レンの無人島へ冒険だ!(冒険記・外伝)    メニューへ戻る
レン様の作品集の一つです。
 
 →本編はこちら
 
 文/レン様

●たいまつとカヌーの設計図をゲットせよ! 編
 1:たいまつをゲットせよ!2:出発3:留晩町の金庫屋にて4:洞窟
●カヌーの設計図を元にカヌーを製作しろ! 編
 1:帰還2:買い物3:チャレンジ4:居食屋「月猫」
 5:届け物<6:秘密保持<7:先手8:完成
●完成したカヌーをレン姉に届けろ! 編
 1:レン姉を探せ2:現地を探せ3:任務完了4:掌中の珠
 オマケ:今日のソウ。(冒険記 外電)
たいまつをゲットせよ!  ▲
 
 事の起こりは、やはり一通の手紙から始まった。
 これが、帝國内を巻き込むことになろうとは、手紙を受け取ったときには誰が予想しただろうか。
 
「手紙だよ」
 その声に、ソウは寒気を覚えた。
「ありがとう。」
 そう云って受け取ったのは、リュウであった。
「それじゃ!」
 短い返事と共に、帝國の手紙屋は去っていった。
 彼の頭の中には、帝國内に居る人間すべての顔と、現在地を把握している。
 さしずめ、その性能はカーナビといったところだろう。
 配達職人としての笑顔も忘れない、商売人として末広がり質屋(No,8)同様にその笑顔は見習いたいものである。
 
 リュウは手紙の裏表を見た。
 やはり、記載がなかった。しかしこのものぐさは、前回の事件で知っている。
「レンだな……」
「レン姉しか手紙なんぞ送ってくるヤツは居ないだろう……」
 リュウとソウの意見は一致した。
 
「俺は、レンに関わるのだけは、嫌だからな。」
「しかし、ご指名はお前になってるぞ、ソウ。」
 
 ― マスターさんのところで、たいまつを売っているから至急購入。
 森へ行ってカヌーの設計図をゲットしてきてね。ソウが実行してね。
 見つかるまで帰ってこないように♪
 
 愛しの姉 レンよりv―
 
「………また、無理難題を。」
「レンの難題は今に始まったことじゃないだろう。生まれたときからだろう。」
「リュウは……いつから、意地悪になったんだ!」
「レンに関して、おかしいのはお前のほうだろう。……ほら、売り切れになって、レンの計画が頓挫したら……ヤバいんじゃないか?」
 リュウは問題の矛先をそらすかのように、早口で云った。
「あー。マスターさんのところって、凄く離れてるよな!急げ!行くぞ、リュウ。」
「あん?………俺もかよー。」
 ソウはリュウの腕をつかんで、走った。
 
 店先の商品などお構い無しだ。持ってく奴は勝手に持っていけ!
 俺は自分の命のほうが大事だぞ。
 
 宮廷広場は相変わらず人が多い。
 その波の中をかいくぐり小走りに走りぬける。
 その途中でどんなにおいしい焼き魚の匂いが漂ってきても、今日のソウは見向きもしない。
 
 マスターさんというのは、インゴットや武器を売っている人である。
 そして最近では、木材加工品も多く手がけている。
 戦闘をするよりも、商売気質な人柄である。
 しかも、プレートはN0,5である。宮廷の入口に近い場所である。
 このマスターさんは、今も昔も「マスター」を貫いている人である。
 一度も話をする機会がなかったが、ちょこちょこと店のものを買わせていただいている。
 
 商売上手なだけあって、店は繁盛している。
 一秒でも早く行かねば売り切れになってしまうかもしれない。
 そんな気持ちが、走りに拍車をかけた。
 
「ま………まだ……あった。」
 息も絶え絶え店にたどり着くと、たいまつは2本あった。
「全部ください………」
 ありったけの声を絞り出して云う。
 
 まずは、たいまつを買うことができた。
 しかし、本当の困難は、ここからだったのである。
出発  ▲
 
 たいまつを購入した安心感から、帰りはゆっくりであった。
 N0,10の瑞穂さんの屋台からは焼き魚のいい匂いがしていた。
「ありがとうございます」
 瑞穂さんのりんとした、鈴なりの声が優美だ。
 闇の住人には容赦のない瑞穂さんも、物を売っているときには寛容だ。
 今日は瑞穂さんの隣には、犬がピクリとも動かずに、座っていた。
 手を出したとたんに、牙を見せた。どうやら狼だ。
 
「ティールという名前なの。軍神の名前から頂いたのよ。」
 瑞穂さんが珍しく、声をかけてくれた。
 
 瑞穂さんを口説き落としたいのなら、まずはあの番狼のティールを制さねばだめだろう。果たして、そんな強い男は居るんだろうか。
 そんなことを、思いながら購入した焼き魚を1匹食べる。
 
「ひとまず、体力の回復だぜ」
 ソウは、歩きながら最後に一番ちんまりとした雑魚の焼き魚を食べた。
 煮干くらいだと思っていただければいいだろう。
 一口でパクリと食べられる大きさなのだ。
 
 魚を綺麗に食べ終わったときには、ナンバープレート94、自分達のブースまでたどり着いていた。
 店内に着くと、品物はそのままだった。
 店主の居ない店で買い物をする人など、いないのだから当たり前である。
 
「……福引屋で当てた、つぶつぶの実が役に立ちそうだな」
「だな。」
 屋台の上にはつぶつぶの実が2個と、頂き物の千丹が1つ。
 ソウはそれをかき集めて、瓢箪に詰めた。
 瓢箪は布袋よりも雨に強く頑丈なのだ。今はもっぱらコレである。
 購入したたいまつも濡れずにすむ。
 
「じゃ!すぐに出発だからな。」
 ソウは瓢箪を背にリュウに云う。それも、万遍の笑みを向ける。
「え、何?……俺もかよ。」
「何?嫌なのか?そうか、しょうがないな、じゃあ。金庫屋で休むか。」
「えぇ………!!」
 リュウは先ほどよりも、大声で叫んだ。
 ソウが自分の思っていたことと反対なことを云ってきたからである。
 こんなにもあっさりと「一緒に来なくてもいい。」と
 云ったことは、かつて一度もなかった。
 大抵の場合、駄々子ね、ごり押しで自分の意見しか通さないソウが、他人の意見をあっさりと受け入れたのだ。
 
「俺も、鬼じゃないぞ。なーミュウ。」
 これ以上ないという微笑みを浮かべるソウ。
 まだ幼いミュウを見下ろしながら云う。
 
 あどけなさの残るミュウは、数日前に、福引屋で当たった卵から生まれた魔法獣である。ソウとリュウがたいまつを買いに出かけている間、昼寝をしていたのである。
 2人の声で、目が醒めたらしい。
 
「いや、……俺も行くぞ。」
「ん。そうか、……行くか。いやー良かった。うんうん。」
 ソウは、何度も頷く。
「………しまった………。」
 普段とは態度の違うソウに、思わず返事を返してしまったが、
 リュウはソウの笑顔を見た瞬間、何だか罠にかかった気がして、自分の言の軽率さを恨んだ。
 結局は、ソウの云うとおりに行く羽目になってしまった。
 しかも、自ら行くと云ってしまっては、最後まで付き合うしかないだろう。
 
「じゃあ、ミュウがお留守番だね。」
 ソウはしゃがみこんで、ミュウに云う。
 その言葉に、ミュウはコクリと頷いた。
 
「じゃあ、とりあえず、留晩町へレッツゴー!」
 ソウは手を上げて大声で云った。
「はぁ。」
 リュウはため息を一つついた。
「わーい」
 ミュウは初めての外出に大喜びで拍手をした。
 
「ほら、リュウ!ため息ばっかりついてると置いてくぞ。」
「置いていくぞ。」
 二人は互いを見ながら、ねぇー。と云った。
 ソウは幼いミュウの手をとりながら、ご機嫌で外壁門へと向かう。
 
 他の帝國住民の目に、このトリオがどう映ったかは、謎である。
留晩町の金庫屋にて  ▲
 
 留晩町の金庫屋へ着くと、そこには待合室のようなソファーがあった。
 床には絨毯が敷いてあり、土足は厳禁である。
 
 少し大人の魔法獣は、ソファーに座って本を読み、マスターである使い手が来たときのために、勉強をしていた。それこそ、戦い方の本だったり、料理の本だったり、道具の本とさまざまである。マスターが経験値を積んだときに、発揮できるように知識を吸収しているのだ。
 実践で吸収できないときは、本で知識を学んでいるのだ。
 きっと、魔法獣の個性が出るのは、このためだろう。
 
 リュウのように、偏った実践をされるよりは、満遍なく知識を吸収できるのでいいかもしれない。
 
 幼い魔法獣は数人が集まって、絨毯の上でゲームや絵本を楽しんでいた。
 遊びながら、基礎知識を学んでいるようだった。
 
 すべての魔法獣はN0,と名前の入った、ネームホルダーをかけていた。
 荷物は貸し金庫へ入れるが、魔法獣はこのソファーの部屋で預かってくれるのだ。
 それぞれの魔法獣が集まるから、寂しくはないと思う。
 
「へぇー。待合室みたいなのがあるのか……。」
 リュウはぐるりとあたりを見回し、呟く。
 ずっとソウと一緒だったため、この場所へ立ち寄ったのは初めてなのである。
 
「じゃあね、すぐに迎えに来るからね。」
 手続きを終えたソウがミュウの頭をなでながら云う。
「はーい。」
 ミュウは自分の名前と屋台番号と同じ94という数字の入った、ネームホルダーを首から下げていた。
 一見同じような魔法獣も多い。なので、このネームプレートは必須である。
 間違えないようにという、金庫屋さんのアイディアであった。
 
「あー。ナツ兄ぃー。」
 金庫屋を出た矢先、ソウは誰かを見つけて走り出した。
 その先には優しそうな一人の男が居た。
 リュウは金庫屋の前でそのまま待った。
 
「久しぶりー。」
 ソウはナツ兄ぃと呼んだ人と楽しげに会話をしていた。
 その時、ソウはリュウを指差しながら、しゃべり、
 彼のほうも、自分を見て頷く。
 目線があってリュウは自然と軽い会釈をした。
 
 その後2人は軽く手を上げて、ソウはリュウの元へと帰ってきた。
 
「ナツ兄ぃ………ナツヤさんっていうんだけど、凄くいい人なんだよね。
 ほら、俺らが帝国内で迷っていたときに、いろいろと食べ物とか、瓢箪とかくれた人が居ただろ。」
「居ただろ……っていわれても、俺は初めて見たぞ。」
「俺が一人のとき会ったんだから。まあ、それは置いといて……」
 ソウは喋り始めたら止まらない。
 喋るのに勢いをつけたら終わるのに、あと何十分かかるだろう。
 
 迷子になったのは、お前だけだろ。最初の言葉を訂正しろ………。
 そんなことを思いつつ、リュウは一つため息をついた。
 
「今度、春成川で、カレーを作るらしいんだ。ナツ兄ぃと弟の由布くんとそれぞれの魔法獣で集まって……」
「それは、楽しそうだな。」
「だろ!」
 リュウが今回初めて相槌をうってくれたことが、ソウは嬉しくて、声のトーンを上げる。
 
「それでだな。リュウ、お前こっそりと覗いてこないか。」
「………………ナンデ。」
「え?だってさー。勝手に決めたら悪いでしょ。」
「………………ナニヲ。」
 リュウは、このかみ合わない会話に、眉をひそめた。
 
「俺が決めちゃったら、お前怒るだろ。」
「ほぉ…………俺が怒るようなことを、勝手に決めてきたんだな。」
 あくまでも明るく、笑顔で話すソウと、顔が険しくなっていくリュウ。
「でもいい話だからな!よかったな。」
 ソウはいつものように、既に結論で結んでしまった。
「おい、………ナツヤさんと喋った会話の一字一句、間違えずに云ってみろ。」
「えーと……」
 
 〜 へぇ。アレがソウくんの魔法獣なんだ。 〜
 〜 そうなんだ。あれは、絶対に将来美人になると思う 〜
 〜 そんなかんじだね。じゃあ、僕の魔法獣の誰かのお嫁さんに来るっていうのはどうかな。 〜
 〜 あ。いいですよ。 〜
 〜 じゃ、約束ね。 〜
 〜 楽しみですね。 じゃ!〜
 
「というような、流れだったかな。よかったな、将来も明るいぞ。」
 思い出して、ソウは嬉しそうな顔になる。
「でも、お前にも好みがあるだろ。だから、こっそりと見ておいでと、まあ、親心だな。嬉しいだろう。リュウ。」
 
「ふ…………」
 リュウは言葉にならない息を漏らす。
 
「まあ、デートの約束くらいは、とってこいよ。で、フィーリングがあったら婚約だな。俺も花嫁の父親かー………いいね。全くいいぜ。」
 ソウの話は未来を語る。
 本人の意思抜きの未来に、どれだけの夢をのせるつもりだろうか。
 
「お前の云うとおりになんて、絶対に生きてやらん!」
 リュウの怒声が道中に響いたのは、お約束だ。
洞窟  ▲
 
 2人は、やっとのことで、銀鈴市の森の洞窟入口まで来た。
 ここは遺跡に一番近い街である。
 しかし、街と名がついてはいるが、人が住むにはチコの木がありすぎる。
 この木は、月彩村のように、切りやすい木ではないのだ。
 この木からは、彫り物、木靴。舟。たいまつ。炭など、生活に必要なものが作れるほど、丈夫で硬い木なのだ。
 
 なまっちろい斧で木を倒そうものなら、すぐに斧のほうが壊れてしまう。
 そして、木を切りに来た人は相当の体力を使う。肉体労働なのだ。
 
 帝國内には、木こりとしてその名を轟かしている人が居る。
 彼の名をキッコリーさんという。
 帝國内の市場に出回る材木の8割以上を彼が引き受けていた。
 持っているたいまつも、ひょっとしたら彼が切り出した木を元に作成しているのかもしれない。
 
 木が自生している場所に洞窟はある。
 光を求めて背を伸ばした木は、所狭しと枝を広げ、太陽の姿を隠していた。
 昼間でも夕方に近い暗さだ。
 
「食料ももったし、じゃ、行こうぜ。」
 ソウがたいまつに火を灯す。
 
 一歩進むと、たいまつの明りが、洞窟の岩肌に沿って形を浮かび上がらせる。
 足元を確認し、手元、頭上に気をつけながら、先へと進む。
 すると入口わずかな場所で、道が5箇所に別れていた。
 どうやら、このどれかに入っていけば、カヌーの設計図のある壁画へとたどり着けるらしい。
 
 たいまつの長さを考えれば、入って5分。出るのに5分。といったところだろうか。
 
「リュウはどの道がいいと思う?」
「右から入ってみたらいいだろ。」
「それじゃ、駄目だ。たいまつは2本しかない。そして、俺たちの体力から見ても、たいまつの消費時間を考えても、1回の工程を10分前後でやらないといけない。リュウ。」
「む………なら、俺はアレだな。風は吹いてこない。それは、行き止まりだからだ。」
 リュウは一つの道を指した。
 
「行き止まりにあるとは、限らない。」
「そこまでいうなら、ソウ。お前ならどう考える。」
「ふむ。………」
 そのままソウは、止まってしまった。
 
「俺なら、行き止まりの先にある道を見つけるね。」
 たいまつの明りにソウの不適な笑みが浮かぶ。
「なんだ、目星は絞れたな。」
 リュウにも笑みが浮かんだ。
 
 2人は同じ道を選んでいた。迷いはなかった。
 しかし、どこを探しても、何もなかった。
「後、少し。………あの奥まで………」
「分岐点で時間を使いすぎたな。次は、迷うことなく、来れるな。」
「急げ、リュウ。」
「おう。」
 2人は1/3に減ったたいまつを見て、小走りに、入口へと戻った。
 
 丹があったな。
 ソウは種をかじる。
 
「すぐに行けるか。」
「誰に、云ってんだ。」
 
 ソウとリュウは息を整えた後、先ほどと同じように、たいまつに火を灯す。
 こんどは、行き道での歩みに迷いはない。分岐点になる道も、すぐに歩を進める。
 先ほど辿り着いた場所よりもさらに奥へと進む。
 思ったとおり、行き止まりだった。
 しかし、隠し扉のような細工は見つからなかった。
 
「違うのか……」
「たいまつはコレが最後だ。」
 
 焦りのような、じりじりとした時間が過ぎる。
 ソウは持っているたいまつの光を隈なく岩肌に当てる。
 それでも、何か違和感があるような場所はない。
 
「どこか、途中にあったとか」
「俺たちの、見落としか。………それとも別の道………」
 
 たいまつも2/3の長さである。時間的猶予は、6・7分といったところだろうか。
 いつまでも、行き止まりで、うろうろとしている場合ではない。
 退避する決断を迫られる。
 
「一度、戻る。火がなければ、暗闇だ。岩に足を取られて負傷しては意味がない。」
「妥当だな……」
 
 2人は再度道を引き返す。残り半分の道のりまで来たとき、
「………ちょ………待て!」
 そう叫んだのは、リュウであった。
 
「どうした。」
 ソウが足を止め、リュウのところに歩み寄る。
「葉が、落ちてる………」
「…………なんで、こんな洞窟の中に。」
 ソウはリュウの見つけた一枚のチコの葉をしゃがみこんで手に取る。
 
「はー………アレだな。」
 ソウはしゃがみこんだまま、葉をくるくるさせながら、その先を見る。
 そして、指を向ける。
「リュウ、ちょっと軽く、押してみて。で、押して駄目なら、横にずらしてみてくれ。」
 ソウの意図することを汲んだリュウが、冷やりとした岩肌に手を滑らせる。
 
「誰がこんなに精巧に作ったんだろうね。こんなにワクワクしたのは、宮廷内を歩いているとき以来だよ。」
 ソウは、嬉しそうに云った。
 
 扉は開かれた。
 
 リュウが触れたのは岩ではなく、岩に似せて作られた木だった。
 木の根っこを守られるように作られていた。
 地上で強靭な繁殖力を誇っている木は岩をも貫き根を伸ばし、長い年月をかけて岩と同化していたのだ。
 先人たちは、頑丈な木の根元に、設計図を彫りこみ、その部分を守るように、さらに、木で作った蓋をした。
 地下ならば、雨風光などの劣化から守られると考えたのだろう。
 水分も防水するかのような、特殊な塗料が塗られている。
 これが、岩と同じような色だから、一度通っただけでは、わからなくさせているのだ。
 
 さしずめ、木の細工箱だ。押して駄目なら、横へ滑らせる。引いてみる。
 
 周りの岩とこの岩にそっくりな木の扉で囲まれた中を覗くと、岩と同化した木の根っこに設計図はかかれていた。
 
「さて。元に戻しておこうか。」
 ソウが楽しそうに云う。
「このままでもいいじゃないか。」
「それじゃ、設計図が痛んで、永遠にわからなくなるのさ。だから、冒険者たちがたまに風にあてるくらいでいい。本当の宝とはそういうものさ。」
「…………」
 リュウは無言で元に戻した。
 
 火があとわずかだと知って、2人は急いで出口へ向かった。
 
「ま、ラッキーだったな。」
「だな。結局行き止まりには、なかったわけだし」
「葉が落ちてるのを不審に思ったのが、運なんだろう。あの葉を置いて行ったヤツは、名トレジャーハンターといえるな。」
 ソウはケラケラと笑った。
「他のヤツにも、教えたほうが良かったんじゃないか。」
 リュウは、ソウの手を見ながら云う。
 ソウの手には、落ちていた葉が握られたままだからだ。
 
「ふ……リュウはロマンがないな。トレジャーハンターは自力で見つけるのが喜びなんじゃないか。それに、葉の代わりにチコの実をおいてきてやったぞ!次に入ったやつが、あそこで躓けば、気づくさ」
「…………はは。」
 リュウは次に設計図を求めて洞窟に入る人が、転ばないように祈るのみであった。
 
 レンからの手紙が来て4日目、無事にカヌーの設計図を手に入れた。
 どうやら、俺たちは、レンのクエストを達成できたみたいだ。
 しかし、こんな命がけなら、皇帝の依頼をしていたほうが、どんなに幸せかを改めて感じるのだった。
帰還  ▲
 
 留晩町のミュウを訪ねる。
 もう少しお留守番していてね。というソウの言葉に、
 ミュウはうん。と頷いた。
 
「なんで、ミュウを連れて行かなかったんだよ。」
「俺はね………レンに会わせたくない。」
「あ………」
 リュウはその言葉でソウの云うとこの大体を悟った。
 
 レンのところには、戦闘系スキルばかりの可愛い魔法獣が2人もいる。
「きゃー。」「ふふ。可愛い子ね。」「頂戴。立派に育てるわ。」
 ミュウを見た3人が、そんな台詞を云い出したら、恐ろしいということである。
 ソウは、純真無垢な生まれたばかりのミュウを手放したくないのだろう。
 
 留晩町に立ち寄ったことで、月読帝國の帝都へは、1週間ぶりに着いた。
 レンのクエストをこなすことで、必死だったため、戦利品は何もなかった。
 店に着くと、どっと疲れが押し寄せ2人は椅子に腰掛け、机にバタンキューであった。
 そんな時である。
 
「手紙だよ。」
 帝國の手紙屋の声がする。
 
 2人はビクッと肩を動かす。
 上体を起こし、手を伸ばして受け取ったのは、リュウであった。
「今さっき帰ってきたばかりなのに、よく判りましたね。」
「あぁ、差出人の方から、帰ってきた気配がしたら、届けるように云われていたからね。」
 手紙屋は、事も無げに云う。
 
「ありがとうございます。」
 その言葉を背に、手紙屋は去っていった。
 
「アイツだ。そんなことを手紙屋に言付けるなんて、アイツしか居ないだろ。」
「俺も、思うな。」
「リュウよ………俺は、手紙の内容を見なくても、判る……気がする。」
「………まあ、そうだな。」
 そういいつつも、リュウは手紙を開いた。
 
 ― カヌーを作って、届けてね      愛しの姉 レンよりv ―
 
 一文であった。実に単純明快。
 今までのように、やれ、あそこへ買いに行け。そこへ届けろ。あれを取って来い。
 という、細かい指示は無かった。
 今ソウリュウに課せられた使命は、カヌーを作ることであった。
 
「………判ってたんだけどね。」
「やはり、俺たちが作るのか………」
 2人から、盛大なため息が漏れる。
 
「期限が書かれていないのは、出来るまでやれ!っていう、レン姉の優しさなんだろうな………涙が出てくるぜ。」
「ソウ。それは………無言の圧力というんだぜ。」
「よせ………立ち直れなくなる。」
 ソウは机に伏せったまま云う。
 
 しばし沈黙が流れた。
 
「やあ、カヌーの設計図は入手できたかい?」
 2人の背に、明るい声で話しかけてくる人がいた。
「あ!………ナツ兄ぃー。」
 聞き覚えのある声にソウは顔を上げた。
 
「カヌーの設計図は手に入れたんだけど………正確には設計図を見るだけで精一杯で、詳細まではっきりと思い出せなくて。」
「あはは。どの冒険者も写し取る余裕なんかないから、頭の中だよ。」
「俺たちだけじゃ、ないのか。」
 リュウがナツヤに椅子をすすめる。
 ナツヤはありがとう。といって座った。ちょうどソウとナツヤが座って向かい合い、リュウがソウの傍らに立つ格好となった。
 
 話はそのまま30分ぐらい続いた。
買い物  ▲
 
 じゃ、頑張ってね。
 そういい残して、ナツヤは2人の元を去った。
 
「思ったんだけどさ………」
 ナツヤの後姿を見送りながら、リュウが口を開いた。
「…………何?」
 ソウが先を促す。
「ナツヤさんが持ってたあの大量の布切れは、何に使うつもりかな………と。」
「あ………多分、あれだろ。」
「あれって、何だよ。」
「愛だろ。」
「………………はぁ。」
 リュウがため息をついたので話はここで終わった。
 ナツヤの姿ももう見えなくなっていた。
 
 2人もひとまず店の中へと入った。
「ナツ兄ぃの話を総合すると……」
 
 設計図を力の限り思い出し(装備というらしい)、木材加工をすると、カヌーが出来るということだった。
 
「木材加工って、職人ののみが必要だよな。」
 ソウは店の小箱を引っ張り出し、何も置いていない台へと置く。
 箱を開けると、のみは2本入っていた。
「またしても、2本か………」
「ま、それよりも木を買いに行こうぜ、ソウ」
「OK。キッコリーさんの店だな。」
 話は纏まり、2人は店を後にして、材木問屋のキッコリーさんのところへと向かった。
 キッコリーさんのプレートナンバーは34である。
 
 レンのNo,30に近いので、レンに見つからないようにしないとな。
 そんな、戯言をいいながら歩いていると、あっという間に目的地に着いた。
 
 店を覗くと、材木が所狭しと置いてあった。
 そして、店内の奥の壁には、武器と防具が飾られていた。
 これは収集した一部なのだそうだ。今日、自宅に持ち帰るものらしい
 彼は武器・防具の収集に力を入れていたのだ。
 
 材木を購入して、自店へと戻る。
チャレンジ  ▲
 
「職人ののみは、2本。ちょうど1回ずつできるな。」
 ソウとリュウは1本ずつのみを握った。
「じゃ、頭の中の設計図どおりに彫ってみようか。よーいドン!でスタートだぞ。」
「はい、はい。」
「では、よーい………ドン。」
 ソウは景気良く云う。
 リュウはその言葉を聞いてから、サクリとのみを入れた。
 
 無言の時間が過ぎる。
 時折、ソウが、うーん。ふむー。と独り言のように呟いていた。
 
「うわー………ん?……………何だ………」
「どうした。」
「リュウよ。靴が出来ちまった。お前は、どうだ。」
「聞くな、ソウよ。………彫り物になっちまった。」
 
『……………』
 2人はお互いの作品を見て、何も言葉が出なかった。
 
「ま、ちょうどレンのせいで、売りものがない状態だったから、売買品が出来てよかったぜ。」
 先に言葉を発したのはソウであった。
「はぁ………しかし、職人ののみは、もう無いんだぞ。」
「リュウはいつでも暗く考えるな。ほら、この空のように明るくだな……」
「空は茜色だぞ。」
「………ふ。綺麗でいいじゃないか。」
 木材加工している間に、時間は夕刻になっていたらしい。
 
「この時間からは、人も居なくなるし、どうする。」
「リュウは心配性だな。案ずるなよ。」
「はぁ………」
「こんな時のために、俺が居るんだろ。俺はお前のマスターだからな。」
「何か、考えでも?」
「うん………無いが。」
「…………その、意味のない自信は、どこから湧いて来るんだ。」
 リュウはもう一回ため息をつく。
 
「じゃ。リュウは店番ね。俺は、ちょっと、出かけてくるから。」
 その言葉にリュウは顔を上げ、ソウを見る。
 ソウは、いつもと変わらない笑顔である。いつだってソウは笑っていた。
 ソウは、この言葉を残して、店を後にした。
 
 夕日は既に、姿を隠し、あたりは闇が覆っていた。
 大通りの人もまばらで、昼間の賑やかさはそこにはなかった。
 
 ソウは、どこへ行ったんだろう。
 そんなことを思いながら、リュウは作品を2つ、台の上へと置いた。
居食屋「月猫」  ▲
 
 夜になると、繁盛する店がある。
 いつの世も、いつの時代も、どの場所でも、酒がある場所は、夜に一番活気がある。
 この月読帝國で唯一酒のあるのは、居食屋「月猫」である。
 暖簾をくぐると、マキャラウニィヾ(>∀<)ノシ。
 という掛け声で迎えてくれる、ユニークな場所である。
 
 ここでは冒険者があつまり、夜毎の情報収集から、談話まで、いろいろな話が飛び交う場所である。
 レン姉は、ここの常連であった。
 
 猫談議が面白いのよ〜。
 私の屋台のお隣の猫ちゃんがね。あ、知っていると思うけど、帝國内で素敵な称号「珍獣」を持っている悪魔召喚師さんという、猫ちゃんが居るんだけどね。
 こっそり、こそこそ何かを企んでいるのね。気づかない振りして見守ってるんだけど、
 仕草がまた可愛いのよ〜。
 居食屋月猫で、皆から可愛がられている、礼儀正しい猫ちゃんなのよ。
 
 あとはね、困ったときには助けてくれる人がたくさん居るの。
 ソウも何か困ったことがあったら、月猫へ行きなさいよ。
 え?……行ったら判るわよ。
 テーブルに美男美女がたいてい一緒に座っているから、その人に聞けば疑問や難問は解決よ。
 は?……この説明じゃ判らない。
 あんた弟の癖に、姉の好みも知らないの!
 そうそう………判ってるじゃない。
 何かあったら、この人たちに声を掛けるのよ。
 
 以前、大通りでレン姉とすれ違ったときに、交わした会話を思い出しながら、ソウは目的地である、月猫へと向かっていた。
 今日、その人たちが居るとは限らないのであったが、何もしないよりはいいだろう。と思って足を運ぶ。
 マキャラウニィヾ(>∀<)ノシ。の掛け声を受けて店内へと入った。
 先刻まで夕暮れだったので、客は少ない。
 
 レン姉が、美男美女っていうぐらいだから、俺と審美眼が一緒なら、あそこのテーブルに座っている人たちなんだけどね。
 ソウは店内を一周してから、右側のテーブル席で談笑している人たちに目星をつけた。
 今いる中では、レンの話に該当しそうな人物たちである。
 
 確証は無いが、声を掛けなければ、始まらないだろう。
 そう思い、近づいていった。
 えっと、名前は………女性がマーチルさんで、男性のことは、コウ兄ぃ………と呼んでいたっけ。
 ソウは、そのテーブルへと近づく。
 
「今晩は。」
 その言葉に、女性は明るい声でこんばんは。と云った。
 遅れて、男性のほうも、こんばんは。と云う。
 
「マーチルさん………と、コウさんですか?」
 2人は顔を見合わせてから、そうだけど。と云う。
 その言葉を聴いて、ソウは安堵の表情を浮かべた。
「あの、レン……をご存知ですか。レンから、困ったことがあったら、あなたたちを訪ねるように聞いたのですが。」
「あぁ、レンちゃんね。………で、あなたは?」
 マーチルが尋ねる。
「弟のソウといいます。」
「君が、ソウ君か。」
 そういうと、コウがソウのほうを見る。
 
 なんか、苦笑いされている気がする。……レン姉、いったい俺のことをどう伝えているんだ………。
 レンの話だと、この2人は、相当に強いらしい。
 レン姉は強い人が好きなのだ。憧れているといってもいいかもしれない。
 
 マーチルさんは帝國国内にこの人ありとうたわれたほどに、国内外に名を知られるほど、強いらしい。
 女性ながら、レン姉が惚れ込むくらいだから、見た目の可愛らしさからは想像も出来ないくらい剣の腕は凄いのだろう。
 
 マーチルさんって、可愛いものが好きでね。特に猫ちゃんが好きなのよ。
 ここ居食屋月猫には、たくさんの猫ちゃんが集まって、集会を開いているんだけど、
 それを見つけると、マーチルさん真っ先に猫ちゃんたちのところへ行くのよ。
 で、体をなでなで、もさもさして、肉球をぷにぷにして、可愛いーってそれは嬉しそうに過ごしてるわね。
 
 皇帝からの極秘任務で、月猫盗賊団の団長であろう悪魔召喚師さんへの諜報活動で接触しているっていう噂だけど。
 というのはレン姉の見解であったので、実のところは不明である。
 
 コウさん自身も強いらしいが、それ以上に勝負運が強いらしい。
 収集した情報と、実践で得た結果を元に、緻密に行動しているらしい。
 単純に運がいいとか強いのではなく、努力の賜物だと、レン姉は云う。
 
 そして、コウさん以上に強い魔法獣のシスターたちが居るという噂だ。
 彼女たちの為に自宅を購入したといっても過言ではないだろう。
 
 この場合、レン姉が、コウさんに惚れ込んでいるのか、コウさんの魔法獣に惚れ込んでいるのかは判らないが、シスターたちは皆可愛いとの噂だ。
 きっと見た目麗しく強いのなら、性別など関係がないのかもしれない。
 
 コウ兄ぃのシスターたちに、うちのヒビキとミナトを厳しく躾けて欲しいくらいよ。
 きっと彼女たちなら、うちの子たちを強くしてくれるわ。
 と、レン姉がとてつもなく恐ろしいことを嬉々として語っていたのを思い出す。
 まだ、実行されていないのがソウの救いであった。
 
 これ以上ヒビキとミナトを強くしないでほしいぜ。
 
 そんなことを考えていたら、
「椅子にかけたら。」
 とマーチルさんがすすめてくれた。
 2人の向かい側の椅子へと腰掛けた。
届け物  ▲
 
 カヌーのことなんですけど。
 ソウが一言云うと、2人はありったけの情報をくれた。
 
「木材加工を使わないと。」
「カヌーは10回チャレンジして3回の確率でしか、作れないわね。
 思い出すだけでも、大変な作業だしね。カヌーは自分では使えないから、売りに出すのがいいね。」
「カヌーは高値で売れるから、競売にかけてみるものいいよ。」
「いやいや、競売よりは、売りに出したほうが、経験値と福引券が貰えるわね。」
「無人島へ行くのなら、瓢箪は必須だね。たくさん持っていくといい。」
「向こうには、毒を持った植物や虫が多いからね。」
 マーチルとコウからは、矢継ぎ早に次々と話が出てくる。
 そして2人は、カヌーが仕上がった後の話へと、移っている。
 その情報の多さに、ソウはうん。うん。と相槌を打つくらいしか追いつけない。
 
「その………無人島へ行く前に、カヌーの製作自体がピンチなんです。」
 ソウは、2人の会話にようやく口を開く。
 
「うーん。職人ののみが、必要だよね。」
「その、職人ののみが、手元にないんです。」
「ここ数日市場には出回ってないし。」
「そうなんですよ。それで、どうしたらいいかと思ってここへ来たんです。」
 
「なに、木材加工がしたいの。」
 3人のテーブルに、声を掛けてくる人が居た。
 
「あ、なっちゃんこんばんは。」
 マーチルが、一番に挨拶をした。
「こんばんは。」
「あー。ナツ兄ぃぃ……」
 ナツヤは、こんばんは。と挨拶して、同席する。
 どうやら、ナツヤもここ月猫の常連らしい。
 
「僕の魔法獣、貸そうか?」
 席に着くなり、ナツヤがそう話を切り出した。
「それは、嬉しいんだけど………あ、でも、引渡しとかはどうしよう。」
「あ、それなら大丈夫だよ。」
 ナツヤはソウの心配事をよそに、カバンからあるものを取り出し、話を始めた。
 それは、手のひらのに収まる大きさの箱であった。
 ナツヤはそれに向かって、喋り始めた。
 
「あ。海斗とシュンとどっちがいい。」
「じゃあ、シュンで………お願いします。」
 それだけ確認すると、ナツヤはまた話し始めた。
「うん、……………じゃあ、お願い。」
 ひとしきり、話をし終わった後、手のひらサイズの箱を元へとしまった。
 
「ゆんに、頼んだから。今頃は、もう着いてると思うよ。」
「な………なんだってー。」
 ソウはいろいろな意味で、驚いた。
 
 この場所にいながらどうやって由布くんに連絡を取ったのだろう。
 え?しかも、今からシュンが来るの………ていうか、もう着いたの。
 店にはリュウが1人だし、アイツきっと事情を呑み込めないでいるよな。
 
「………………、急がなきゃ。」
 ソウの結論が出た。
「皆さん、今日はありがとう。何とかやってみるから。」
 そう云うと、ソウは席を立つ。
 頑張ってね。と、3人から口々に云われる言葉を背に、店を後にした。
 
 ソウは店を出ると、キッコリーさんのところに立ち寄った。
 まだ店は開いており、3本材木が残っていた。
 
 とりあえず、重たいから1本でいいかな。
 リュウのヤツ、由布くんと魔法獣見て、事情が呑み込めずに絶対に驚いてるよな。
 そんなことを考えながら、木を抱えて、自店へと急いだ。
秘密保持  ▲
 
 店へと帰ると、明りは消えていた。
 どうやら、木靴と木の彫り物は売れたらしい。
 ソウは木を抱えたまま、店の奥にある扉を開ける。
 そこは、一時的に物を置いたり簡単な道具を保存したり、仮眠したりする為の小スペースがあるのだ。
 
「やぁ。お帰りー。」
 ソウが顔を覗かせると、髪が少し長めの自分と同じ年くらいの男性がすかさず声を掛ける。
「ただいま。」
 ソウは云いながら、ゆっくりと室内に入る。
 
 きっとこの人が、ナツ兄ぃにゆんと呼ばれていた、由布くんだな。
 で、隣の子が、シュン………ちゃんかな?
 目が合うとペコリと頭を下げた。つられてソウも軽く会釈する。
 
 う〜ん……可愛い魔法獣の女の子だな。
 ソウの第一印象であった。
 
 小さい台の上に、木材を置いたとき、殺気を感じた。
 ソウはリュウのほうに視線を向ける。
 
 …………オマエはいったい何をやってきたんだ。
 …………誤解だ。リュウよ。誤解だぞ!
 …………じゃあ、後でちゃんと説明しろよ。
 …………判ってる。
 リュウが一つため息をついて、視線をそらしたので、目での会話は終わった。
 
「じゃ、ソウくんも帰ってきたことだし、帰るね。」
 由布が云う。
「あ、本当にありがとう。ナツ兄ぃにも、よろしくと伝えておいてください。」
「判った。」
 そういうと由布が席を立つ。
 ソウが見送りの為に、扉を開けて、由布が出た後に続く。
 
 外は星と月の世界になっていた。帝國も夜には冷える。
 
「シュンはナツ兄ぃの魔法獣だから、ナツ兄ぃの方に送りとどけてくれるかな。」
「ん、判りました。…………ところで、一つ聞きたいんだけど。」
「なになに?……一つだけでいいの。」
 由布が興味ありげに話に乗ってくる。
 優しそうな笑顔はナツヤにそっくりだ。とソウは思った。
 
「こんなに素早く連絡が取れたのって………」
「あぁ〜。コレね。」
 由布はソウの云わんとしたことが判って言葉を遮り、ナツヤと同じようなものを取り出した。
 やはり、手のひらに収まる大きさの箱のようなものであった。
「これね、携帯電話。というのだけれど、遠距離の相手と会話が出来るやつ。ほら、もともとナツ兄ぃって、異国(異世界)から手違いで月読帝國に来ちゃったんだよね。こっちの国にはないから、今見たのは内緒ね。」
 由布がねっ!と念を押す。
 
 これはね、帝都でナツ兄ぃと親しくなった時に、
 何かあった時のためにコレ預けるね。僕とゆんしか持ってないものだから、内緒だよ。
 と、云われて貰ったんだ。
 そう由布が説明を加えた。
 
「はい………絶対に云いません。」
「うん。じゃーね。」
 その返事に、由布はホッと笑顔を見せて、
 手をヒラヒラさせながら由布は暗がりへと歩いていった。
 由布の足元を歩くわんこが可愛い。
 
 しまった、由布くんの云うとおり一つといわず、いろいろと聞いておくべきだったぜ。
 わんこの名前を聞けばよかった。とのほほんと思いつつも、
 異国(異世界)には、恐ろしいものがあるのだと、このときのソウは思った。
 
 ここ月読帝國での情報手段、輸送手段といえば、手紙屋か送品屋である。
 その日のうちに相手が気づかない場合もある。数日経ってから気づくこともあるのだ。
 直接会話が出来るのは、接触が基本である。
 
 あんなものをレン姉が手にいれたらと思うと、冷や汗が伝う。
 手紙ですら、レン姉の支配力があるというのに、あの小箱の威力は、自分が見たとおりである。
 相手の状況に応じて的確に指示をだせるのである。
 遠方地にいながらに、直に話が出来るようになったら、今以上にレン姉に振り回されるだろう我が身を案じ、何があろうとも、絶対に内緒にしなければ。と心に誓うソウであった。
 
 そんなソウの断固とした決意のおかげで、携帯電話という魔法の小箱をナツヤと由布が持っていること、また、帝國内での存在そのものの秘密を保持したのは、云うまでも無いだろう。
先手  ▲
 
 さて、後はリュウの誤解を解くだけだな。
 しかし、アイツの本気で怒った顔は初めて見たな。怒った顔も可愛いぜ。
 由布の姿が見えなくなって、ソウは踵を返すとそこには、腕組をして立っているリュウの姿があった。
 
「おや………。」
「女の子の前で、喧嘩するわけにもいかんだろ。」
「ふっ……こんなに好戦的なリュウは初めて見たよ。」
 ソウはいつもの様に、軽くリュウの言動をかわす。
 
 リュウの込み上げる怒りの表情とは対照的に、ソウは飄々とした笑顔である。
 いつだって、リュウに対するソウの余裕のある態度は同じである。
 今も、いつもと変わらなかった。
 
「じゃあ、リュウが何を誤解しているのか、まずは聞いてあげよう。」
「何………て………それは………」
 ソウの先手にリュウは口ごもる。
 その様子に、ソウは余裕の態度を変えることなく、子どもでも見るかのように笑う。
 
 由布がシュンをつれて、リュウの居るブースを訪れる。
 
 その結果、ソウにはリュウが何を考えて、自分に対してどんな態度をとるか。
 居食屋「月猫」を出るときには予想していた。だから、慌てて帰ってきたのである。
 
 俺って、そんなに信用がないのかな。もう少しいじめてみたいけど、止めるか。
 一応、誤解だけは解いておかないと厄介だな。
 リュウのあたふたする態度に、ソウは苦笑いが浮かぶ。
 
「大丈夫だよ。お見合いじゃないから………。」
 ソウは笑いをかみ締めることが出来ずに、ククッと微かに笑いが漏れる。
「ん……な……。」
 リュウは心の中を見透かされているようで、先ほどから言葉も出ない。
 この態度は、ソウの云おうとしている事と同じことを考えていると、おしえているようなものだ。
 
 この、怒りを表した態度といい、今の慌てようといい、
 1週間ほど前の、ナツ兄ぃとの会話のことがリュウの頭の中にあるのだな。
 本当に、リュウは判りやすいな。
 
「彼女にはね、木材加工のスキルがあるんだ。だからね、今日だけ力を貸してもらう。ナツ兄ぃが由布くんにいって、わざわざ届けに来たんだ。」
 ソウが居食屋「月猫」であったことの経緯を簡単に説明する。
「…………。」
 ソウとリュウの視線が合う。ソウは満足気にニコリと笑みを浮かべる。
 
「さて、お客様を一人で待たすのは、礼儀知らずだ。」
 そういうと、ソウはリュウの肩にポンと手を置き、そのままスタスタとブースの小部屋へと歩いていく。
 リュウは何かいいたげだったが、無言でそれに続いた。
 
「悪かったな………」
 リュウがソウの歩幅に追いついて一言。
「ん………?まあ、まずはお見合いよりも、レン姉のクエストを達成しないとな。今は、恋愛よりも命が優先だからな。」
「……おぃ。」
「何かな。リュウ。」
「オマエを見直した、俺が馬鹿だったな。………さっきの言葉は取り消させてもらう。」
 リュウがため息をつく。
「あはは……リュウは修行が足りないな。」
 嬉しそうに云いながら、ソウは扉を開けた。
完成  ▲
 
「待たせたね。」
 ソウはシュンの横の椅子に座る。
 先ほど由布が座っていた椅子である。
 
「早速だけど、この木を加工して欲しいんだ。」
「うん。」
 シュンは返事をする。
 
 元気があって、可愛いな。素直そうな子だ。
 なんといっても、ナツ兄ぃの育てた子だからな。真っ直ぐに育ってそうだ。
 そんなことを思いながら、ソウはシュンを木の置いてある小テーブルの前の椅子へと促す。
 シュンは、木の前の椅子に座り、自分専用の職人ののみを取り出す。
 
「今から俺とアイツがカヌーの設計図を2人で思い出す。
 2人で思い出したものを、君に伝えるから、彫っていって欲しい。」
 
 ソウは視線でリュウに合図を送る。
 リュウは、自分の見て覚えたであろう設計図の説明をする。
 
 そこは、俺も同じだな。でも、ここは俺の記憶と違うみたいだぜ。
 いや、でも、そこは間違いないだろう。
 そうなると、ココの部分は随分とフォルムが違ってくるな。
 しかし、2人が同じ部分を描いてみると、こっちの方は俺の覚えているのが、カヌーの形に近くなる。
 
 喧々囂々。
 2人はカヌーの設計図を話し合う。
 シュンは職人ののみを持ったまま、待機状態であった。
 
「お待たせ、シュンちゃん。今から伝える感じに彫っていってくれるかな。」
 
 任せて。
 そう短く云うとシュンはのみをグッと握り、感触を確かめた。
 そして、ソウの云うとおりに、手を動かしていく。
 木材加工のスキルをマスターしているだけあって、手並みが鮮やかである。
 微妙な角度も、細かい部分もソウの云うとおり寸分の狂いなく彫っていく。
 
 彫り物が形になる頃に、帝國の一番鳥が鳴いた。
 
「………出来た。」
 シュンは得意げに、満足な笑みを浮かべる。
 そこには、目的のカヌーが出来上がっていた。
 
「凄いな。………シュンちゃんは。」
 ソウが、思わず、シュンの頭をなでる。
 リュウもシュンの技量に感心を寄せながら、見ていた。
 
 本当は、嬉しさのあまり、シュンちゃんに抱きつきたかったんだけどね。
 ソウはこのときのことを振り返って語るとき、笑いながらそう云う。
 
「外は、まだ白んでいて寒いから、少し寝るといい。
 日が昇ったら、送り届けるから。それまで、シュンちゃんは休みな。」
 ソウが仮眠の場所へと案内する。
 簡単な毛布のようなものしかないが、シュンに掛けてやる。
 
「ありがとう。シュンちゃん。」
 横になったシュンに、お礼を云う。
 シュンはこくりと頷き、目を閉じた。
 
 レン姉の依頼のカヌーは出来た。後は、これを届けたら、レン姉から開放されるのか。
 今回も、なんとか生き延びたぜ。
 ソウは自然と笑みが漏れた。
レン姉を探せ  ▲
 
 太陽もその姿を見せ、大通りには、早朝の市の食べ物を購入しようとしている人たちが、歩いていた。
 開いている店もまばらである。
 結局、2人はカヌーを作成するために昨日は、木の買出し、作品の製作(ただし失敗)、月猫での出会いなどで、一睡もせずに、朝日を拝むこととなった。
 
「そういえば、ナツ兄ぃのプレートナンバーって33なんだよな。」
「……何気に、レンとご近所なんだな。」
「そうなんだよな……シュンちゃんを送り届けるついでに、カヌーも届けて、開放されたいぜ。」
「はは……」
 ソウとリュウは同時に苦笑いを浮かべた。
 
「おはよう。」
 ブース内で喋っていた2人の後ろからシュンが小鳥のような澄み切った声で云う。
「おはよう。昨夜はありがとう。じゃ、ナツ兄ぃのところへ帰ろっか。」
 シュンはこくりと頷いた。
 
 3人は空いている大通りを歩く。
 人が少ないせいか、いつもよりも短時間でナツヤの店先まで着いた。
 店は閉まっていた。
「早く、来すぎたかな〜。店に届けるって約束になってたんだけど。」
「大丈夫、今の時間は寝てるの。」
 シュンはバイバイと手を振って、店内へと入っていった。
 シュンの姿が扉の向こうへと隠れていく。
 
「さ、あとはレン姉にカヌーを届けるだけだな。」
 ソウは瓢箪に目をやりながら云う。
 
 瓢箪は変幻自在に物の大きさを変えて、収納できる優れもので、カヌーのようなものも持ち運べるのである。
 もともと、木材加工品は、スケール1/幾つというふうになっていて、魔法により売りに出すときや使用するときに、程よい大きさに戻るのである。
 なので、木材加工には細心の注意を払わないと、木靴。砂舟などになってしまう。
 カヌーという一番難しいものは滅多に出来ないのである。
 
 この仕組みは、基礎魔法の原理を応用しているという。
 物の物質の原子となる核の再構築と圧縮と圧力、そして封印の解放により性質に変化をもたらし………。
 おっと。魔法に関しての説明は長くなるので、ココでは割愛するが、何かしらの魔法の作用による恩恵である。
 
 ナツヤの店からレンの店へは数分の距離である。
 プレートナンバー30の場所へと着いた。
 しかし、店に人のいる気配は無かった。店内へ足を運んでみるも、店内は綺麗に片付いていた。
 
 レン姉が掃除するのは、出かけるときだけ。そう決まっていた。
 ひょっとして、皇帝の依頼をしに出掛けているのだろうか。それで、居ないのなら納得も出来る。
 
 ソウとリュウは互いの顔を見合わせて、
 レンがいないのなら、今からゆっくりと眠れるぜ!
 カヌーはもう少し後でもいいだろう。
 そんな考えが浮かんで顔が綻んだ。
 
 その時、2人の背後から
「手紙だよ。」
 という声が聞こえた。
 早朝の時間帯である。手紙屋さんの声もいつもよりも張りがあるような気がする。
 
 おはよう。これ。
 太陽のような眩しい笑顔で手紙屋は封書を差し出す。
「ありがとう。」
 そう云って、手紙屋の近くにいたリュウが手紙を受け取った。
 
『…………』
 2人は無言になり、先ほどのほころんで緩んでいた顔が淀んだ。
 
 手紙屋のモットーは、どこに居ても、正確に本人に手紙を渡すことである。
 例えここがレンの店先でも、ソウがそこに居るのなら、ソウへの手紙である。
 
 じゃあ!とそう云って手紙屋は去っていった。
 残されたのはリュウの手元に残る封書であった。どこを見ても真っ白な封書。
 
『レン………だな』
 2人の言葉が重なる。
 無言でリュウが封書を開ける。1通の手紙をかさかさと取り出す。
 
 ― カヌーは出来たかしら。店の前に居るって事は完成したってことよね。
 皇帝の依頼をこなしてから無人島へ出発するから、今日、現地に集合ね。よろしく!
 
 愛しの姉 レンよりv―
 
「魔法の小箱がなくたって、レン姉には遠方地から、俺たちのことが見えてるんじゃないのか…………。」
「千里眼だな…………。」
「いや違うな、見透かしの鏡でも持ってるんじゃないか………と俺は思う。………別名、悪魔の鏡だな。」
 
 レンとソウの故郷には、見たい相手のことを映す鏡がある。というお宝伝説がある。
 その名を見透かしの鏡。という。
 しかし、覗かれた方は、遠くにいながら見張られているようだということで、あるものはこの鏡を悪魔の鏡。と別名で呼んだ。
 
 あくまでもレンとソウの故郷に伝わる伝説であるし、その宝を実際に目にしたものは居ない。が、レンがあちらこちらを冒険しているのは、この見透かしの鏡を探しているからなのだ。冒険の最中にこの帝國に行き着いたらしい。もちろん、自分がレンに呼ばれて、ココに来たのは云うまでもないだろう。
 しかし、レンがここ月読帝國で発見したという話は聞いたことはないから、偶然であろう。
 
『はぁ………』
 2人から盛大なため息が漏れた。
現地を探せ  ▲
 
「しかし、現地集合って云われても、俺はどこから冒険へ旅立つのか知らんぞ。」
 ソウが云う。
 リュウのほうも、首を振る。
 
 昨日の真夜中の月猫にて、マーチルさんとコウさんに聞いた話はカヌーの作成方法と無人島へついてからの話だけであった。
 その時には、命を懸けて作り上げなければ。ということだけしか考えていなかった。
 まさかレン姉が帝都不在で、しかも、現地に届ける。などということは、昨日の時点では考えもしなかった。
 
「おはようございますー。」
 宮廷広場の大通りで声を掛けられた。
 その声に目を向けると、男の人が立っていた。
 
「あれ?コウさん……おはようございます。」
 ソウは云い、その言葉にリュウは軽く会釈した。
「カヌーはうまく出来ましたかー。」
「出来たには出来たんですけど………。」
「では、レンさんは、大喜びでしょうね。」
「は……………レン姉………ですか。」
 コウの口から意外な人物の名を聞かされ、ソウは返答に困った。
 
「私、今まで月猫にいたのですが、レンさんも先ほどまでいらっしゃいましたよ。」
「!」
 ソウは思い切り、なんだってー!と叫びそうになるのを堪えた。
 
「ソウくんが出て行った後に、入れ違いできたのです。」
 コウはそう話を切り出した。
 
 あー。コウ兄ぃ、今晩は。ナツ兄ぃも今晩はー。
 そう云うと、レンさん、ナツヤさんにギューと飛びつきましてね。
 ナツヤさんの方も、今晩和といって、ジャレてましたね。
 
 その後、君が座っていた椅子に腰を下ろして今まで話をしていたら、こんな時間になったのです。
 
「何か、喋ってませんでした。」
「そうですね。」
 コウはさらに思い出して話す。
 
 無人島へは何をもっていったらいいか。とか、あっちには何があるか。とか、気をつけることはあるか。とか、出発に際してのことを聞かれましたよ。
 まるで、遠足にでも行くみたいに嬉しそうにしてましたねー。
 
「俺が来たことは………」
「話題に出ましたから、レンさんも知ってると思いますよ。」
「ふ………謎は解けたな。」
 ソウはぽそりと呟いた。
 
 今回の自分の行動を見ているかのような、手紙のソース元はどうやら月猫での談話にあったらしい。
 やはり、見透かしの鏡ではなかった。
 
「ではー。私も帰りますので。」
「あ、最後に聞いていいですか。」
「どうぞ。」
「レンがどこへ向かったか知ってますか?無人島へ出発する場所だと思うんだけど。」
「それなら、春成川ですねー。」
 そういい残すと、コウは歩いていった。
 コウの自宅は宮廷の目の前である。
 
「春成川かぁ。」
「月彩村だな。」
「とりあえず、レン姉の行き先はわかったな。」
 コウに出会わなければ、今日一日駆けずり回らなければならないことであった。
 彼に出会ったのは、幸運だったと思い、2人は同時に安堵のため息をはく。
 
 しかしホッとしたのも一瞬で、レン姉の行動力には、恐怖を覚えた。
 レン姉は、昔から寝る間も惜しんで自分のしたいことをしていたからな。
 振り回される周りの身にもなってほしいものだぜ。
 
「レン姉の我、我が道を突っ走るっていうのは、止めてもらいたいぜ。」
「……………」
 
 ソウよ。オマエにも、そっくりその言葉を返してやるよ。
 リュウは寝不足で思考の回らない頭に、言葉に出来なかった台詞を思い浮かべる。
 
 リュウはこのときのことを振り返ると、ため息すらもつく気力がなかった。
 と苦笑いしながら云うのであった。
任務完了  ▲
 
 必要なものは、既に瓢箪の中だったため、そのまま2人は、月彩村へと出発した。
 帝都から本通りの1本道を行くと、分かれ道がある。1つはミュウを預けた金庫屋のある留晩町。そしてもう1つは、今回の目的地月彩村へと続いていた。
 
 月彩村は、帝都から程近い村で、自然も豊かに残っている場所だった。
 その村の道具屋で、種を購入して農業をしたり、下流で釣りをしたり、戦いに明け暮れ疲れた時に、ゆっくりと時間を過ごすには最適の場所であった。
 しかも、収穫したものや釣れた魚は宮廷広場で売り物にもなって、収入になる。とっておきの村であった。
 
 村には少し高めの垣根のような外壁があり、その垣根に沿って、村の内部を木々が囲んでいた。
 
 垣根を通り、村の中へと入る。
 レンの姿を探して、キョロキョロと辺りを見回した。
 カヌーを使用するということは、春成川だよな。
 2人は川べりに沿って歩く。
 
「ソウ、遅いー!」
 最初に声を掛けたのは、レンであった。
「遅いですわよ。」
「しっかり、歩きなさい!ほら走って!」
 そう云ったのは、レンの傍に居る、魔法獣のヒビキとミナトだった。
 3人が向こう岸から3様の声を掛ける。
 
 探す手間は省けたが、向こう側に渡るために、橋を渡らなければならなかった。
 ソウとリュウは軽く走り、少し行った場所にある、釣り人用の小さめの橋を渡った。
 
 レンのいる場所へ着くと、素早くソウは、目的のものを手渡す。
 レンはそれを受け取ると、川に浮かべた。
 すると、小さくなっていたカヌーは程よい大きさに戻った。
 
 これも、再構築した分子と原子の核の科学反応により、所属する属性の恩恵と加えられた力の加減のバランスに対応し………。っと。
 ここでも、魔法に関して話すと長くなるので、割愛する。
 詳しく知りたい方は、月読帝國の宰相を訪ねるといいかもしれない。
 彼ほど、魔法や月読帝國に詳しい人物はいないであろう。
 
「カヌー、ありがとう。」
「ありがとう、ですわね。」
「これで、無人島へ行けるわ。」
 3女性のはしゃぎ様を見ると、無事にこの危機を乗り越えた気分になり、ソウとリュウはホッとした。
 
「それでね、ソウ。」
 レンが名を呼んだだけで、ソウはギクリとなる。
「ナンデショウカ。」
 ソウは機械的に喋る。
 
「足りない物が、あるんですの。」
「ほら、直前まで皇帝の依頼をこなしてたからね。」
「そうなの、調達が出来なくてね、手持ちも少なくて。でね、相談なんだけどね。」
 レンがヒビキとミナトの言葉を受けてさらに云う。
 
「今、手持ち分だけでもいいのよ。」
「そうそう、助けると思ってね。」
 ヒビキとミナトが追い討ちをかける。
 
『仙人の瓢箪が無くて、とっても、困ってるの。』
 3女性の声がはもる。
 
「……………3つで…………。」
 ソウのこの言葉に、女性陣は大喜びであった。
 ソウから瓢箪を受け取り、じゃあ。行ってくるわね。と手を振りながらカヌーへと乗り込んだ。
 
 こうして、レンは無人島へと出発したのだった。
 実に、最初の手紙がソウの元へ着いてから、10日目のことであった。
掌中の珠  ▲
 
「じゃあ、行こうか。」
「これで、落ち着くな。」
「そうだね。じゃ、行こうか。」
「………一つ聞いていいか。」
 リュウは不穏な空気を感じて、少し間を置いた。
 
「なに?……一つだけでいいのか。」
「一つだけでいい。………ソウよ。お前は何処に行こうとしてるんだ。」
「ふ……。」
「俺は行かないからな。」
 リュウは足を止めてキッパリと云う。今度は先手をとろうと思ったのだろうか。
 
「まだ、何も云ってないだろ。」
「お前の顔を見たら、わかる。確か今日だったよな。」
「リュウは賢くなったな。」
「最高の褒め言葉だな。」
 リュウが足を止めたので、ソウも立ち止まる。
 ソウの方は相変わらずの態度である。絶対の自信があるかのような、笑みであった。
 
「リュウ。俺はどっちでもいいんだけどね。」
「…………?」
「金庫屋って知ってるだろ。たくさんの魔法獣が集まるの。」
「は?…………金庫屋」
 リュウはソウの思考の先が読めないでいた。
 
 リュウは、ソウの何気ない発想力の良さや、たまに発揮する頭の回転の良さは、認めている。
 ただし、もっと有効に発揮して欲しいと願っているのだ。
 
 俺に対するあらゆる嫌がらせを考えるのだけは、ピカイチだな。もっと、その頭を有効に使え。
 と、以前云ったことがある。
 
 バカだな、リュウは。
 愛がある人に対してだからこそ、想像力も頭脳の回転も良くなるんじゃないか。
 好きな人のためなら、俺は労力を惜しまないんだぜ。
 という返事が返ってきた。
 
 じゃあ、レンのことも好きってことだな。
 
 あはは………。レン姉のことは嫌いじゃないぜ。目標に向かって突き進む人は好きだからね。ただし、レン姉の場合、周りが見えなくなることが、欠点だな。
 猪突猛進って言葉があるんだけどね。レン姉の場合、直進しすぎて木にぶつかって泣くんだよね。バカだよね。回り道とかも選択肢に入れれば、俺もこんな苦労しなくてすむんだけど。アイツは、本当にバカなんだ。
 
 このときのソウは、バカだ、バカだ、と言葉で云いつつも、とても誇らしげにレンのことを語っていたことを、リュウは思い出した。
 
 リュウはソウの目を見る。
 ソウは視線を受けて、目を細めて笑う。
 先ほど思い出したレンの話をしていた時と同じようにソウは笑っている。
 
「……………はぁ。」
 結局俺は、ソウには勝てないのかもしれない。
 自分に向けられるソウの視線は、いつだって笑顔だ。
 
「行くだけだぞ。」
「ん………。行く気になったのか。」
 ソウは嬉しそうに云う。
「ただし!………遠くから見るだけだからな!」
 リュウは念を押す。
「いいよ。そろそろ、ナツ兄ぃや由布くんが来てるころじゃないかな。話がまとまったんだ。急ごうぜ!」
 ソウはリュウの腕をつかんで走る。
 
 春成川の川原では、既にカレー作りが始まっていた。
 2人は木の影から、こっそりと覗き見ていた。そして、他愛もない話で盛り上がった。
 
 今日は快晴だ。カヌーで無人島へ出発するにも、川のほとりでカレーを作るのにも、最高の天気だった。晴れ渡る空の下、新しい事が始まる。
 そんな、予感がした。
 
 〜 FIN 〜
オマケ:今日のソウ。(冒険記 外電)  ▲
 
 もし、俺が行かないとあの時云ったら、どうなっていたんだ。
 え?金庫屋で強制的に、お見合いしたよ。面倒だけど、ナツ兄ぃや由布くんに協力してもらうつもりだった。
 お前、レンのことをとやかく云えないじゃないか。お前も猪突猛進だぞ!
 
 それよりもさ、ピン!と来た子居たか?
 はぁ!そんな話は、どうでもいいだろう。
 照れるな。……それよりも、リュウ宛てに手紙が届いたぞ。
 うん?………誰からだ。
 ナツヤ&由布の連名で来てるぞ。リュウへ。ってちゃんと御指名だぞ。
 
 この手紙に書かれていたことは、当事者のみが知る事実である。
 リュウにより、トップシークレットに指定されたため、帝國内でニュースになることはなかった。
 
 (歓)

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