ソウの旅立ち(冒険記 番外編)    メニューへ戻る
レン様の作品集の一つです。
 
 →本編はこちら
 
 レン様とソウ様が自分の世界から異世界である月読帝國来るまでのお話。
 お話はレン様とソウ様の出身の世界から始まります。
 
 文/レン様

●レン姉を探しに、ハガルに旅立て! 編
1:行方不明2:ハガル領エレン3:血筋4:見透かしの鏡5:転送6:時間空間移動
●異空間ゲートから、月読帝國へ旅立て! 編
1:異空間の扉2:月読帝國への扉3:到着4:再会5:魔法獣
●全ての謎を解き、冒険へ旅立て! 編
1:道中2:話を聞こう3:冒険準備4:相棒
行方不明  ▲
 
 ずっと、一緒だった。
 生まれた時から一緒に行動をしてきた。楽しいこともいたずらも全部一緒にやってきた。一緒に褒められ、一緒に怒られた。
 
 ソウよ。私は出掛ける。
 扉を開けて嬉しそうに飛び込んできたレン姉は、そう云った。
 いってらっしゃい。
 ソファーに寝そべり本を読みながら、俺は別段気に留めない口調で本から目を離さずに云ったように思う。
 そうか。では、行ってくるから。
 そう云って廊下を小走りにしていったレンを無言で見送った。
 
 いつものことだと、軽く考えていたのだ。
 レンはいつだって、思いついたら即行動。という性格だった。
 今回も、何か思いついたんだろう。位にしか考えていなかった。
 それが、レン姉の最後の台詞になるとは、この時は考えていなかったんだ。
 
「ソウ。レンからの便りが途絶えて1週間になるのだ。」
 そう云われたのは、レンが家を出て1ヶ月後くらいのことだった。
 
「何か。レン姉の身に起こったのかもしれないな。」
「そうなのだよ。あの子は3日と開けずに手紙をくれる子なのだ。それが、1週間も手紙が来ないのは、とても心配なのだ。そこでだ。ソウ。お前レンを見に行ってきてくれ。」
「はぁ! 俺がかよ。」
「お前しか居ないだろう。年老いた我々に探しにいけと。ソウはそう云うのか。なんと不甲斐無い息子なのだ。」
 父親は、リアクションたっぷりに語ってみせた。
 レンとソウの父親は、情緒溢れる語り口で、近所に知られる有名人であった。
 昔は役者を目指していたらしいが、代々の家と土地を継がねばならないので諦めたのである。
 
「判ったよ。レン姉を探しに行くから、最後に送られてきた手紙を見せてくれ。」
「これが、そうだ。」
 父親は顔をほころばせて、ソウにすかさず手紙を渡す。父親には最後には言い分が通るのがわかっていた様子だ。用意がいい。
 ソウは手紙を受け取ると、封書に押してある印を見た。
 
 出した場所は、ハガル領……か。
 しかし何でまた、ハガルなんて、険しい場所へ出掛けたんだ。
 
 ハガルとは、ここから北西に位置する険しい山が存在する地域であった。
 このハガルの山には雷の精霊がおり、近づく人々に雷雨をもたらすことで有名であった。
 昔からこの山には見透かしの鏡という、遠方地からでも、思い浮かべた人のことが映し見れるという伝説の宝のある場所の有力候補としても、有名であった。
 雷雨で阻まれる人が多く、滅多に立ち入れない場所なので、そんな伝説が生まれたのかもしれない。
 この国で生まれ育ったものなら、誰もが知っている話である。
 
 レン姉の手がかりがあるんだったら、ハガルに行くしかないか……。
 ソウは手紙を手に、旅立つ決心をしたのだった。
ハガル領エレン  ▲
 
 どこにも立ち寄らずにハガルを目指したので、2週間ほどでエレンという町へ着いた。
 高地にあるせいか、地元よりも少し涼しく肌寒い感じがした。
 過ごしやすいといえば、過ごしやすい環境である。ただ、一つだけ難点があるとすれば、雷の精霊に支配されているため、一度雨が降ると豪雨になるところだろうか。
 
「こんな感じの子見かけなかった?」
 髪は長めで、ストレートね。で、上で一つに縛って、そうそうポニーテールの髪が揺れる位に長くて、背格好は俺よりも少し背が低いくらいで同年の女の子なんだけど、顔の雰囲気はこんな感じ。
 ソウは手振りをつけて説明しながら、自分の顔を指差す。
 
 そこは、町の中の市場である。買い物をしに来た人を前に、ソウは説明をする。
 結構人が集まって耳を傾けてくれる。
 
「その女の子かは判らないけど、あなた位の女の子がハガルの山へ登ったね。」
 その場に集まってソウの話を聞いていた人々が口々にハガルの山だという。
「ありがとう……。」
 そう云って、町の出口に向かう。
「あんたも、行くのかね。」
 話を聞いていた一人の男が尋ねる。
「俺は、その子を探してここに来たんだ。だから、会いに行かないといけないんだ。」
「では、ハガルの精霊の加護があるように、祈っておく。」
「ありがと。」
 ソウは笑顔で手を振り、エレンの町を後にした。
 
 エレンからハガルの山は、すぐそこだった。
 天気は快晴。今日は雨などましてや雷雨などにはならないだろう。
 ソウは山道の入口へと差し掛かった。
 
 雷の精霊、ハガルよ。無事にレンの元へと連れて行ってくれ。
 というか、雷雨だけはゴメンだから、俺が通り抜けるまででいいから、寝ていてくれ。
 そんなことを心の中で思いながら、1歩を踏み出す。
 
 雷雨で人を阻む精霊と聞いて、困難な道になるかと覚悟していたソウは安堵の息をつく。
 その山は、遠くから見ていた険しい姿に似合わず、道が緩い。
 傾斜があまり無いので、ハイキング感覚で登ることが出来た。わき道に木は無い、岩ばかりの山で殺風景であるので、ひたすら頂上を目指して登る。
血筋  ▲
 
 どこまで登っただろうか、道の脇に小さな少年が立っていた。
 ソウは不思議に思い、やぁ。と少年に声を掛けた。
「君がソウだね。」
 ……なんで、俺の名を知ってるんだ。
 ソウは不審な顔をする。
 そもそも、こんな山の中腹に少年が1人で立っているのも不自然である。見知らぬ少年が自分の名前を知っているのもおかしい。
 
「君はセイリンのリュウの末裔だね。」
「……確かに父はセイリン領の主だけど……リュウっていうのは、あのリュウのことかい?」
「そうだよ。きっと君が考えている人物さ。」
 
 この国は各領土に領主がいる。その領主が集まって一つの国家があるのだ。国王はいるのだが、国王と呼ばれている人も、国の領主の一人という扱いなのである。国王とは、他国と対するときの代表者という位置づけである。
 なので、この国には強力な権力者は居ない。
 それは、もともとこの国には精霊が居たからだ。そして、それぞれの領地には精霊が住むという山が1つずつあるのだ。
 
 たとえば、ここハガルは、雷の精霊が支配している場所である。ハガルの象徴である岩の切り立った険しい山にはよく雷雨が降るのが特徴だ。そのすそ野の場所に人は町を築いているのである。なので、雷の精霊ハガル領のエレンという呼び方をする。
 
 そして、セイリン領は、セイリンという玉(宝珠)の精霊が支配している土地なのである。
 セイリンの山では珍しい玉が取れることで有名であった。山で玉(宝珠・宝玉)が取れるということがセイリンという玉の精霊が支配しているということなのである。
 
 玉の精霊は変わった精霊で人に興味を示し、人間の女性と結婚をしたと云われている。
 そして、生まれた子の名前をリュウといった。
 このリュウという人物も変わっていた。ある時期のみ各地を彷徨い、芸術作品を各地に残しているのである。
 
 しかしこの説には賛否両論あった。
 精霊と人が交わることは無いという考えからである。
 そして、人には寿命があるが、精霊は長く生きている。よほどの事がない限り精霊の存在は消えないと考えられる。
 セイリン領では、今も山から玉(宝珠・宝玉)が取れるので、玉の精霊は住んで(存在して)いる事からも、伝説であろう。という見解であった。
 つまり、リュウと云うのは芸術に優れた普通の人。伝説の人物というよりも歴史上の人物というのが、世間的には一般である。
 
 しかし、セイリン領を代々収めてきた自分の家には、リュウという人が、精霊と人の間に生まれた子。と、先祖代々まことしやかに伝えられているのだ。
 
 きっと少年の云った、セイリンのリュウとは、この人物のことだろう。
 
「お前たちは精霊の血が半分流れているからな。僕の姿も見えて話せる。もっとも本来の姿ではない。見えるようにしているのだ。」
「……うーん……」
 ソウは言葉に詰まった。
 大体、そんなことを云われたところで、どんなリアクションを取っていいのかわからない。自分が知りたいのは血筋のことじゃなくて、レン姉の行方である。
見透かしの鏡  ▲
 
「血筋がどうとかはいいから、レンの行方を教えてくれ。というか、君は誰なんだ。」
「不遜だな。……まあ、許してやろう。僕は雷の精霊ハガルだ。」
 幼い少年は、エヘンと腕を組み自慢げに云う。
 
 さすが変わり者である玉の精霊セイリンの末裔だ。
 ソウの何者にも臆しない態度と人の話を聞かない態度を見て、ハガルは思った。
 レンもセイリンに似て、強い好奇心と放浪癖があったからな。
 この似たもの姉弟を見ていると、セイリンのヤツを思い出して懐かしいな。
 
「レンの行方も知っているぞ。」
「本当か。」
 ソウの言葉を受けて、こくりと大きく頷き、ハガルは手のひらの大きさの丸鏡を出した。
「……見透かしの鏡か?」
「人間はこの鏡をそう呼ぶらしいな。」
 ハガルは手のひらに乗せる。
 すると、丸鏡は光を放つ。鏡の上にレンの姿が立体的に浮かび上がった。どの方向から見ても立体的な3Dである。
「レン姉……。」
 ソウは、動いている立体画像に安堵の表情を浮かべた。
 
「もともと、この鏡は、僕たち精霊同士が通信、行き来するための道具なんだ。」
 画像に食い入るように見ているソウに、ハガルは話を続けた。
 
 まれにこの鏡が人間の住む場所に出現するから、伝説の宝として認知されちまったんだろうな。
 これを通じて話が出来きたり別の場所へ行けたりするのは精霊だけだから、人間には絵が動いている感覚なんだろう。目の前に居ない人物が動く。それだけでも、不思議だと思うんだろうな。
 ハガルは自慢げに語る。
 
「おい。ここへ連れて行ってくれ。」
 ソウは顔を上げて、ハガルに詰め寄る。
 
「……て、お前人の話聞いてないな。話には順序ってもんがあるんだぜ。」
「問題ないぜ。」
「…………」
 コイツは駄目だ。人の話を聞こうって状況を作らないといけないな。
 フウ。と一言ついて、鏡を一旦しまい、ハガルは近くにあった小さい岩に腰を下ろした。
転送  ▲
 
 やあ。君はセイリンのリュウの末裔だね。
 少年よ。私は、セイリンのリュウの末裔という名ではないぞ。レンという。
 
 不遜だな……まあ、許してやろう。
 許さなくても、結構だ。最初に名を名乗ったらどうだ。
 
 僕はハガル。雷の……。
 そうか、精霊ハガルか。いいところであった。見透かしの鏡を貰い受けたい。
 
 ……セイリンの悪いところを受け継いでいるようだな。話は最後まで聞いてみるものだぞ。
 それは、申し訳ないな。
 
 レンは気が短そうだな。手早く話そう。僕の持っている鏡は渡せない。これは、大事なものだからだ。
 そうか、大事なものか。では、貰うことは出来ないな。
 
 そんなに欲しいのなら、別の鏡にするといい。息絶えてしまった精霊の鏡ならそこら辺に落ちているから。
 落ちている場所は判るか?
 
 ここの別次元にある月読帝國という場所にある。異世界といった方がいいかもしれない。
 精霊はいろいろなところに居る。時間や空間などは僕たちにはどうということは無いので、他空間の精霊を探すのは可能なのだ。人も理論的には他空間移動は可能なのだろうがそこまでの技術はない。机上の論理に留まっているし、時間と空間認識における体感認知が僕たちと人とでは基本的に違う。
 話が難しいな。私がその月読帝國なる場所へ行けるかどうかだけ教えてくれないか。
 
 精霊の魂を半分宿しているレンなら可能だろう。
 連れて行ってくれないか。
 
 僕はこの地の精霊だから行けない。でも、レンを転送ならしてあげられる。
 では、お願いしよう。
 
「……と云うわけなんだ。」
「ハガルの話は長いな。」
「開口一番に云う台詞がそれか……まったく呆れるね。」
 ハガルは腰掛けていた小さな岩から立ち上がりながら云う。
「最初に、云っただろ。俺はレンのところへ行きたいんだ。」
「レンの元へ行けるよ。レンからも頼まれていたし。」
「……レンに頼まれてた?」
 ソウは驚きの顔を見せる。
 ハガルはソウの驚きの顔を見て、満足そうに、話は最後まで聞くもんだぞ。と云った。
時間空間移動  ▲
 
 私の手紙が途絶えたら、ソウという少年が尋ねてくるだろう。そしたら、私の元へと送ってもらえないだろうか。旅に出てみたが一人では不便でしょうがない。
「と、言霊を預かっている。」
 
 レンの言葉に、ソウは固まる。
 何もかも計画され、計算された策略。ハガルが自分の名前を知っているのにも納得した。
 そして、手紙が途絶えたら自分が手紙の印を頼りにここへ来ることもレン姉にとっては予想の範囲内だったのだ。
 
 しまったぜ。俺としたことが、またもやレン姉の行動に巻き込まれる羽目になるとは。
 
 しかも、予定通りにここまで来てしまっている。
 レン姉の計画ではその月読なる場所へ俺が行く算段がついているのだ。
 レン姉の計画に俺が組み込まれている以上、行かないとどんな目にあうのだろう。
 
 あぁ……脱兎したいぜ。
 自宅で本を読んで過ごしていた安息の日々が良い思い出となってよみがえる。
 そんなことを思っても後の祭りである。
 
 自宅を出るとき、レンが一緒でないと入れてやらん。何年かかってもいいから帰ってくるなと云われているし、レンからは月読なる場所へおいでと強引なお誘いを受けている。
 
 こういうのを、虎穴に入らずんば虎子を得ず。って、いうんだっけ。
 いや違うな、前門の虎後門の狼。って、いうんだっけ。
 違うな……あぁー。もうどうにでもなれっていう心境。
 あとは野となれ山となれ。
 これだな。今の俺にぴったりの言葉だぜ。
 ソウは自嘲の笑みを浮かべて、はぁ、と息をはく。
 
「どうやら、決心がついたようだね。」
 ハガルはクスクスと笑う。
「選択権が無いのなら、前に進むしかないだろ。」
「じゃあ、この鏡を見て……うん。顔が映るようにね。……そうそう、そんな感じかな……。」
 ハガルは先ほどの鏡を再び取り出して、ソウの方へ向ける。
 立体画像が無ければ、どこにでもありそうな小さな丸鏡に向かってハガルの云うとおりの行動をソウはとる。
 
「手を鏡に近づけてみて、そうすれば異世界のゲートにたどり着くから、ゲートに向かって、月読帝國。と行きたい場所を云うといい。扉は開かれるから。」
「……判ったぜ。」
「よい旅を……」
 ハガルのその言葉を最後に、ソウの姿はそこには無かった。
異空間の扉  ▲
 
 何も無い世界。
 色も音も感触も、何も無い世界。全てが「無」の世界。
 上も下もそして自分がどこに居るのかさえも判らない。
 
 手を伸ばしても、空を切る。
 頬を伝う水の感触。一瞬、涙かと思ったが、ソレは雨だった。
 頭上から落ちてくるのに、濡れもしない。冷たい感触も無い。
 
 瞳を開いているのに、あたりは暗闇。
 その世界を歩いていく。いや、前に進んでいるのかさえ判らない。果てしなく続く闇。
 時間の感覚さえ判らなくなる。
 ほんの一瞬のことなのか、永遠に彷徨っているのかも判らない。
 
 不意に足元から光が湧き上がった。
 無の中にある有の感触。
 
 ソウは、この光を逃がしてはいけないと、走る。
 この暗闇に出現した光。手がかりはこの光にあると感じた。
 
 泉のように湧き上がる光。そこを覗き込むと、光の中には、野原が見えた。
 迷っている暇も、余裕も無い。
 何もかもが初めての体験であり、手探りの状態なのだ。
 ソウは、えいっ。と云い、光の中に飛び込んだ。光はソウの体を包み込み、空間を閉じた。
 
 ソウが目を開けると野原に着地していた。
 光の外から覗き込んだときには、遥か下の眼下にあったはずの草原が今は足元にある。
 落下したと思った割には、衝撃が無かったな。
 あれ? …………?
 そんなことを思いながら、あたりを見回した。
 
 そこは、どこまでも広がる野原。所々に木があり、茂らせた葉がそよいでいた。
 上を見れば、空が広がって、そして鳥が飛んでいた。小さな、色の綺麗な鳥である。
 きっと、あの空の空間からここへ来たと思うのだが、それらしき空間の穴のようなものは無い。
 空は雲が流れて、太陽もある。穏やかな自然の風景である。
 なのに、風の感触が無く、木々のざわめきも鳥の声も耳には届かない。
 
「やあ。こんにちは。ソウ。」
 しばしその風景に見とれていたソウに声を掛ける者が居た。
 ソウはビクリとして、後ろを振り返る。
 
 振り返った先には、年のころは7歳位の子どもが立っていた。
 にこにこと子どもらしいあどけない笑顔である。
 
「こ……子ども?」
「子どもに、子どもって云われたくないな。これでも僕は永遠に存在している精霊なのだからね。」
 そう云いながら口を尖らす。やはり子どもらしい拗ね方だ。
「と云うことは、ここが……」
「そうさ、ここが扉のある場所さ。」
 子どもがソウの云わんとしていた言葉を補う。
 
「僕はダエグ。光の精霊さ。僕が皆を導いて、いろいろな場所へと光で届けるのさ。レンから言霊を預かっている。」
 
 ソウという少年が間もなく来ると思う。月読へと届けて欲しい。
 髪を上で一つに結んで、瞳のきりっとした女の子と約束したんだ。
 そういうとダエグは手を差し出した。
 
 レン姉よ。ここでもちゃっかりと、精霊に言付けをしているのか。
 レンらしいといえば、らしいんだけど。
 何者にも臆することの無い言動には恐れ入るな。元気で何よりだぜ。
 
 ソウは苦笑いしながら、とりあえず、自分に向けられて差し出されたダエグの手を握る。
月読帝國への扉  ▲
 
 差し出された手を軽く握る。すると、ソウに向かって風が吹いた。
 先ほどまではダエグの声だけが聞こえたのに、今は、葉は風に吹かれてざわざわとそよぎ、空を飛んでいた小鳥は綺麗なチチチッという声で鳴いた。
 空にある雲は流れ、太陽の光が眩しい。先ほどまで無音声の世界に居たような感じだったのに、生命の息吹を感じる。
 
 そういえば、ハガルが云っていたっけ。
 精霊同士が通信、行き来するための道具だって。そして、人には映像が出るだけで通信や行き来は出来ないのだと。
 
 ここへ来るときも、ハガルの助けが必要であった。今も、ダエグに触れた瞬間、絵の様な世界に音が生まれた。
 精霊の助けがあれば、人でも異空間を飛べるのかもしれない。
 
「さあ、僕に行き先を告げて。」
 ダエグはソウの手を握り返し微笑む。
「……異空間のゲートに行き先を告げるって聞いたんだけど。」
「だから、僕がキーなのさ。」
「君が……そうなのか。では、月読へ。」
「月読帝國への扉を開ける。」
 
 夏の月・古の世に生まれでて・満ちて照らし続ける。月読への扉を開放せよ。
 
 ダエグが云うと、ダエグの後ろに扉が出現した。
 木製の観音開きの扉である。華美な装飾品は付いていなかったが、木には蔦の模様が刻まれていた。
 ダエグはソウの手を放す。
 
「さあ、ソウよ。月読帝國への扉は目の前にある。」
 ダエグに促されて、ソウは扉の前へと進む。
 2人は扉の前へ並ぶ。ソウはダエグの顔を見てから扉へと手をかける。
 ダエグも扉へと手をかけると、両扉が向こう側へと開き、光が差し込んでソウの体を包む。
 
 ありがとう。ソウが云うと、ダエグは満足そうにニコニコとした。
 ダエグはバイバイと手を振り、良い旅を、と云った。
 扉の中へとソウが足を踏み込むとゆっくりと扉は音も無く閉じ始めた。
 ソウの目の前で扉はゆっくりと閉じられ、光の精霊ダエグの姿は無かった。
 
 ソウは精霊の助けを借りて、月読帝國へと旅立ったのである。
到着  ▲
 
 突風が吹いて、目を閉じる。強力な台風並の風である。
 顔に直接風が当たるので、腕を顔の前に持っていき、下を向く。
 これが、空間の移動なのかもしれない。自分が高速で動いているのか、周りが動いているのかは目を閉じているので、判らない。
 
 精霊にはきっとゆったりと感じる時間も、人には突風が吹いているが如く、早いのかも知れな。これが体感認知の違いなのか。
 ソウは、そんなことを思った。
 
 どれ位しただろう、自分に向かってくる風が止んだ。そして、静けさの後に、何かしらの音が耳に届いた。
 かすかな音である。鳴き声だとか、人の声だとか、そういう類のものではなかった。
 ザリ。という音。足元から聞こえる。
 顔の前にあった腕をゆっくりと下ろして、目を開ける。
 俯き加減だったので、足元が目に入る。
 土があった。足には茶色の硬い地面があった。顔を上げる。
 そこは、廃墟だった。
 
「…………」
 
 ソウは後ろを振り返る。
 人影は無い。いや、それ以前に、壊れ崩れた建物には、到底人は住めない。
 破壊されつくした建物には、おびただしい蔦様の葉が所々生い茂っている。
 あたりには、小さい虫も居る。
 葉でかぶれを起こすかもしれないし、虫に刺されて万が一毒があったら大変だとソウは緊張する。
 そこは、数十年前まで人が居た、というレベルでは無い。
 昔、昔の大昔に、ここに人が住んで生活していて、捨て去られたというような忘れ去れた遺跡のようであった。
 
「ひょっとして、月読帝國じゃない……場所?」
 ソウに不安がよぎる。
 
 いや、精霊が場所を間違える筈は無い。ダエグは確かにあのゲートは月読への扉だといっていた。精霊は悪戯をしても、嘘はつかない。
 
「月読帝國は遥か昔に滅亡したのか!」
 
 それも無いだろう。ハガルもダエグも月読が滅亡しているとは云っていなかった。滅亡した場所に精霊が居るはずも無い。
 月読帝國は精霊がこの世界に世界(帝國)を作ったと聞く。簡単に消滅することは無いであろう。
 
「しかし…………」
 このあり様は、どうしたものであろう。
 人の気配も無ければ、精霊や魔物の気配も無い。あるのは、虫の気配だけである。
 
 レン姉の顔が浮かぶ。ハガルは動いているレン姉の姿を見せくれた。あれからどの位経っているのか自分にはわからない。
 空間と共に、時間も大幅に飛んでしまったというのなら、それはいったいどのくらい経過しているのだろう。
 
 しかし、自分の姿に変化は無い。年を取った風でもない。時間は飛んではいないのだろうか。しかし……若干のズレがあるのかもしれない。
 
「くそ……っ。」
 ソウは苛立った。考えたところで、自分には何もわからないのだ。
 自分の不甲斐無さに、焦慮する。
 
 いや、落ち着け。
 ソウは、ふぅー。と長い息をはく。
 
 レン姉は月読へと出掛けていった。そして、この世界は月読だ……と信じよう。
 だったら、自分のすることは、この世界のどこかに居るレン姉を探し出して会うことだ。
 
 こんな場所に、いつまで居ても仕方ないぜ。
 ソウは、周りに気を配りながら、歩き始めた。
再会  ▲
 
 遺跡のような場所から出て暫く行くと、砂漠が広がっていた。
 
 砂漠の中に遺跡があるのか、緑が徐々になくなり、砂漠になったのかは定かではないが、進むごとに建物などの建築物はなくなり、緑も無くなっていく。
 先ほどまでは硬い地面で風が土埃を巻き上がっていたのだが、進むに連れてそこは、何も無い砂地の場所になっていた。
 
 砂に足を取られながら柔らかい砂地を進む。たまにサボテン様の植物があるが、食べられるか判らない。とりあえずこの砂漠を早く抜けたい気持ちでいっぱいであった。
 日が傾く。とたんに風も吹いてきて冷たい。暴風壁の無い砂漠では、風は文字通り吹き曝しである。
 先ほどまでの照りつける太陽が嘘のようである。
 
 本当にこちらの方向で合っているのかも、判らない。ひょっとしたらグルグルと同じ場所を彷徨っているのかも知れない。
 遺跡群はもう見えない。あたりには同じような砂漠の風景が広がっている。
 先ほど以上に、焦るが募る。
 
「ソウじゃないか!」
 前から歩いてくる人が、自分の名前を叫んで、駆け寄ってくる。
 声は風と共に、自分の耳に届いた。その声は懐かしく、声の主は迷うことなく、自分の方へと走ってくる。
 
「レン姉か?」
 大声で叫ぶ。きっと相手の耳に自分の声も届いているだろう。背格好も一緒だ。風除けのフードが走ったことによって、後ろ肩へとずれて、髪が露になった。
 後ろ上で一つ結びにして長く垂れる髪が靡く。
 間違いなく、レンである。そう確信したソウは、駆け出した。
 
 が……レン姉の傍にいて、一緒に走っている幼い女の子は誰だろう。
 そんなことは、後で聞けばいいだろう。
 とにかくレンに会えたことを、素直に喜ぼう。
 
「よく来てくれたな。では、行こうか。」
 開口一番、レンはそう云い、ソウの腕をつかんで、ソウが進んできた道を行く。
「は……?」
 ソウは訳もわからずに腕を引っ張られた。何で戻るんですか? と聞く暇も無いくらい、有無も云わさぬレンの行動であった。
 その方向には、先ほど自分が降り立った遺跡群しかない。
 
 姉弟の感動の再会など、レン姉には無いのだろうか。
 ……そんなものがあったら、俺の苦労は半分になるんだろうな。
 
 腕をいつまでも掴まれ、腕組みされて連行される格好もいやなので、ソウはレンの腕から逃れて、レンの行く後を歩いた。
魔法獣  ▲
 
 レンのすぐ横に並び、手を繋いだ2人の女の子がいる。歳はダエグくらいであろうか。
 少し斜め後ろからじっとみていると、視線に気づいたのか、2人がチラリと見て、目が合った。
 
「みだらですわ。」
「みだらだね。女性をじっと見つめるもんじゃない。」
 2人は口々に云った。
「…………!」
 ソウは驚きの表情を隠せない。
 視線を察知しているのはまあ良しとしよう。心を見透かされた感は、しょうがない。
 しかし、この場合、あどけない女の子が云う台詞では無いだろう。
 レンが声を押し殺して笑っている姿が目に入る。
 
「彼女たちは、古代魔法生物なんだ。魔法獣ともいうな。人型以外に獣型もいて、呼び方はいろいろあるんだけどな。人のパートナーとして働いてくれるのだ。精霊とは違う。」
 驚いて言葉も出ないソウに、レンが補足説明をする。
 
「おいおい説明をしていこう。ソウはこちらに来たばかりだからね。」
「……それもそうだ。が、今どこに向かってるんだ。」
「雪輝都遺跡だ。最初に転送された場所。」
「忘れ去られた遺跡群があるだけだろ。何をしに行くんだよ。」
「虫取りだよ。ソウは好きだろ。虫取り。」
 レンはクスクスと笑う。
 
「好きなのですか?」
「好きなのか。子どもっぽいな。」
「昔の話だろ……。それより笑うなよ。チビちゃんたち。」
 ソウは少し照れながら云う。
 
「まぁ。淑女に向かってチビですって。酷いですわ。」
「全くだ。ちゃんと名前があるのにな。」
 2人の魔法獣は顔を見合わせて、これ見よがしに云う。
 困ったのは、ソウである。
 口の達者な女性に勝てる気がしない。
 諦めの意味を込めた息を短くはく。
 
「こっちが、ヒビキ。で、剣を携えているのがミナトだ。」
 レンが2人の肩に手を置きながら、ソウに説明した。
 ヒビキとミナトは宜しくですわ。宜しく。と挨拶した。
 ソウも、あぁ。宜しく。と返す。
 
 太陽がその姿を地平線へ差し掛かった夕暮れ時に、遺跡群へと着いた。
 
「じゃ。虫取りの開始だな。」
 わーい。3人は盛り上がっている。
「ソウも頑張れよ。ここの遺跡虫は良質の糸が取れるので、高価で売れるんだ。」
「へぇ。」
 ソウがその言葉に反応を示した。
 
 虫なら、最初についた時に確かにたくさん居た。
 ここの虫からは糸が採取できるのか。だったら、先ほど捕獲しておけばよかったぜ。
 
「ただし、毒を持っている虫も居るからな。死なないように気をつけろよ。」
「姿が似ているので、危ないのですわ。」
「蘇生草は常備してるから、安心して思い切って捕ってこいよ。」
 
 激励されているのか、それとも、からかわれているのか……。
 レン姉1人だけでも苦手なのに、さらにレン姉みたいなのが2人もこっちの世界には居るのか。
 3人の言葉を受けたソウは、苦笑いを浮かべた。
 
 きっと、自分の運命はこの時点で決まったんだろうな。
 のちにソウは、こう振り返るのであった。
道中  ▲
 
 日が沈んだので、糸虫探しは終わった。
 俺は、レンから袋を受け取り、そこに目一杯の採取した糸を詰め込んだ。
 どこへ行っても、金銭はあった方がいいかなら。たくさん採れてよかったぜ。
 
 そして、次の日に、朝一番にここを出発して帝都へ向かった。
 レン姉が、道中の道のりと簡単な中継地点を説明してくれた。
 結構、遠いんだな。そう呟くと、
 そうだな、一番離れているからな。条件さえ整えば便利なんだけどな。
 と、レン姉が云った。
 
 レン姉の傍には、絶えずヒビキとミナトが居た。姿勢良く歩く。
 
 今は、幼女だが、魔法獣は成長が早いぞ。魔法の実・古代の実・キャルの実とか、彼女らはこれらの果実を食べて成長するんだ。
 今に私の背丈と同じ位になるかもしれないな。この頃には強く美しくなっているだろう。
 
 まるで、我が子の成長を見守る心境だな。
 
 バカだな。それじゃ親子になるだろ。友達の成長と云え。
 私は彼女たちを尊敬している。パートナーだ。
 ソウも、彼らを育ててみるといい。私の気持ちが判るぞ。
 2人の歩く姿を見て、昨夜レン姉が得意げに云ったのを思い出す。
 
 中継地点である街や村には立ち寄らずに、帝都への道を急ぐ。
 いろいろと街中を見ていたいが、まあ、今度にしよう。
 
「それよりも、故郷に連絡を取らないと。月読に居るって。」
「ん……?」
 レン姉が言葉を受けて、不審そうな顔をする。
 そして、レンの顔を見たソウも、何か変なことでも云ったか。という顔をする。
 
「手紙を出しだぞ。」
「はぁ!?」
 ソウは素っ頓狂な大声を上げる。
 その大声に、レンは顔を顰めた。
 
「え? いつ。……え? 手紙? ……どこから?」
「ここから。」
「ここって、月読帝國?」
「ここは、月読帝國だろ。」
「手紙を出したのか?」
「私は手紙を欠かさず書くだろ。」
 
『…………』
 話が前に進まない。
 
「ソウよ。お前は何を見て、ここへ来たんだ。」
 レンが冷めた目でソウを見る。
「ハガルの印の押された手紙を見て……デスガ……。」
 ソウの話し声は徐々に小さくなり、語尾が消え入る。
 
「手紙の内容は見たのか。」
「……見てないデス。」
「ほぉ。ソレでよく、ここまで来てくれたものだ。」
「あ……ははっ。精霊に導かれるまま。」
 レン姉の言付け通りに……という言葉は呑み込んだ。
 乾いた笑い声が出る。
 
 帝都へ続く道には、自分たち4人しか居ない。道中に立ち止まっても、誰の迷惑にもならない。
 ヒビキとミナトは話の内容を理解しているのかわからないが、レンと同じようにじっとこっちを見ていた。
 この凍てついた空間に風穴を開けてくれる人を待ったが、誰も通らなかった。
話を聞こう  ▲
 
「話を聞こうか。」
 そう云うとレンは、少し先の端にあった切り株に腰を下ろし、足を組んだ。
 
 ここは、開発されて道が出来たためであろうか、所々に切り株があった。
 伐採される前は幹が大きかったようで、レンの後ろにヒビキとミナトも一緒に座った。
 ソウは立ったままである。
 
 ソウは、父親から聞いた話をそのまま、レンに伝えた。
『ハガルを最後に、1週間手紙が来ない。探しに行け』と。
 
「まず、そこが間違いの元だろう。」
 そういってレンは話を始める。
 
『故郷には月読なる場所からも手紙を送れるのか。』
 そうハガルとダエグの2人に確認したら、
 2人とも、
『月読にはアンサズという情報の精霊が居るので、頼むと何処へなりとも届けてくれるだろう。』
 という同じ答えが返ってきた。
 
 なので、私は月読帝國についてから、数回手紙を書いたぞ。
 
「オヤジが嘘を……。」
「いや、あながち嘘ではないだろう。1週間ほどは、手紙屋を探すのに時間がかかったからな。」
 レンはすぐさま否定する。
 
 それから数分、大体の話が出揃った。
 
 話を総合すると、オヤジが1週間レンから手紙が来ないと騒いだ後に、月読帝國からの手紙が着いたことになる。
 で、俺が自宅を出た後……多分、1日いや、ひょっとすると数時間の違いで俺と手紙が入れ違ったのだ。
 
 く……だったら、もう探さなくてもいい。と、連絡くらい寄越してもいいじゃないか。
 ソウは心の中で、呟く。
 
「ま、結果的には、私はよかったのだけれどな。ソウが来てくれて、私は嬉しい。」
 レンは微笑みながら云う。
 
 その言葉に、ソウは怪訝な表情を見せた。
「……月読帝國について最初の手紙には、なんて書いたんデスカ。」
 ソウは、恐る恐る聞いてみた。
 
「ん? ……いろいろと書いたな。」
「俺のこととかは……」
「んー。慣れない場所なので、手伝ってもらいたいのでこちらへ来て欲しい。という感じのことを書いた気がするな。それを読んで来たのだと思った。」
 レンは少し考えてから云った。
「…………」
 レンが嬉しそうにしているのに対して、ソウは悲壮感が漂う表情でハァーと息をはく。
 ソレを見て、ヒビキとミナトがクスクスと笑った。
 
 帰ったら、まずは最初にオヤジに文句を云ってやろう。
 と、ソウは心に誓ったのだった。
冒険準備  ▲
 
 月読帝國の帝都涼潤に着いた。
 レン姉が一通り、案内をしてくれた。
 
 考えていた以上に人が居て、その活気のある光景に少し驚いた。
 しかも、帝都は遺跡からここに着く道で見てきた街や村に比べて、かなり整っている。
 皇帝陛下のお膝元、城下町。という感じだ。
 
 市場に出回っているのはいい品だが、少々高いので、道具屋の大量生産品の装備品にした。
 皇帝からの依頼をこなすと、それなりに金銭をもらえるらしいが、死亡などのロスもあるため、とりあえずは、魚釣りや宝箱から出てきた、魔肉やつぶつぶの実などを売って経験値を溜めることにした。
 
 この経験値が一定レベルに達すると、仕事の呑み込みが早くなり、
 動きやすくなるらしい。
 さらに。この経験値を重ねていくと、達人クラスになれるらしい。
 もっとも、ハードルも困難になっていくため、容易な道のりではないのだが。
 
 レン姉は経験値を上げて、冒険者になりたいらしい。
 外部の魔法生物に負けないだけの、強さが欲しいらしいのだ。
 昨夜、寝る前にそんなことを語っていた。
 
 ソウよ。折角来たのだから、お前もなにか目標を持ってここで過ごしてみないか。
 楽しいぞ。
 
 帝都に入ってすぐに、レン姉からそんなことを云われ、早1ヶ月が経とうとしていた。
 
 俺はというと、相変わらず釣りをして、釣った魚を燻製にして売っている。
 とくに、やりたいことも見つからず、魚を売って、福引をして、当てたものを売る日々。
 
 もともとレン姉と違って、インドア派だったからな。
 商売をしているほうが向いている気がするぜ。
 
 そんなことを思っていた矢先、
「お! AAAだね。おめでとう。はいよ。」
 福引屋で、卵をもらった。
 
「ありがとう……。」
 そう云って受け取ったのはいいが、この卵をどうしよう。
 売ってみようか、それとも温めて育ててみようか。
 
 果たして俺に、魔法獣が育成できるんだろうか。
 そんなことを思いながら、大通りを歩く。
相棒  ▲
 
 迷いながら歩いていると、魔法獣を連れて歩いている姿がちらほらと目に入る。
 今までは、魔法獣など、眼中には無かったのに、こうして魔法獣が宿っているであろう、卵を持ち歩いていると、気になって仕方が無い。
 
 よし。これを育ててみるか!
 どんな子が出ても、リュウと名付けよう。
 
 瑠(リュウ)は、俺が生まれたときに取れた宝珠だからな。
 縁起がいい。
 
 俺の生まれたセイリン領には、精霊からの祝福という意味合いから、誕生の前年に取れた最高級の玉をあしらった装飾品が送られるのだ。
 瑠は、青色の玉である。
 もちろん、レン姉もこの瑠で作られた装飾品を持っている。
 
 セイリンのリュウにも因んでいるし、芸術に優れた魔法獣に育てよう。っと。
 ま、そういう願いを込めて、願掛けの名付けでもしようかな。
 
 パウダーをかけると卵がコトコトと音を立てて動く。
 
 頑張れよ!
 お前が生まれたら、この月読帝國を一緒に冒険に出ようじゃないか。
 バカなことも未知の体験も一緒なら楽しそうだな。
 
 あぁ。レン姉が云っていたな。
 育ててみると、楽しいぞ。良きパートナーだと。
 
「さて、こんなものかな? そろそろ、卵を割ってみるか」
 パウダーを5つ6つかけると、卵をコンコンとノックしてみた。
 中からも、コンコンと音が返ってきた。
 
「! ……さて、合図もあったことだし、念願の卵割といきましょうか。」
 強い衝撃を与えると、卵にひびが入って殻の部分が地面へと破片となって落ちる。
 
 中からは、それは小さな子が出てきた。
「こんにちは。リュウ。僕がパートナーだ。これから宜しくな。」
 
 故郷セイリンには、当分戻るつもりは無い。
 と、レン姉を見習って手紙にそう書いて送っておこう。
 
 さて、今日から月読帝國内を冒険しよう。
 
 (完)

 ▲    メニューへ戻る