ。」
 レンは説明をした。ソウは、胸のポケットに玉を仕舞った。
 
「ソレよりも、玉の精霊のセイリンが、お前のことをとても気に入ったらしいぞ。」
「……気に入ってもらわなくても、結構なんだけど。」
 名前を聞いただけで甦る悪夢。あれは、最悪な体験だった。
 そんな俺の顔を見て、レンが笑う。
 
「まあ、そういうな。セイリンと話すのは面白いじゃないか。」
「レン姉はセイリンとまともに話が出来たのか。」
 あぁ、楽しかったぞ。
 レンは立ち上がり、窓を閉めながらそう云った。
 
「あ! ソレよりも、セイリンはどんな姿でレン姉の前に現れたんだ?」
 ソウも立ち上がって、次々と窓を閉めて歩くレンを目で追う。
「ソウよ。とても鋭い質問だな。」
「……………。」
「ナイショだ。一生の秘め事だな。」
「なんだよ、それ。」
 少しの間があって、レンはそう答えた。そして、ソウの前まで戻ってくると、じゃあ、皆にも会いにいこうじゃないか。そして、これからも、宜しくな。と、云った。
 
 レンはそういうとソウの腕を取り、颯爽とした足取りで、鈴猫を後にしたのだった。
 
 〜 FIN 〜
 

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