砂の津波(異世界編)
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レン様の作品集の一つです。 →本編はこちら 何かが見え隠れする、ニヤリとさせられる素敵作品。良い物です。 文/レン様 *1 砂漠任務追行 / *2 サンドグラス任務追行 / *3 サンドグラス任務完了 / *4 帰還 |
*1 砂漠任務追行 ▲ 「もっと、早く歩けないのか。」 「……今は、亀だから、仕方ないだろう。」 「………………はぁ。」 じろりと斜め後ろを横目で見た後、リュウはため息をついた。 今日のソウは、やけにのんびりと歩いていた。 別に、姿が亀になったわけではない。 事の起こりは、やはり唐突だった。 リュウよ。久しぶりに出かけようではないか。 いつも、月彩村に出かけているだろ。魚釣りに。 ふ。判ってないな。それは、仕事じゃないか。 出かけるのに、仕事とそれ以外とがあるのかよ。 これだから、リュウは駄目なのだよ。 ……はぁ。 というような、短いやり取りだったように思う。 今朝、寝起き一番にソウが話を切り出したのだ。 この唐突さは今に始まったことではないし、もう、諦めた。 悪ガキが居ると思うことにしよう。 リュウはそう言い聞かせて、自分を納得させた。 かくして、リュウのOKという名の諦めのため息を合図に、 出発の準備と相成り、こうして銀鈴市の森を歩いているのである。 銀鈴市の入口場所から少しいくとチコの木の群生した森がある。 ここは、土の精霊と水の精霊のバランスが狂った場所なので、チコの木が異常なハイスピードで成長するのだ。伐採してもすぐに育成して乱立してしまうのである。 なので、木々がなくなることは無い。 チコの木に遮られ、僅かな光しかこぼれてこなかった。 しかし、前方に視界が開け、次第に明るくなっていく。 「うわ!」 森を通り抜け暫く行くと、強い陽射しだったので、眩しさをしのぐ為に、額に手を当てて目の部分に影を作る。 そのままの仕草で、道を歩いていく。 いや、既に道と呼べるものはなくなっていた。見渡す限りの砂漠なのだ。 砂漠に道は無い。何処を歩いても、誰にも文句は云われない。 「あつ……い。暑い。……あつーい。」 「そんなに云わなくても、わかってる。」 銀鈴市のチコの木の群生地を抜けて混風街道をひたすら進むと、今度は一転して砂漠になるのである。 灼熱の砂漠の名の通り、照りつける陽射しが眩しく、風が砂を巻き上げる。 この場所は火の精霊と風の精霊に支配されているために、地熱が以上に高く、辺りに植物は育たない。 そして、万が一植物があったとしても、風が砂と化した土を巻き上げてしまうのである。 そんな過酷な土地でも、一種類の植物は育つらしい。サボテンだ。 「暑いのは初めから判ってて、お前が行きたいと云ったのだろう。」 「……まぁ、そうなんだけどね。」 ソウは笑った。 「だいたい、お前は思いつきで何でも決める癖が……」 「まだまだ甘いな。リュウは。」 ソウは得意げな顔で云う。 何が甘いというのだ……。そう云いたいのを堪えた。 暑さの前では、口数も少なくなる。 「以前、蜃気楼の街へ行きたかったけど、食糧難で行けなかっただろ。」 「……再トライ。というやつか?」 「ふっ。だから、リュウの読みは甘いというのだよ。」 「……レンか。」 そのリュウの言葉に、ソウは大きく頷いた。 「レン姉に手紙と共に、大量の食料を置いていかれた……のが、運のつきなのだろうな。」 ― 今 手放せない用事が入ったので 変わりに確かめて頂戴。 行き先は 灼熱の砂漠 案件は 見透かしの鏡 愛しの姉 レンより ― 「まだ、諦めてなかったんだよ。」 「はぁ…………たまには、云い返せよ。」 「断ろうとブースに行ったら、食料が置いてあった。」 「見透かしの鏡が無くても、お前の行動は、把握されていると……。」 「笑えんが……まあ、しょうがないかって感じ。」 ソウとリュウは目が合うと、苦笑いを浮かべた。 リュウも、もう何度目かのレンのお使いをこなしていると、こうやって外に出るのも悪くは無いと少し思っていたところであった。 「……とは云っても……何処をどう行けば鏡の在り処につけるのかは、不明だけどな。」 「確かに。しかも、俺たちは一度も蜃気楼の街へ行ったことが無いから、それがどんなところかわからない。」 「……蜃気楼にいければいいが、蜃気楼にあるとも限らないからな。」 砂漠をサリサリと歩きながら話す。重みで足が砂に軽くめり込む。 立ち止まって居ようものなら、地熱と熱風で動きたくなくなるからだ。 それほどに、今日も快晴。しかも灼熱の時間帯である。太陽は十分に高い。 砂漠に入って、どれぐらいの時間が経っただろう。 数十分くらい、無言で歩く時間が続いた。 「ん? ……あそこに、オアシスが見える……」 「砂漠に、オアシス? ………月読帝國の砂漠に、オアシスがあるって話は聞いたことが無いな。」 「じゃあ、あれが蜃気楼の街ってことか。」 「さあ。初めてのことだからな。」 「とにかく、行ってみようぜ、リュウ。」 ソウが突如出現したオアシスを指差して、先へと走る。 先を走るソウを、やれやれという感じリュウが見つめる。 と、その時、オアシスの方向からもの凄い音がした。 それは、とても甲高い動物の鳴き声のような、金属を叩いたようなキーンとした音が耳の奥へと突き抜ける。 リュウはすかさず、前方を見る。 「ソウ! ……」 リュウは頭で考えるよりも先に、体と声が出た。 「! ……リュウ」 ソウは足を止め、リュウの方に振り返る。 足元がぐらつく。 予想もしなかったことが、目の前で起きている。 足元の砂が波を打ったようにうねり、オアシスのあった方角からは、 砂が波の様になって、高く持ち上がり、海のように押し寄せてくる。 まるで、津波だ。 「ソウ!」 「バカ。来るんじゃない……リュウまで飲み込まれるぞ!」 あぁ……もう駄目だ。 リュウは来るんじゃないぞ! お前まで飲み込まれちまう。 砂の津波は、ソウの頭上まで来て、うねりを持って影を作る。 「来るなっていっただろ! ……わぁっ……。」 「アホ! ……バカはどっちだよ。……わっ。」 リュウがソウのすぐ傍まで来て、手を伸ばす。 リュウの手がソウに触れそうになった瞬間、津波となって押し寄せた砂は 2人の頭上から覆いかぶさった。 うわっ。……何がどうなってるんだよ。 全くついてねぇな。……痛っ……。 ……リュウ……。アイツは大丈夫かな。 出会った時から、妙に大人びたところのある魔法獣だったけど、 凄いおせっかいで………バカだよな…… 「死んじまったー。」 そういって、ソウは目を開ける。 「アホ。……俺はまだ死んでない!」 「……あれ? ……リュウじゃないか。」 ソウは、開いた目をパチクリとさせながら、上体を起こした。 少し先の場所でリュウが腕組をして立っている姿を確認した。 「ここは、天国じゃないのか。」 ソウは、すぐさま立ち上がり、リュウの後ろ姿の方へ歩く。 リュウは、向こう側を向いたまま喋っているのだ。 「……天国じゃないな。ドアがある。」 「…………」 ソウもリュウと並び、そのドアを見る。 そこは、先ほどまでの灼熱の砂漠と違い、足をしっかりと地に付けて立てる。 砂地のように、重みで埋まる感覚はない。 目の前には、扉がある。 扉というよりは、自宅の玄関。という重厚な一枚扉である。 細工も施されていない。開けるための取手が付いているだけである。 人一人が、お邪魔します。といって通り抜ける感じの扉である。 しかし、その扉の周りには支えになる物がない。 まるで、地面から湧き出たように、垂直に立っている。 そして、2人と扉のある場所は、まるで、四角に仕切られ、切り抜かれた空間のようである。 無機質な何もない、明るい部屋の中または、箱の中に居る感じである。 扉の場所から真っ直ぐ前に少し歩いてみると、見えない壁にぶつかり、それ以上進めない。 見えない壁に手を当て、進める方を確認しながら歩くと、四角にそって、一周してしまう。 そして、中央には扉がある。 四角い箱の真ん中に、薄い板が立っている。そんな感じである。 ソウは、リュウの反対面の扉の前に立つ。 「扉の裏も……別段変わりがないな。取手が付いてる。」 「ここは、どこなんだろうな。」 「ん……。やけに落ち着いているから、リュウは知ってると思ったのに……。」 「出口も見当たらないし……。ここは砂の中なのかも、判らんな。」 「……じゃあ。この扉を開けてみようぜ。」 ソウが向こう側からリュウの方に回って来る。 にんまりと笑顔である。 「…………はぁ」 ソウの笑顔を横目で見たリュウは、ため息を一つついて、視線を下に逸らした。 「確かに、お前の云うとおり、このドアを開ける以外に、この状況からは、発展しなさそうだな。」 「だろ。」 ソウはリュウとならんで、扉の前に立つ。 扉の取手をぐっと握り、下へと下ろす。 扉は音も立てずに向こう側へ、何の苦もなく開く。 「あ……」 2人は顔を見合わせた。 扉に光が差し込んで、中を照らす。 後ろから見ても扉だったのに、開いた場所には、下へ降りる階段があったのだ。 ソウはすかさず、扉の後ろへと回る。 そこには、開かれていない扉がある。一方が開いているのだから、反対側の扉は引かれたように開いていてもいいはずである。 なのに、閉じたままの扉。 リュウのほうへと戻ると、向こう側に押され形で開いた扉。 「どうなってるんだ……」 そう云って、ソウは首をひねる。 ソウは、おもむろに扉の開かれた空間に手をかざす。 扉には、見えない壁のようなものは存在していない。 どうやら、この扉から下へと続く階段へは進めそうだ。 「こうなったら、進むしかないな。」 「だな。」 ソウの言い分に、リュウが同意する。 先にソウが、階段へと歩を進めた。 ― ようこそ 我が居城 サンドグラスへ ― 頭の中に、直接話しかけられる、空耳のような言葉が聞こえる。 それは、ぼんやりとした、声だった。 10歩ほど下へと降りて辿りついた踊り場のような広い場所には、 一人の老婆が杖をついて、立っていた。 |
*2 サンドグラス任務追行 ▲ ソウの一つ後ろをリュウがついていく。 扉から差し込む明りを頼りに、地下へと続く階段のような場所を進む。 突然、目の前に現れた一人の老婆に、2人は困惑した。 人が居るということは、ここは何処なのだろうか。 無機質な白い部屋にあった茶色の扉は、地下へと続く階段であった。 人が居るとは考えなかった。 そして、老婆の後ろにも、先ほどと同じような扉がある。 「この館に、何か用かね。」 「え……あ。」 突然の老婆の声と問い掛けに、2人は言葉を詰まらせた。 「ここは、どこなんでしょう。」 「地上へ出たいのですが、どうしたらよいか教えて欲しいのです。」 「うむ〜。」 老婆は、少し唸った後に、 私に尋ねたいことがあるのなら、まずは、私の問いに答えておくれでないか? で、なければここの抜け方も、まして、この館からも出すわけにはいかないんだよ。 老婆が、その言葉が云い終わるか否かの時に、 後ろからズズズズっと音がして、光が細くなる。 扉が、閉じていく。 「ソウ、後ろを……」 「な。……」 2人は後ろを振り返る。が、2人を照らしていた光は、消えてしまった。 辺りは闇になり、そして、老婆の手元にあったランプが唯一の光となった。 「俺たちが通ってきた、扉が消えた……。」 「……本当だ。」 扉はおろか、下ってきた階段も消えている。 背中側には、何もなくなってしまい、ただの闇と化した。 「ふふ。何を驚くことがあるのだね。さあ、今から出す私の問いに答えておくれ。 この館に、足を踏み入れた者たちよ。」 老婆が、ランプを持った手を少し上に掲げる。 ソウとリュウの顔が闇の中で、明りを受けて照らさせる。 「ここへ、足を踏み入れたものは、私の問いに答えてくれないと、二度と外へは出られないんだよ。」 私の問いに、答えてくれない限りね。 そう、老婆は念を押して云う。低い、老婆が喉元で唸り声を出す。 低く、笑っているのだ。 「その、問いというのは、何なんだ。」 ソウが静かに、聞き返す。 「簡単なことさ。この世界の上と下を教えて欲しいだけさ。」 そういうと、老婆は自分の後ろにある方に体を向けて、扉を照らす。 照らされた扉は、ギィィィィィィィィィ。と音を立てて、向こう側へと開いた。 老婆は、足音を立てずに開いた扉の中へと歩を進める。 ソウとリュウは互いの顔を見合わせた。 ソウは頷き、老婆の後に続いた。リュウもその所作を見て、無言で続いた。 扉をくぐると、そこには、無数の階段が空間のあちらこちらにあった。 この場合、ある。としか表現の方法が見つからない。 階段らしきものは空中に浮いており、どちらへ行くのか、何処へ繋がっているのか判らない。とにかく、上下も裏表もわからない階段が頭上にあるのだ。 そして、足元を見れば、今立っている踊り場の水平な場所から、上に進める階段と下へと進める階段の2種類があった。 その階段の傍まで行き、上を眺めると、また小スペースの踊り場様の四角い平たい場所がある。下を見下ろしてみても、同様である。 踊り場のような四角く水平な場所から、さらに左右に階段が繋がっていた。 しかも、エスカレーターのように隣り合って上下への階段がある。 この水平の四角い場所から、どんどん、上へ上へと行ったとして、何処へ辿り付くのだろう。上のほうに行けば行くほど、下から繋がる階段。上へ行く階段なのか、判らなくなりそうだ。 上から見上げて何処へ繋がっているのか、シュミレーションしたところで、同じような殺風景な階段が続いているだけだ。 しかも、道を選択し間違えると、同じところをグルグルと回りそうな感さえする。 いや、この場を動いたら、一生かかっても元の場所には戻れない、永遠に彷徨ってしまう予感がよぎり、ゾクリとした恐怖感が背中に来る。 点と線が、無数に存在する多面体のキューブ。 線を結んでいくと、所々交差をして、中継ポイントのような水平な踊り場は、迷路のように無数にある。 何処までも広がる空間に、線と点と面が立体的に多数に存在する。 そんな、場所であった。 「この階段のどれが上がっていくもので、どれが下っていくものか、足元の階段が、進む道なのか、戻る道なのか……………………。」 老婆は、ここで、一息入れ、 私は長いこと、気が遠くなるほど、考えてきた。 誰かが答えを教えてくれなければ、この館に終わりは訪れない。 と、話を続けた。 2人は、老婆の言葉を聴きつつも、視線は上下左右に忙しく動く。 自分の常識では、考えられない風景が目の前に広がっているのである。 これが、『絵だ。リアルな背景画だ。』と、云われた方が、『騙し絵なのだろう。』と納得がいく。 しかし、立体的であり、目の前に階段があるのだ。 マットペイントだというのなら、脳の錯覚で立体的に見えるのだ。 が、ここは、立体映像で作り上げられた3D世界がそのまま、現実に再現されている感じなのだ。 その立体画像の中に、自分が居るのだ。 外から眺めるのとは、異なった感覚で鳥肌がたった。 ソウもリュウも、老婆の問い掛けに、返事を返すことが出来ずにいた。 いや、この景色を理解するのに、必死であった。 問いもその答えもソウとリュウの思考の隙間に入る余地はなかった。 無言のソウとリュウをチラリと見た後、老婆は上へと進む階段へと杖とランプを持ったまま進む。 ランプが影を動かし、2人は、老婆の動きに気づく。 老婆は、階段を一歩一歩、ゆっくりと昇る。 「足の下に広がる場所が下で、頭上が上なんじゃないのか。」 ソウは、老婆の背中に向かって叫ぶ。 老婆は、この叫び声がまるで聞こえないかのように、介せずに階段を進む。 老婆は、上った先にある踊り場まで、あと2段と迫った。 ソウも、老婆の歩んだ階段に足をかける。 すると、足を踏み出した階段の段が、とろけた様にぐにゃりと、歪んでいく。 ソウは、次の足を進める。 そして、階段は蜃気楼でもあったかのように、消えた。 ソウは自分の後ろを振り返る。 踊り場には、リュウが居た。ソウは、お前も来いと云わんばかりに、目線で合図を送る。 リュウは、階段であった消えた空間をひょいと飛び、2段目にと、足をつける。 とたんに、その階段は先ほどと同じように、まるで、蜃気楼であったが如く、ぐにゃり、となる。 慌てて、ソウは次へと進め、リュウは踏み切った側の足を3段目へと進める。 前を見れば、老婆は踊り場様の四角い場所へと到達していた。 見上げれば、背中が見える。 ソウとリュウは無言で、駆け上がる。 そうしなければ、足元にあった階段が溶けるように無くなっていくのである。 「はて。ここは、上なのだろうか。それとも、下なのだろうか。」 2人が踊り場まで付くと、すかさず云った。 ソウとリュウは小走りした為に、少し息が弾む。 今居る場所から下を見れば、階段が消え、先ほどまでの踊り場自体が消失している。 背中側は、何もない空間になってしまった。 そして、老婆の後ろには、扉があり、左右には上下への階段がそれぞれあった。 先ほどの風景とそっくりである。 違いがあるとすれば、老婆が扉の方を向いているということくらいだろうか。 「な………」 「どうして………」 2人は続きの言葉が出てこなかった。 そして、老婆の問い掛けの意味が、判ったような気がした。 上に行ったつもりが、スタート地点に戻っている。 果たして、上に上がったのであろうか。それとも、同じ場所に戻ったのだろうか。 そんな類の疑問なのだろう。 「……そこの階段を下へ下がったらどうなるんだろう。」 「ちょ……変なこと考えるなよ。」 リュウがその言葉を受けて、たじろぐ。 ソウは手を顎にあてながら云う。何かを考えているときのソウの癖のようである。 表情に悲壮感は漂っていない。むしろ、この状況を歓迎という顔つきだ。 不敵な笑みが口元に浮かぶ。 「お前の悪い癖だな。帝都の王宮内を歩いているときも、そんな表情をしていたな。」 「お? ……リュウは俺のことを良く見ているな。」 「…………嬉しそうな顔をするな。」 「……お前が居てくれて心強いな。と思ってさ。」 はぁ。とリュウがため息をつく。それを見て、ソウは笑う。 リュウのため息を見届けたソウは、先ほど見ていた、下へと続く階段へと近づく。 老婆は、先ほどから何も云わず、佇んでいる。 「待て! ソウ……」 慌てたのは、リュウである。 ソウが下りる階段へと1歩足を踏み出したとき、リュウが叫んだ。 「今度こそ、お前はついて来るなよ。いいな!」 ソウは振り向くと笑顔でそう云う。その後、前を向き、階段を踏みしめた。 やはり、階段は蜃気楼の如く歪み、まるで砂上の楼閣の階段。 ソウの体は、前へと進もうとしているのではなく、重力に準じて落ちているかのようである。 先ほどの、駆け上るのと勝手が違う。 足を踏みしめる一瞬の瞬発力が落ちるときには、出ないのだ。 上から飛び降りるのとは違う。 下へ前へと進むには、先ほどよりもしっかりした地場が必要なのだ。 足が着く前に、階段が消えてしまい、ソウの体は何もない空間へと落ちていった。 リュウは老婆の方をとっさに見た。老婆は、やはり動きもせずに居る。 下を見るが、ソウの姿を確認することが出来ない。 「冗談じゃないぜ……。文句の一つでも云ってやらないとな。」 リュウは足を空中へと投げ出した。 ふわりと体が落ちていく。辺りは闇である。 下に落ちたところに何が在るのかなどわからなかった。 |
*3 サンドグラス任務完了 ▲ 「お……?」 薄っすらと開いた瞳に、見知った顔が映りこむ。 「ソウ!」 霧が晴れたようにスッキリとした思考で、出た言葉は目の前に居る人の名前だった。 「リュウよ。ここは、綺麗だな。」 ソウは笑って返事をする。リュウはソウの言葉を受けてあたりを見回した。 「…………」 文句の一つでも云ってやろうかと思っていたのだが、リュウはソウの笑顔と言葉に呆れて、口を開けたまま次の言葉を失った。 「ソウよ、ここは何処なんだ?」 気を取り直したリュウは頭上を見上げながら云う。 「さぁ、俺にも判らないな。元の灼熱の砂漠でないとこだけは確かだ。」 ソウは肩を竦めながら云う。 あの階段だらけの場所から落ちた場所は、まるで、宇宙空間の中に居る気分にさせた。 頭上には、惑星らしい球状のものから、天漢の煌めきがあった。 先ほどの無機質極まりない空間から、一転して宇宙に放り投げだされた空間になってしまった。 何処までも広がる空を見上げている気分になった。 自分と同じ目線に目を向けると、所々に、動物の石造が置いてある。 一番身近な石像を見てみると、その顔は、カメレオンの様であった。 爬虫類特有のギョロリとした目に長い舌を出している。ただし、その胴体はというと蛇のようにするりとしていた。手足と呼べるものが無い。 そして、等間隔に並べられている石像を見ていくと、次にあったのは、魚であった。 魚が口をパクリと開けている。が、半身を見ると鳥の胴体と足と長い尾羽がある。 これは、魚なのだろうか。それとも鳥なのだろうか。判らない。 その動物の石造というのが、普通の日常の世界なら違和感を覚えるのだろうが、先ほどの立体空間に浮かんだ階段、そして、この空間にいると、ひょっとしたら、どこかに居るかもしれない動物に思えてしまう。 ソウは、その石像を扉をノックするように、軽く手を丸めて甲で叩いてみる。 コツコツと乾いた音がする。 やはり磨き上げられた表面の滑らかな石で出来ている感じがする。 これを芸術作品というのならば、よく出来た作品というのだろう。 とても、リアルでその石像は今にも、動き出しそうである。 「さぁ、この館へ足を踏み入れし者よ、私の問いに答えておくれ。」 2人はこの声がした方に振り返る。 老婆は、宙に浮いていた。相変わらず、杖とランプを持っている。 「あ……」 振り返った2人は驚きのあまり声が出なかった。 老婆は、宙に浮いていたのだが、逆さまの状態であったからだ。 まるで、上空であろう部分に足を、自分たちの居る場所のほうに頭。 しかし、逆さになっているにも関わらず、その姿は整然としていた。 垂れるはずの髪も綺麗になっており、服などに乱れも無かった。 「おかしいねぇ。私の方から見ると、お前たちのほうが上に居るように感じるよ。」 老婆は喉元で笑いながら一言。 「それよりも、ここは、何処なんだ。そして、これらの石像は……」 ソウは見上げながら問い返す。 「それは、この館に閉じ込められたモノの成れの果てさ。」 老婆はそのままの姿勢で話を始めた。 何時だったろう。ここにいると時間の感覚というものがなくなるのだよ。 私たちは、向こうの町というところに住んでいた。 この町は、何処からとも無く集まった冒険者たちで、賑わっていたのだよ。 ところが、ある日、向うの町を爆発にも似た轟音と眩い光が目の前を覆ったかと思うと、 次に目を開けたときには、ここに閉じ込められていたのだ。 そして、声が聞こえたのだ。 『この閉じ込められた世界の上と下が判れば、出してやろう。』 出ようと皆、必死だった。 しかし、皆、次々と小石と化してしまった。そして、とうとう私が最後に残ったのだ。 私は袋に、仲間だった石を集めた。 これは、石と化した仲間が入っているのだ。 老婆は、自分の腰元にある、麻布で作られた袋を大事そうに撫でる。 そこにあるキメラの石像は、迷い込んできた動物たちさ。 仲間以外の人間が迷い込んだのは、お前たちがはじめてだ。 だから、教えておくれ、ここの出口を。この閉じられた世界の謎を解いておくれ。 「……。」 ソウは、顎に手をあてながら、うむ。と唸る。 そして、こっちへ来てくれ。という感じで、老婆に向かって手を振る。 老婆はソウの仕草をみて、逆さまの姿をくるりとひっくり返して、音も無くソウの目の前にと足を着けた。 「じゃあ、俺が決めてやる。」 「え? ……」 自信たっぷりな声色でソウが云ったので、リュウは驚きの表情で隣のソウを見る。 老婆は、リュウとは違いたじろぐ様子も見せずにじっと2人の方に顔をやる。 リュウは足を折って、膝を片方着き、老婆を見る。 「いいか。あんたが持っているランプが照らしているほうが、前。そして、影が出来ている方が、後ろ。この世界には、上下が無いのなら、自分が照らしている道が進むべき場所なんだ。だから、足元が覚束なくても、足のつま先が前を向いて立っている足元が下……ね、単純で簡単だろ。……それで、いいじゃないか。」 「それで、いいって……」 リュウが何か言いたげに口を開けたが、それ以上の言葉が、見つからなかった。 「信じれば、悩まなくて済むだろ。上だと思うほうが上。下だと思うほうが下。」 ソウはコレまでに無い飛び切りの微笑みを向け、老婆の顔を見上げる。 すると、老婆のランプが、ぼわっ、と光を増幅していく。 「ソウ! ……」 リュウは今までにない異変にソウの腕を取り、立たせて老婆から離そうと力を入れる。 が、増幅された光は、閃光の如く、体を包み込むくらい大きく丸い。 ソウもリュウもあまりの眩しさに目を開けていることが出来ずに、ぎゅっと目を瞑る。 増幅された光は2人を完全に多い、その姿を光の中へと吸い込んでいった。 |
*4 帰還 ▲ 「…………」 光に包まれて、どれくらい経っただろう。 眩いばかりだったのが、薄れて、薄目を開ける。 誰かの、鮮やかな衣服が見えて、パチっと目を開けた。 リュウであった。 彼も自分の方と目が合うと、ホッと安堵の息をついていた。 さらに、ソウは見回す。 そこは、廃墟らしき所であった。 月読帝國にも似た雰囲気の小さな町という趣である。 そういえば、老婆が向うの町というところに住んでいたと云っていたっけ。 だとすると、ここが向うの町なのだろうか。 「あ……」 ソウは思い出したように、老婆の姿を探す。 ふっと下を見ると、足元には、砂時計が落ちていた。 この荒れ果てた廃墟に、傷ひとつ無い砂時計に、違和感を覚えた。 リュウも近寄って、ソウが拾い上げた砂時計を見る。 すると、砂時計に罅が入り、底からさらさらと砂が落ち、風によって回りに運ばれた。 細い砂の道が出来るように、最後の砂が落ちると、砂時計が内部から破裂するように割れた。 「……ぅわ!」 ソウは思わず、手を引っ込めた。 すると、割れ落ちた砂時計から小石が出てきて、それは、人へと変化した。 「ありがとう。あの世界から助けてくれて。」 あどけなさの残る少女が、地に座った格好で2人を見上げながらそう云った。 「…………」 2人は目の前に起こった不可思議な現象に、しばし目をパチクリとさせ、棒の様に突っ立ったままで、言葉が返せない。 「ほら、私ですよ。私。……老婆の姿だったから、わからないかなぁ」 ころころと笑いながら少女は云った。 「えぇ!?」 ソウとリュウは、同時に驚いた。 その驚いた2人の顔を満足げに見た少女は、自分の腰から袋を外し、 中身を取り出した。 すると、取り出された小石は、少女と同じように地へとそっと置かれると、 人へと変化した。 全部で12人。 それも、男女で顔つきもそれぞれに違い、髪の色も、違う。 兄弟というわけでもなさそうだ。 「俺たちは、天宮の球の精霊なのです。」 「ある日、悪いヤツに閉じ込められてしまったのです。」 それぞれが、口々に話を始めた。 話を纏めるとこんな感じだ。 向うの町から人が去り、天球の一部は冒険者たちが月読帝國へと持っていった。 残されたステラは、この地で眠りに着こうと思っていたとき、悪意を持った奴が攫ってあの中に閉じ込めてしまったらしいのだ。 後は、老婆だった子が話したとおり、出口を必死に探していたわけだ。 きっと、砂時計が、体内に砂を呼び集めていたときに、俺たちも一緒に飲み込まれたということかもしれない。 灼熱の砂漠は、精霊の暴走した地域だから、悪意に反応を示したのかも知れない。 これから、どうするのか? と、尋ねたら、 ステラの精霊は皆一様に、この向うの町で、眠りにつく。という返事をした。 「ありがとう。」 そう口々に云うと、元の玉に姿を変えて、地に吸い込まれるようにして、消えた。 消えたのを見届けて、ソウとリュウは一仕事終えた後のような、ため息をついた。 「どうやら、ここは蜃気楼の街じゃないみたいだな……」 「そうだな。……でも、とりあえず帰る道を探さないか。」 「それには賛成だが、本土に向うの町っていう地名は無かったよな? 確か。」 「そうだが……それが?」 リュウはソウの云わんとした事が飲み込めないでいた。 「あの砂時計の世界からは抜け出せれたけど、俺たちの任務は終っちゃいないぞ!」 「あ! ……っ。」 リュウは言葉を詰まらせ、レンの顔を思い浮かべた。 「はぁ。………レンの目の届かない地でゆっくり過ごしたい……だろ。」 リュウは肩をすぼませながら云う。 「お! ……リュウも俺の性格が判ってきたじゃないか。」 ソウは上機嫌で返事をした。 「まずは、帝國の空軍か海軍に手紙を書かないか? 食料はたくさん持ってきたんだし。」 ソウは、にやりと笑った。 よし! この島を探検だ! ソウは童心に返ったように、無邪気に云い、テクテクと歩いていく。 リュウは、遭難と聞いて慌ててくるであろう帝國軍の人が、 ソウのハシャギぶりを見たら驚くだろうな。 と、後々の心配をして、ため息をはくのであった。 ― SOS 向うの町で遭難中。 3日後に迎えに来て下さい 月読帝國冒険者 ソウ ― 〜 Fin〜 |
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