勇者様放浪記 シロクロ2    一頁目    二頁目    三頁目    メニューへ戻る
アルセリア様の「勇者様放浪記 シロクロ」の二頁目です。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス

文・絵/アルセリア様
*9*10*11*12*13*14*15*16
*9  ▲
 
 それは、薄暗い部屋の中。
 静かな音楽がかかり続ける広い部屋。
 多くの人々が、そこに集っていた。
 騒いでいた。
 それはもう物凄く騒いでいた。
 楽しそうに、静かな音などないかのように。
 その音楽を、自分達の歌でかきけすように。
 酒を飲み、肉を喰らい、語らいあい。
 その、一つの酒場の中で。
 祝賀の宴が、広がっていた。
 
「おらぁぁぁあああ! ガキ共も、もっと飲めぇぇえええ!!」
「悪いなおっさん! 俺はまだ酒を飲める歳ではない!!」
「気にすんな! そんなものを取り締まる法はねぇ!!」
「おおっと、それは知らなかったぜ!!」
「ほうっ、もしやおまえさん、よそ者だな!!」
「ちいっ、気付かれたか!!」
「やはりな、がはははははは!!」
 
 その中には、ハクロの姿があって。
 
「…お酒、あまり好きじゃない」
「私は飲んだことがないですー」
「あははは! ならお嬢ちゃん達はこっちを飲んでおきな、甘くて美味しいよ!」
「…ありがとう」
「お姉さん、ありがとうですー」
「なぁに、こっちもあんたらには感謝してるんだ、おかげで街を守れたんだからね!」
 
 ミズホも、エミルもいて。
 
「しかし凄かったなあんた、その剣の威力には度肝を抜いたぜ!」
「凄かったっす!」
「ふっ、僕にかかればあの程度の魔物、雑魚に等しい」
「ははっ、自信満々だな兄ちゃん!」
「でも実際強かったっす! 憧れるっす!」
「きっと君も強くなれるさ、僕を目指せばな!!」
 
 クレウも一緒になって、騒いでいて。
 
「やっぱり坊主も強いのかい?」
「自慢ではないがパーティー中最弱だ!!」
「おおっと、そりゃあ本当に自慢にならねぇなぁ!」
「強くなりたい気もしないでもない」
「ほぅ、それなら俺が鍛えてやろうかい?」
「鍛えるのに向いてる街とかないか?」
「遠まわしに断ったな坊主。いいだろう、おしえてやらぁ!!」
 
 皆、楽しそうで。
 
「その刀を抜いてみて欲しいっす!!」
「ふっ、いいだろう、見るがいい我が――」
「止まって」
「ミ、ミズホさん」
「クレウさん、それは危ないですー」
「…くっ、仕方ない」
「ははっ、尻にしかれてんだな兄ちゃん」
「失礼な!」
「触れたくない」
「ミズホさん!?」
「む、なんだこの面白愉快な空間は!!」
 
 馬鹿馬鹿しくて、楽しい、そんな騒ぎ。
 それは、夜がふけても続いて…。
 
 気付けば――
 
 
「うむ、宿代を無駄にしたな」
 朝が、来ていた。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 酒盛りから二日後。
 ハクロ達は、『アルフェイベル』という街へと向かっていた。
 俗称『剣の都』、酒場にいた親父から教えられた街だ。
 目的は、ハクロの戦闘力の向上。
 回避のみで攻撃がろくにできないハクロを、基礎から鍛えあげるためである。
 そうしなくとも、ミズホや、うやむやのうち(いい加減深刻に眠くなってきたハクロが雑に返答した)についてきたクレウに教わるという手もあった。
 というか、一度試してみた。
 しかし、その結果はあまり芳しい物ではなかった。
 自分の特性に合わせ独自の剣技を編み出している連中に教わったところで、ハクロに合うわけがなかったのである。
 ならば、試そう、他にも色々と。
 そうハクロは考え、アルフェイベルに行ってみることにした。
 向かう手段は、航路。
 4人は今、船に乗っていた。
 そして、今、彼等は――。
 
「海賊だー!!」
 ――海賊に襲われていた。
 
「毎日何かに襲われているような」
 悲しい事だが、事実である。
 そんなハクロに、クレウが声をかけた。
「で、どうするのかね?」
「………ふむ」
 ――さて、どうしたものか。
 当然のことだが、海賊に襲われるなど、ハクロにとっては初めての経験であった。
 このまま放置すればどうなるのかすらわからない。
 倒すと、仮定しても…。
「正義をするのです!!」
「………」
「あれ? …どうしたです?」
 エミルは、簡単に言う。
 悪である海賊を倒す、それはとてもわかりやすいものだ。
 だが、ハクロには、どうにも気にかかることがあった。
「…殺すのか?」
「…えあ?」
 ハクロの事情を深く知らないエミルには分からないこと。
『殺人』。
 元の世界では、決して認められない、その行為。
 致命傷を与えることをためらわず、斬り倒すというなら、ソレを行なうことになるだろう。
 加減できる実力がミズホにあったとしても、加減のできぬ武器を持つクレウは、加減をする実力を持たない自分には…。
 ハクロは、少しずつ、思考に埋もれていった。
 そんなハクロに、クレウは再び声をかけた。
 そして、その言葉がハクロを思考から抜け出させることとなる。
「自己の倫理感に悩むのは構わないがね…早くしなければ、終わるんじゃないか?」
「終わる?」
「外を見ればわかる」
「?」
 そう言われ、ハクロは窓から外を見る。
 すると、そこにはなんとも奇怪な光景が広がっていた。
 やるせなくなるほどに。
 
「ギャー!! なんだこいつらー!!」
「ハハハハハ、弱い! 弱いぞ海賊ども!!」
「なんで! なんでこんな奴らが!?」
「くくく、この船の行き先はアルフェイベル、腕自慢が揃っておってもおかしくあるまい」
「おいこらミジェーーーーール!! なんでこんな船を襲うことに決めたーーーー!!?」
「勘☆」
「殺せ!! まずあいつを殺せぇぇぇ!!!!」
「というかなんであなた達…せめて商船を襲わなかったの?」
「………はっ!?」
「貴様ら、全員馬鹿じゃのぅ」
「馬鹿言うな爺! 悲しくなる!!」
「ソンナアナタニサラナルカナシミヲー!!」
「何おまえー!!?」
 
 ――うわぁ。
 その光景を見て、ハクロはなんとも複雑な気分になった。
 海賊があからさまに負けてる、そこはまぁいい。
 馬鹿馬鹿しい、凄く馬鹿馬鹿しかった。
 腕を斬り落とされた者もいる。
 命を落とした者もいるかもしれない。
 だが、もうなんというか『滑稽』としかいいようが。
 視線をずらすと、これはこれで何がしたいのかわからない光景が広がっている。
 
「ふぅんぬぉぉぉぉおおおお…」
「おぉぉるあぁぁぁあああああ…」
「むぅぅぅぅうううん」
「はぁぁぁぁああう」
 
 腕相撲。
 いや、正確には単なる力比べか。
 お互いの手をがっしり掴み合った浅黒い二人の男がぽたぽたと汗を流しながら、己の筋肉をふくらませ押し合いへしあい。
 何をやってるんだ海賊。
 何をやってるんだ見知らぬ人。
 その空間に、近づこうとする者はいなかった。
 近づきたいわけもない。
 ――さて、どうしたものか。
 ハクロの、その思考の意味合いは、先程とは変わっていた。
 なんというか、『あぁ、まぁ、いいか』、という気がしてきたのだ。
 人、斬っても。
 魔法撃っても。
 そして、ハクロは決断した。
「…まぁ、行くか、とりあえず死なない程度に倒そう」
「…了解、行くね」
「ふっ、何人残っているのか」
「了解ですー」
 二分後、海賊達は制圧された。
*10  ▲
 
『剣の都アルフェイベル』
 この街には、その名のとおり多くの剣士達が居た。
 だが、ここに居るのは剣士だけではない。
 斧、槍、弓、あるいは、特異な形状を持つ武器の使い手が、この街に集っている。
 その理由には、一つの施設があげられた。
 それは巨大な闘技場、戦士達が一対一で闘う場。
 自らの強さを示すため、勝利によって金を得るため、戦士達は、この町に集っていた。
 そしてその街に今、ハクロ達は訪れていた。
 強くなるために。
 自らを鍛え上げるために。
 あくまで目的は。
 ………。
 …そう、彼等は今――
 
 ――特に鍛えるわけでもなく、街中をぶらついていた。
「ええい、恐ろしい程にごつい奴等がうろつく街だなおい」
「ふっ、仕方がない、そういう街だ」
「しかも人がごみごみしてるです」
「…暑くるしい」
 そういう街だった。
 確かに、細身でありながら実力のありそうな、そんな奴等もたくさん見える。
 が。
 てっとりばやく筋力を向上させた無骨な漢が、いるわいるわ。
 漢だけでもなく、腹筋の割れた女性も普通に見かける。
 それに、むきだしの巨大な斧を持って歩く邪魔なのもいた。
 流石は、酒場の親父の紹介する街である。
「…一般人っぽい奴等の方が少ないというのは一体」
「…まぁ集まっている人が人だからね、治安も言う程よくないのさ」
「えあ、悪ですか?」
「…違う、ただ喧嘩するだけ」
「自警団もうろついているから、それほど大騒ぎにはならないがね」
 ハクロは思っていた。
 この街で鍛えるのか、と。
 なんだか、筋力ばかりが鍛えられそうで嫌すぎる。
 闘技場にでも参加して、実戦で技を磨くしかないのだろうか。
 ハクロはそんな事を考え、悩み。
 そして、今後の方針を、一つ導き出した。
「よし、まずは宿をとろう」
 妥当な案であった。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 宿をとった後、ハクロは一人で街中をぶらついていた。
 ミズホは剣の物色に行ったようで、クレウはおそらくそれについて行っているだろう。
 エミルは、部屋で昼寝だそうだ。
 そんなこんなで、せっかくなので一人で散策することにしたのだ。
 そして、途中で気付いた。
 この街は、広い、と。
 そして知った。
 しかも入り組んでいる、と。
 広く、入り組んだ、見知らぬ街を、一人歩く。
 …ここに、一つの答えが導き出された。
「ここはどこだ」
 ハクロは見事に迷子になっていた。
 とりあえずあたりを見渡すハクロ。
 ぐるりと。
 …。
 もう、ハクロは自分がどちらから来たかすらはっきりしなかった。
 なんとも、似たような家が多く、似たような道が多いのだ。
 地図は見つけた。
 街のおおまかな形を示す地図。
 どうやら、西の方向に港があるようだった。
 それはすなわち、この街におけるスタート地点。
 ハクロは、まず、そこへ向かってみることにした。
 すると、その時。
「そこ、どきなさい!!」
 なんか、金髪の女の子が自分に向かって爆走してきた。
 とりあえず、ハクロは横に避けておく。
 更に、別の声が遠くから響いてきた。
 発生源は、髭の親父。
「おいっ! その娘を捕まえてくれ!!」
 そして、その声に反応したハクロは――
 
「で、何をしたんだ?」
「うっさい! 何よあんた!」
 ――その娘と並走した。
 なんとなく。
「いや、捕まえてくれって言われたしな」
「あんたも敵!?」
「どうしようかなと」
「じゃあ、ついてくんな!!」
 まぁ、確かにそれも一理ある。
 だが、もう、並走してしまったのだ。
 今更ひきとめもせず逃げもせず立ち止まれば…。
「なんだぁ!? あの坊主も仲間かよ!!」
 ぼこられそうな気が。
「………仲間ですか?」
「違うわよ!!」
「じゃあ敵にまわっても?」
「ぐ…」
 イエスとは言えないのだろう。
 なんといっても、もう、完全に並走されてしまっている。
 ハクロが横に手を伸ばせば、それを避けられなければ、後ろの親父に捕まるのだ。
 何をしたかは知らないが、おそらく、いい目には会うまい。
 なんだか親父は、怒っているようであるから。
 そして、金髪の女の子は言った。
「そこ、右曲がるわよ!!」
「あいよ」
 二人は同時に右へと曲がる。
 細い路地の中へと。
 暗く、細い道。
 そして二人はそこを突き進み、突き当たった。
 
 行き止まりへと。
「………やあ、行き止まりだ」
「………」
「何故こちらに?」
「………」
「返事をください、あぁ、返事をください」
「うっさいわね!! この街あんまり詳しくないのよ!!」
 ならば何故こんな細い道に。
 単に賭けに出たのだろうか。
 それとも馬鹿なのだろうか。
「全く、どうしてくれるのよ」
 ハクロがどうかする立場なのだろうか。
「とりあえず何故追われていたのかを聞こうかと」
「どうしてよ?」
「場合によっては差し出す」
 さすれば見逃してもらえるかもしれない。
「んなっ、あんたそれでも男!? こんなかよわい女の子をあんな髭親父に差し出すっていうの!!?」
「そう言われると自分が酷く外道に思えるのだが」
「じゃあどうするのよ」
「追われていた理由を言えと」
「………」
「………」
「よし」
「なんだ?」
「あの髭親父がやってきたら」
「やってきたら?」
「倒しましょう」
 斬新な意見だ。
「誰が?」
「二人で」
 斬新な意見だ。
「………俺、君と、関係ないネ」
「知らないわよ」
 斬新な意見だ。
「で、何をしたんだ?」
「泥棒だよ」
「野太い声が割り込んできたぜ」
「髭親父!?」
 振り向くとそこには、酷く疲弊した髭親父が立っていた。
 汗がだらだら流れていた。
 非常に見苦しい。
 もしかしてあのまま直進して逃げたら逃げ切れたのではなかろうか。
 …まぁそんなことより、『泥棒』と、髭親父は言った。
 ハクロは尋ねる。
「何を?」
「俺の剣だ」
 ハクロは金髪の手元を見てみた。
 そこには、確かに剣があった。
 ちなみに、どんな剣かというと。
 なんというか。
「似合わないっすね」
「なんだとこらぁ!!」
 宝石がじゃらじゃらついた、細身の剣だったわけで。
 髭親父はごつかったわけで。
 …。
「そう、私の方がよっぽど似合うわ」
 同意せざるを得ない。
「じゃあ盗んでいいってのか? あぁ?」
「拾ったのよ」
「なるほど」
「なるほど、じゃねぇ!! 返しやがれ!!」
「返したら逃げていいですか?」
「駄目に決まってんだろ! 自警団に突き出してやる!!」
「でも俺関係ないっすよ」
「知るかぼけぇ!!」
「横暴な話だ」
 だが、気持ちはわかる。
 ふとハクロが横を見ると、金髪がこちらを向いていた。
 そして、彼女は告げる。
 先程の斬新な意見を示すだろう言葉を。
「私一人でも、やるわよ」
 単に倒すのか殺るのか判断に困る言葉だ。
 どちらにせよ、彼女の目は自信に満ちていた。
 この女の子も、どうやら何かの『強さ』を持っているらしい。
 そして、ハクロは返答した。
 彼女にとって、予想外の言葉を。
「一緒に捕まってやろう」
 金髪の目が、良く分からない物を見るような目に変わる。
 唖然としているのが、その目からよくわかった。
 そんな彼女にハクロは、一言付け加える。
「仲間がいてな、勝手に街を抜け出すわけにはいかないのだよ」
「あぁ、納得…」
 理解は、してくれたようだった。
 この親父を倒せば、この街を逃げ回るはめになるのだ。
 それは、ハクロにとっては避けたいことだった。
 だから、この言葉は頼む言葉。
 一人で倒せると言う彼女に一緒に捕まってくれと。
 それを彼女は理解した。
 そして、その上で彼女はハクロに告げる。
 了承の言葉を。
「ま、いいわ、無傷ならね」
「交渉は任せろ」
 
 その後ハクロ達は、牢の中へと入れられた。
 傷一つなく。
*11  ▲
 
 自警団本部、その一角にある長い階段。
 そこを深く降りていくと、薄暗く大きな牢が、廊下を挟み二つ存在した。
 そこに入る者の分け方は、至極単純。
 男は左の牢に、女は右の牢に。
 ほぼ全ての罪人が、そこに詰め込まれていた。
 そして例に漏れず、ハクロ達も分けられた。
 二つの、向かい合わせの牢に。
 そんな状況の中、二人は話し合っていた。
「さて、どうするのよ?」
「まずは…自己紹介?」
「…それ、めんどくさい。名前だけでいい?」
「いいぞ。俺の名前はハクロだ」
「私はシリア。ま、好きに呼んでくれればいいわ」
「しーちゃん」
「死ね」
 辛辣な答えが返ってきた。
「好きに呼んだだけじゃないか!!」
「嫌がるのわかってて言ったでしょあんた!!」
「うん!!」
「死ねぇ!!」
「うっせぇぞてめぇらぁ!!!!」
 他の奴等からストップがかかった。
 ここはやはり従うべきだろう。
 ということで、二人は再び声のトーンを落とす。
「…ではシリア、話を戻そうか」
「………そうね。で、これからどうするつもり?」
「ふむ…まず知識が欲しいな」
「知識?」
「そう、知識」
 シリアは知るよしもないが、この国の法についてハクロは何も知らないのだ。
 それ以前に、ここはあくまで『自警団』の本部。
 場合によっては…。
「ここ、罪状に関係なく詰め込まれてるよな」
「ほとんどそうね」
 ほとんど、ということは例外もあるらしい。
「これからどうなるんだ? 全員詰め込んだままってわけにもいかないだろう」
「うーん…場合にもよるけど、重い罪を犯したとかじゃなければ、相応のお金で解放されるわよ」
「罪の基準は?」
「自警団員による会議で決定。こんな街でいちいち裁判やってられないから」
 やはり、『法』はあまり関係ないらしい。
「…自警団のみの判断か。大丈夫なのかそれ?」
「割とね。団長がどうも誠実らしくて」
 それは素晴らしい。
 正確性はわからないが、あまり極端な罪に問われることはないだろう。
 しかも、実際ハクロは何もやっていないのだから、下手に共犯として扱われるよりマシかもしれない。
 心配なのが、事情徴収とかさほどされていないことか。
 そこで、一つ気にかかることがあった。
「金ってどこから持ってくるんだ? 外と連絡とれるのか?」
 捕まっていることを知らせると若干エミルが心配だが、その選択肢が生まれるのは良い事だ。
「うん、でも私は無理ね」
「何故?」
「知り合いこの街にいないもの」
「なるほどな…」
 なら、ハクロは釈放されても彼女は釈放されないということになる。
 しかし、ハクロがいなければ彼女がこの街で捕まる可能性は低かった。
 そう考えると、すべきことは、大体決まっていた。
「俺が払えばいい、と」
「そのとおりよ」
「だろうな」
 元より、シリアもそのつもりで自分に知り合いがいないと言ったのだろう。
 本当にいないかどうかはわからないが、それぐらいは仕方ない。
 ということで、ハクロはあっさりと納得した。
「まぁ払うさ。で、連絡のとり方は?」
「…んー、食事時に来る団員にでも言えば良かったと思うわ」
「なるほどね」
「それまでのんびりしてましょ」
「了解」
 そういって、ハクロはあたりを見回した。
 そこにあるのは、暗い顔ばかり。
 それはそうだ。
 先程の話からすると、ここにいる者の大半は『金を払えなかった』者。
 釈放される見込みの、少ない者達。
 彼等がどうなるのかは知らないが、そこに、良い未来はないのだろう。
 更に見回すと、ハクロは、一人の男が気にかかった。
 壁に向かい、座りこんでいる男。
 ぶつぶつと、何かを呟いているようにも見える。
 そして、何かを包み込むような手の形。
 そして、その手の中にある…黒い何か。
 それには、見覚えがあった。
 次の瞬間。
 黒い何かの色が変化した。
 ドゴォォッ!!
 雷が、壁を打ち砕いた。
 騒ぎが起こる。
「な、なんだぁぁ!!?」
「何が起こった!!?」
「何よ今の音!?」
「お、おい、なんか穴が空いてんぞここ!!?」
 土煙が消え、そこには大きな穴が空いていた。
 その前に座っていた男は、姿を消していた。
「…消えずに、色が変わる、ねぇ」
 原理は知らない。
 だが、エミルの物とは違っていた。
 それが、何を示すのかはわからないが。
 どちらにせよ、あれは…。
「もしかして、魔法使いが中にいたのか!?」
 ――おそらくな
 やはり、魔法なのだろう。
 雷を放つ、そんな魔法。
「ふーん、魔法使いね」
「なんでおるねん」
 気付けば、隣にシリアが立っていた。
「私はシーフだから」
 そういってシリアは穴の方へと歩いていく。
 周囲の人間もシリアの方を向くが、動揺しているのかそれを止めようとする人はいなかった。
 それにしても、シーフ。
 泥棒を働いたと思ったら、それが本業だったのか。
「開錠もお手のもの…と」
 そう呟きつつ、ハクロはシリアについていった。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 穴の中を覗いてみた。
 そこにあったのは、広い空間。
 幅8m程の通路がまっすぐに走り、奥の方で分岐している。
 そして、澄んだ水が通路の横を流れていた。
 それは、あきらかに下水道などではない場所であった。
「…なんだここ?」
「宝よ」
 …なんだかシリアが奇妙なことを口走った。
「こういう所にはきっと宝があるわ!!」
 そして叫んだ。
「………つまり探しに行きたいと?」
「行くわよ」
「確定かい、武器もなしに」
「どうにかなるわよ」
 ………まぁどうにかなる不思議ぱわぁを持っているのかもしれんが。
 行けば罪重くならないだろうな、という思いがハクロの頭をよぎる。
 …ふと気がつくと、周囲に人が増えていた。
 …。
「おい、嬢ちゃん」
「何よ」
「宝があるってのは本当かい?」
「私のね」
 言い切った。
 ある意味凄い度胸だ。
「どけ」
「…なんでよ」
「これだけの人数相手に、たった二人で何かできるとでも?」
 なる程、大勢いる。
 その多くが筋肉だるまだというのが実にうっとうしい。
 だが、その言葉にシリアは。
 その場にいる者全てを唖然とさせる答えを返した。
「わかってないわね、基本的に神は私の味方なのよ」
 …。
 どういう意味なのだろう。
「…なんだぁ? 神がおまえを助けてくれるってか?」
 目の前の男が馬鹿にするような口調で言う。
 ハクロも、何が言いたいのかよくわからないというような目で、シリアを見ていた。
 そして、次の瞬間。
 男の言葉が、現実となった。
 
「神よ我等を護る盾を造りたまえ」
 キィンッ!
 そこに、壁が生まれた。
 ハクロ達を包み込むように生まれた、球状の何か。
 シリアの呟きとともに、ソレは形成された。
 動揺した男達の一人がソレに触れる。
 通れない。
「な、んだぁ!?」
 ドンッ、と、男がソレを殴った。
 だが、その壁に影響はないようだ。
 シリアが、その壁について説明する。
「こちらからの攻撃すらできないように造った結界だもの、素手で壊すのは難しいわよ」
 どうやら、一瞬にしてシリアは結界のような物を作ったらしい。
 コレか、さっきからの自信は。
「2分ぐらいは持続するから」
 ――2分か…短くも感じるが。
 だが、実際はそうでもなく。
「頑張って、後ろの自警団に捕らえられてね」
 牢の扉から、自警団員が雪崩れこみ。
「じゃね」
 そして、ハクロ達は、穴の奥へと走っていった。
 宝に対する期待(主にシリアが担当)と。
 若干の不安(主にハクロが担当)を孕みつつ。
 その、青に囲まれた空間へ。
 

シリア
*12  ▲
 
 地下に広がる青の空間。
 光の届くはずのないその場所は暖かく明るかった。
 そして、その場所を走りぬける者がいた。
 ハクロとシリア。
 ほぼ脱走同然にこの空間に飛び込んで行った二人である。
 二人は今、走りながら話していた。
 それは出会った時のように。
「さて、ここからが問題よ」
「おまえがこっち側の牢に入って来た時点で問題な気がするが」
「前にはおそらく魔法使い、後ろには自警団、どうする?」
 ハクロの言葉は無視されたようだ。
 ハクロはそのことは特に気にせず、考えた。
 曲がりくねった道。
 所々にある壁が、先程の穴を完全に見えなくしている。
 つまり、自警団に自分達の位置と行動は掴めていない。
 今走っているところは、長い一本道だ。
 その先には、壁と、そして長い階段が見えた。
 その上には…。
「もういるぞ!」
「え?」
「魔法使いだ!」
 すでに、魔法使いの手の中の何かは、
 色を、変えていた。
「っ、神よ我等を――
 ド
 ――護りたまえ!!」
 
 ゴォォオォオオオオッ!!
 
 通路が崩れる。
 水しぶきが上がる。
 青い空間の全てが揺れた。
 そして、その崩れ落ちた通路、そこに流れ込んだ水の中。
 ハクロ達が顔を出した。
「ぶはっ…や、やってくれたわねあいつ…」
「………俺が気付かなきゃ終わりだったような」
「…何、恩にきろってこと?」
 終わりだったということは事実。
 だが、ハクロをシリアはじと目で見る。
 少し、バツが悪いと思ってる様子も見えるが。
「そうだなぁ…もう返してもらったが」
 しかし、そういってハクロは水を出た。
「は?」
 その言葉の意味がわからなかったか、シリアは疑問の声をあげた。
 そして、ハクロはその声に少し笑いながら、言った。
「『我等』を護ってくれただろう?」
 確かに、それも、一つの事実だった。
 自分だけじゃなく、ハクロも同時に護ろうとした。
 当然のごとく、シリアの体はそう動いていた。
 恩だのとは、全く考えずに。
 だが今、彼女はそれを恩と言われた。
 ただ、それだけのこと。
 しかし、その言葉に聞いたシリアは。
「…そうよ! それで貸し借りなしだからね!」
 少し、気恥ずかしそうだった。
 
 ◆  ◆  ◆
 
「しかし…上手くやってくれたなぁ」
 気付けば魔法使いはすでにいなかった。
 おそらく、階段をあがった先に奥に抜ける扉だか穴だかがあるのだろう。
 自警団を警戒したか、確認もせずに去ったわけだ。
 そして、振り向くと、そこには完全に壊された通路。
 元々これも目的の一つだったのか、通路は多くの範囲が壊され、もはや泳がなければ向こう側にはいけそうにない。
 当然それは、向こうからこちらへも、泳がなければ辿りつけないということ。
 集団で行動する自警団が、集団で泳いで渡るという選択肢を選ぶ可能性は少ないと見ていいだろう。
「…うー、それにしてもびしょびしょ」
「男の目の前で胸元をつまんで伸ばすのはどうかと思うのだがそこの無防備レディー」
「うっさい馬鹿、見るな馬鹿、黙れ馬鹿、死ね馬鹿」
 ボロクソだった。
「ついさっき守っておいて死ねですか」
「…死ね馬鹿」
 といいつつ結局微妙に胸元を隠すシリア。
 やはりさっきのはハクロの存在を忘れていたのか。
 少し顔が紅潮してるようにも見えるが、そのことについては触れないべきか。
「…で、このまま追うのか?」
「…当然でしょ?」
 ハクロの問い。
 それは、先程の魔法の威力を見て言った言葉だったのだが、シリアは問題ないかのように言う。
「勝ち目は?」
「不意打ちで喰らいさえしなければ余裕よ」
「ほほう、何故?」
「神聖魔法をなめなさんな」
 シリアは、自信満々にそう言った。
 どうやら、彼女の能力の名前は、神聖魔法というようだ。
 見た限りでわかったのは、他の魔法と違い、あの黒い何かを溜める必要がないこと。
 何ができるかはまだよく知らないが、その自信は、おそらく本物なのだろう。
 そして、シリアは濡れた髪をかきあげながら言った。
「さて、と、自警団さん達もそろそろ追いつく頃だし…。行こっか」
「そだな」
 
 二人は階段をかけあがった。
 見つけたのは、予想通り扉が一つ。
 すでに開かれた、その扉。
 入ってゆけば、大きな部屋がそこにはあった。
 その部屋にあったのは、奥に見える祭壇らしきもの。
 そして、その部屋にいたのは。
 先程の魔法使いだった。
 魔法使いがこちらに気付く。
「な…貴様ら、何故!?」
「ずぶぬれなんだ!!」
「…いやー、そういう意味じゃないと思うけど」
 シリアが冷めた目でツッコミを入れる。
 そして、そんな状況とは関係なく、魔法使いが構えた。
 黒い何かが集まっていく。
「…チャージ開始してますが?」
「大丈夫よ、魔法ってそんなすぐには撃てないから」
「…は?」
 ――すぐには撃てない? …ならば、エミルのアレはなんなのか。
「どうしたのよ?」
「…いや、別に。ところですぐに撃てないにしてもそろそろこねぇ?」
「ま、見てなさい」
 そう言うと、シリアは前に一歩出て。
 たった一言、こう唱えた。
「神よ、彼の者の魔を封じたまえ」
 そして、魔法使いの足元に、何かの陣が生まれ。
 それと同時に、黒い何かが崩れ落ちていった。
 つまり、彼女は、その一瞬で。
「な、なぁっ!? 貴様ぁ!!?」
 魔法を、封じた。
「じゃ、仕返し開始ね」
 
 ◆  ◆  ◆
 
「く、おぉぉぉ!!?」
 魔法を封じられた魔法使い。
 あそこに捕らわれていた立場のため、その手元には護身用の剣もない。
 まぁ、こちらにもないのだが。
「で、どうやって倒すんだ? 攻撃の神聖魔法でも?」
「残念だけど、神聖魔法の攻撃って人には効かないのよ」
 …ならばどうするというのか。
「だから、あなたが殴り倒すの」
 無茶を言う。
「…負けたらどうするんだそれ」
「大丈夫よ」
「根拠は?」
「だって」
 そして、その根拠は。
 出会った時以上に、なかなか斬新なものであった。
「あなたにだけ癒しの魔法かけておくから」
「うわぁ」
 負けはせんだろうが痛そうだ。
「応援もしたげるから頑張れ」
「む、やる気がでてきた」
「…嘘つけ」
「さて、それはどうかな…まぁのんびりいってくるわ」
「か、かかってこぉぉぉい!!」
 魔法使いの悲壮な叫びが部屋に響く。
 そして、殴り合いが始まった。
 ぶんっ、がすっ
「ぐあっ」
 ぶんっ、どかっ
「ごふっ」
「おや?」
「うおぉぉぉお!!!」
 がばぁっ
 すっ
 どさぁっ
「…素晴らしい、体が勝手に避けてくれる」
「くそう、くそぉぉぅ」
「何よ、回復いらないじゃない」
「とりやぁ」
「がはっ」
「さて、ギブアップするか?」
「く、くそ…魔法さえ、魔法さえ使えれば…」
「…この距離で雷放ったら自分に感電しそうなもんだが」
「くそぉぉぉぉぉおお!!」
 そして、男は諦めた。
 
 数分後――。
 男は衣服を破かれ、その衣服で縛られ、そこらへんに転がされていた。
 黒い何かを包み込む型ができぬよう、手は指まで縛りあげるという念の入りようである。
 そして二人はそんな男を放置して、祭壇へと近づいていった。
 シリアが、祭壇に置いてあった箱を見つけた。
「やった、お宝発見!!」
 なんだか目がキラキラしている。
「…空だったりしてな」
「余計なこと言わない! 開けるわよー…」
 シリアが慎重に手を近づけ、箱に触れた。
 そして、箱の蓋をあげ…。
 ガチャリ
 鍵がかかっていたようだ。
「うあーーーーん!!」
「凹むな! そんなこともある!」
「う、うぅ、どきどきしたのが少し無駄になった気分…」
「シーフだろう、開けれ」
「う、うん、そうね…あ、あれ?」
「どうした?」
「……………道具、落とした」
 …さっき、水の中に落ちた時だろうか。
 シリアが、魔法使いの方を振り向いた。
 そして、魔法使いの方へ歩いて行った。
 ガスッ
「んぐぅ!?」
 蹴った。
 戻ってきた。
「…どうしよう」
「箱ごとかっぱらっていけばいいんじゃないか?」
「………うん、そうね」
 そういって、今度は箱を持ち上げる。
 すると、その時異変が起こった。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
 部屋が、揺れだした。
「…トラップにかかるなよシーフ!!」
「ち、違うわよ、トラップだって決まったわけじゃないでしょ!!」
「じゃあ何だというのですか貴様は!!」
「知らないわよ!!」
 勝手なことを言う。
 天井が、ぱらぱらと崩れる。
 いったい、何が起こっているのか。
 そして、揺れが止まる。
「………なんだったんだ」
「………どうやら本当にトラップじゃなかったみたいよ」
「そのこころは?」
「アレ」
 そう言って、シリアが奥の方の壁を指さした。
 そこにあったのは、更なる階段。
 先程まで、なかったはずのもの。
「更に、奥ね」
「…ま、これ持って引き返すわけにもいかないし」
「ああ、そうだな」
 
「「行きますか」」
 そうして、二人は新たに生まれた道を進んでいった。
「ん〜! んん〜〜!!」
 魔法使いを放置して。
*13  ▲
 
 階段を昇ると、部屋から届いていた光も届かなくなってきた。
 暗い階段。
 そこを、二人は進み続けた。
 もう、足元すら、お互いの位置すら見えはしない。
 そういった道が、延々と、延々と。
 そんな中、シリアがこんなことを言った。
「さて、そろそろ明かりつけますか」
「…あったのか」
 だったら何故つけなかったのか。
 下に気付かせないため、ということなのかもしれないが、どうせ魔法使いに登ってることをばらされそうな気がする。
「んー、あるっていうか」
「なんだ?」
「使うって感じね」
「…あぁ、なるほど」
 どうやら神聖魔法に、そういうのがあるらしい。
「神よ我等の行く道を照らしたまえ」
 コォォォォォ…
 光の球がハクロ達の前に浮かぶ。
 それは、さほど強い光ではなかった。
 それでも、ただ登るには十分な明るさ。
 そして二人は、先程より順調に階段を昇っていった。
「………神聖魔法ってさあ」
「何?」
「まっとうにシスターとかやってたらあまり使い道ないよな」
 たしかに、盾とか魔法封印とか、まるで戦えと言わんばかりである。
 そんなハクロの言葉に、シリアは苦笑しながら返す。
「………ま、癒しの魔法ぐらいは意味あるけどね」
「…なるほど」
「…まぁようするに」
「ん?」
 
「戦いに使うから『魔法』なんでしょ」
 
 ◆  ◆  ◆
 
 階段が途切れた。
 いや、正確には違う。
 そこには、天井があった。
 つまりは。
「行き止まり?」
「…今更? 洒落になってないわね」
 ハクロは、天井に近づき、触れてみた。
 そして、ふと気付く。
 何かが描かれている。
「何かあった?」
「模様がかかれてる」
「模様?」
 今度は、シリアが近づいてみる。
 そこに描かれていたのは、特徴的な模様。
 何かを示しているのだろうか?「…駄目ね、なんの模様だか」
「ふむ…おや?」
「どうかした?」
「そこの壁」
 ふと、シリアの立っている側の壁が目に入った。
 シリアも、そちらへと振り返る。
 そこにあったのは何か、レバーらしきもの。
「…どう思う?」
「トラップor道が開く」
『何も起こらない』という可能性もあるが、その二つの可能性が高いだろう。
「どうしたい?」
「動かしましょ」
「ま、そうだな、ここまで来て引き返す気は起きん」
「死んでも恨まないでね」
「神を恨もう」
「名案ね」
 そして、シリアはレバーを動かした。
 ズゴゴゴゴゴゴ………
 光が、差し込んできた。
 それは少し紅い光。
 夕日の、光…。
 天井が、開いていく………。
 そして二人は、階段を昇りきった。
 そこは…。
「………………」
「………………あ」
「なぁ、なんか、見覚えないか?」
「あ、あははははははっ、ある、見覚えある!」
「だよなぁ」
 そこは、二人が捕まった路地裏だった。
 ハクロは呆れ、シリアは笑った。
 なんという所に出るのか。
 …すると、何やら足音が聞こえてきた。
 それに気付き、二人はしばし黙る。
「…ねぇ、もし髭親父だったらどうする?」
「この階段に放り込もう」
「斬新な案ね」
「いい案だろう?」
 そして、二人の前に足音を出していた人が顔を出した。
 その顔は、ハクロにとっては見知った顔。
「あーっ!? い、いましたー! お兄さんこんなとこにいましたですーー!!?」
 エミルがそこにいた。
 どうやら、ハクロのことを探していたらしい。
 その後ろから、更に二人の男女が顔を出した。
「ハクロ…探した」
「…こんなところで、何をやっているんだ君は」
 ミズホとクレウ、なんだか、久々に顔を見た気がするハクロであった。
「ね、仲間ってこの人達?」
「そのとおり」
「ふーん…」
 『この人達を置き去りにしないために捕まったのねぇ』と言いたげな表情をするシリア。
 するとどうやら、エミル達もそんなシリアに気付いたようだった。
「えあ? そのお姉さんはだれです?」
「…二人とも、なんか濡れてる?」
「…本当に何をしていたんだ君は」
 疑問の顔、疑問の声。
 わかるはずもないが、状況がまるでわからないという顔をする三人。
 だが、コレを説明するのは少し長くなる。
 よって、ハクロはとりあえず後回しにすることにした。
「まぁそれは後で説明する。ひとまず宿に戻ろう、シリアも来い」
「ん、いいけどね」
「…お兄さんナンパでもしたです?」
 すると、妙な勘違いが巻き起こった。
 エミルよ、何故そんな発想を。
 それを聞いたせいか、ミズホもなんだか不安そうな表情である。
「…したの?」
「しとらんわ!!」
「…そう」
 真っ向から否定したおかげか、ミズホは信じてくれたようだ。
 だが、信じない男もいた。
「ふっ、君はそういう男だったのか」
「黙れ赤」
 わかりやすいことにクレウである。
 というかわざと言ってる感じもするが。
「…ほんと赤いわね…」
 そして今更クレウの赤さに反応するシリア。
 なんというかもう、『何コレ』というような表情で。
 話題は、赤い馬鹿の話に移行した。
「…君達、僕を色で認識しないでくれたまえ」
「うわ、一人称『僕』なんだ…」
 シリアは少々ひいている。
 クレウに対する遠慮はないようだ。
「その割にどこぞの村の出身だ」
 ハクロが余計なことを言った。
「何が悪い!?」
「…貴族ってわけでもないんだ」
「なんでこんな格好をしているのか俺も知らん」
「失敬な! 元々は僕の家は」
「没落したのか」
「没落したのね」
「なんだかかわいそうです」
「君達、勝手なことを!!」
「…うん、そうらしいよ」
「………………」
 ミズホがトドメをさした。
 素晴らしいタイミングであった。
「ナイスミズホ」
「そう?」
「おう」
「嬉しいな」
「そうか」
「うん」
 そしていきなりほのぼのする二人。
 それを見て、怪訝な顔をするシリア。
 シリアは、エミルに尋ねる。
「…ねぇ、この二人どういう関係?」
「んー、既婚ではないそうです」
「………………えーっと、恋人同士ってこと?」
「えあ、それは知らないです」
「……………………」
 わけがわからなかった。
 仲良さそうな二人を前に、首を傾げるシリア。
 聞く相手を間違ったことを、彼女は知らない。
 そして、立ち直ったらしいクレウが口を開いた。
「…ひとまず宿に戻るんじゃなかったのか君達」
「…おぉ、それもそうだ」
 その言葉に素直に頷き、ハクロ達は宿へと戻る。
 5人揃って、ぞろぞろと。
 騒がしく騒がしく。
 宿代が、一人分追加された。
*14  ▲
 
 ――自警団本部――
 
「――――――」
「――――――」
「―――では、魔法使いの処分についてはそのように」
「あぁ…他に報告は?」
「それでは、脱走した二人ですが、まず罪状を」
「言ってくれ」
「はい、街中に無造作にたてかけてあった剣を一本盗んだようです」
「………」
「そして、その剣は既に持ち主の元に帰っているようですね」
「…二人で一本か?」
「はい」
「終わりか?」
「以上です」
「…脱走の必要性がまるでないな」
「そのようで」
「釈放には、そいつらが置いていったこの剣だけで余分におつりがくる」
「はい」
「…となるとやはり奥にそれ以上の何かがあったか」
「しかし、トレジャーハント自体は罪ではありません」
「そのとおりだ、あそこは我々も知らなかったわけ場所だからな。…つまり問題は脱走したという点のみになる」
「ええ」
「…その過程において他の囚人の脱走の妨害、及び魔法使いの捕縛、か」
「どうしますか?」
「礼を言いたいくらいだ」
「そうですね」
「…まだ街にいるようなら探しだし、もう捕まる心配はないと言ってやれ」
「捜索期間は?」
「二日」
「了解しました」
 
「この剣…銀…銀の剣………銀…?」
 
 ◆  ◆  ◆
 
 5人が宿に戻り、しばしの時がたっていた。
 お互いの名を名乗りあった。
 そして、何をやっていたのかを3人に話した。
 その際、捕まった理由については、二人とも冤罪であるとごまかしつつ説明。
 おかげで、ハクロ達はエミルに悪レッテルを貼られずにすんでいた。
 そして今は、シリアの宝箱の開錠を待ち続けていた。
 部屋の隅では、椅子に座ったハクロとクレウが話している。
「ところで、そっちは何してたんだ」
「ふむ…エミル君については知らないが、ミズホさんは剣を購入していたよ」
「いい剣でもあったのか?」
 ハクロがそう問いかけると、何故かクレウは困ったような表情になった。
 一体どうしたというのだろうか? ハクロがそう疑問に思っていると、クレウがその答えを返してきた。
「安物を、10本程」
「何故に」
「…僕の剣対策らしいね、困ったことに」
「…なるほど」
 クレウの剣『色刀炎牙』。
 その刀身に触れた部位を一瞬にして焼き斬る長刀。
 これに対するならば、最低限自らの武器を失う覚悟が必要となる。
 そして今回のミズホの行動は、それに対応するための単純な策であった。
 つまりは『失っても良い剣を』。
「…つかまだおまえを斬る気なのかミズホ」
「…君に僕が斬りかかればね。全く、君はどこまで彼女の心を操る気だい?」
「操っとらんわい」
「ふん、そうでもなければミズホさんが僕を攻撃するはずがない」
 どこから来るのかこの自信。
 しかし、この言葉には少し違和感があった。
「…なんで操ってると仮定しておいて俺を倒そうとしないんだ?」
 それは、前々から思っていた疑問。
 そのような仮定がなかったにしても、クレウにとってハクロは邪魔な存在に違いない。
 それなのに、寝込みを襲うこともなく。
 更に、旅に同行までしているのだ。
 一体、どういう理由があるというのか…。
「…君が何をしようが、君は必要なのさ」
「どういうことだ?」
「そんなことはどうでもいい。だが、君が存在していることは…」
「?」
「………不快だね、言わないでおくとしよう」
「なんですか貴様は」
「ふん、気にするな。それよりも、開錠が終わったようだぞ」
 そう言われ、シリアの方に目線をやる。
 するとそこには、力強く拳を握って「っしゃー!!」と叫んでいるシリア。
 余程嬉しいらしかった。
「…見に行くか」
「ふっ、そうだね」
 そしてハクロ達は立ち上がり、箱を開けようとするシリア達の近くへと歩いていった。
 
 ◆  ◆  ◆
 
「よーしそれじゃ…開けるわよ」
「開けるのですー!」
「…うん」
 ガチャ
 空気を読まず、即行で箱を開くミズホ。
「なーっ!? あ、あんた、何するーってそんなことはいいっ!! な、中身は!!?」
「動転しすぎじゃないかシリア」
「うっさい! えーっとミズホだっけ!? 何が入ってたのかをさっさと言いなさい!!」
「…宝石」
「ど、どんな!?」
「…これ」
 そういって、ミズホは箱から取り出した。
 そして、それを皆に見えるように自分の手に乗せる。
 それは――
 ――拳大もある、巨大な蒼い宝石だった。
「でかっ!!?」
「お、大きいです!!」
「…ふぅ…これは凄いね…」
「あ、あうぅぅー………」
「いやまて泣くなシリア。嬉しいのはわかるが」
 なんだかぽろぽろ涙を流しながらハクロを見上げるシリア。
 喜びすぎである。
「…サファイア、かな?」
「ふむ…青い石って他に何があったっけ? ラピスラズリ?」
「鉱物の専門化ではないから、よくわからないね」
「でもラピスラズリだと金色の何かが混じってた気がするです」
「詳しいなエミル」
「ね、触っていい? 触っていいでしょ?」
 といっても半分はシリアの物なのだが。
 それ以前に、最も価値を知りたがってそうなシリアがこれでいいのだろうか? それはさておき、結局異論は出ず、ミズホはシリアにその宝石を手渡した。
 その時、ハクロはふと箱に目をやった。
 そして、あることに気付いたのだった。
「………なんかまだ何かあるぞ」
 そう言ってハクロは箱の底へと手を伸ばす。
 すると宝石に熱中していたシリアが、こちらを向いた。
「宝石!?」
 まだ欲しいらしい。
「いや紙」
「………なにそれ」
 なんと落差の激しい反応か。
「で、何か書いてあるのかね?」
「ん、あぁ…」
 クレウにそう言われ、ハクロは紙を開く。
「…何かの地図っぽいな」
 そこに書かれていたのは、非常に細かく書かれたどこかの地形。
 少しわかりづらく書かれているが、建物の内部だろうか? 地図の右下の端には、何かの紋様が書かれていた。
「ね、ねぇ、もしかして…宝の地図!?」
 大事そうに宝石を胸に抱えたシリアが尋ねてくる。
「かもしれん」
「宝箱の中に宝の地図です?」
「かもしれん」
 としか言いようがなかったハクロであった。
「…ふむ、どこの地図かのヒントのようなものは?」
「これはどうだ?」
 ハクロは地図の右下の紋様を指差した。
 皆がそれを覗きこむ。
「………ヒントにはなりそうです」
「…私は、わからないけど」
「悪いが僕もだ」
 どうやら、意味を知るのは難しそうである。
 つまり、探索に行くのは難しいということだ。
「うわー、ね、今度は何があるのかな?」
 だが見つけ出す気満々な人約一名。
 言うまでもなく、シリアである。
「…探す気か?」
「もちろんよ!」
「頑張れ」
「…あんたは探さないの?」
「一緒に来いと?」
「来ないの?」
「まぁかまわんが」
「構わないのか。この街に鍛えに来たのではなかったのか君は」
 クレウからツッコミが入る。
 それもそうだ、ハクロはこの街に剣技を修得しに来たのである。
 だが、この時すでにハクロは――
「留まれば多分普通に自警団に捕まるぞ」
 ――ほぼ脱走犯の身であった。
 自警団側に捕まえる気がないなどと知るよしもない。
「………ふぅ、仕方ないね」
「すまんな」
「次は皆で宝探しに行くんです?」
「そうなる」
「それじゃ、まずはどこに向かえばいいかよね」
「この紋様がヒント…とするとだ」
「…調べればいい」
「ミズホ正論。ではどこへ」
「調べるなら、適した場所が一つ浮かぶね」
「どこだ?」
 
「本の都ペイパル」
 次の目的地が、決まった。
*15  ▲
 
「…むらはっけーん」
「…発見」
「行ってみるです?」
「ていうか一泊しちゃいましょうよ」
「ふん、宿屋があればいいがね」
 本の都ペイパル。
 クレウが言うには、その街は内陸部にあり、辿りつくのは一苦労だとか。
 しかし、5人には特に他に行きたい場所はなかった。
 なら、せっかくだから意味のある所へ、と、ペイパルへ行くことを決意した。
 そして五人は今、その道程の途中で、一つの村を見つけたのだった。
 5人は、村の中へと入っていく。
「のどかな村ね…」
「良い事だ」
「まぁね」
 村に入っていくと、色んな人達の姿が見えた。
 洗濯をしている女性。
 その傍で手伝いをしている小さな子供。
 日影でゆったりと座っている老人。
 三人程で一匹の犬と一緒に遊んでいる子供達もいた。
「…ふっ、いい村だ…」
 そんなことを呟くクレウ。
 その表情は、少し羨ましそうにも見えた。
「おまえの村は?」
「ふむ、どう思う?」
「ほとんど見てないからわからん」
「それでいい」
 どういう意味なのか。
「…まぁいいや、とりあえず宿探すか」
「…ハクロ、聞きに行く?」
「そうだな…あそこの人でいいか」
 そして、ハクロ達はそこらにいたおばさんに宿屋はあるかと尋ねた。
 するとその人は、「おや、お客さんかい?」と笑顔で返してきた。
 なんでも、このおばさんが宿屋を経営しているそうだ。
「なんだかついてるです」とエミル。
 聞いた人が経営者で何か得するわけでもないのだが、本人が幸せ気分ならまぁいいんだろう。
 そして、久々の客なのか、色々話かけてくるおばさんと話しつつ、5人は宿屋へと辿りついた。
「どうぞくつろいでおくれ」
 宿の入り口は案外広く、四角いテーブルがいくつかと、それに合わせた数の椅子が置かれていた。
 それは4人用テーブルらしかったので、一人あぶれることになる。
 仕方ないので椅子をもってきて、5人目の席を用意した。
 そこで一息ついていると、おばさんはお茶を淹れてきてくれた。
「ご苦労さん、どこからきたんだい?」
「この街に来るまではアルフェイベルに泊まっていました」
「あ、敬語だ」
 シリアが余計な事に気付いた。
 それに対し、ハクロが少し苦笑いしつつ返す。
「初対面の目上相手には仕方なかろうが」
「あははっ、そんな気を使うことはないよ」
「すみませんね」
「やだねぇ、堂々としておくれ」
 おばさんは笑いながらそう言ってくれた。
 ハクロにとって、その言葉はありがたかった。
 自分の敬語は長続きしないからだ。
「ではお言葉に甘えて」
「まだ敬語ね」
「ええいうるさいそんな急に切り替えるのも難いのだ!!」
「…うちの村長との時はそうでもなかった」
「言うなミズホ」
 言われてみれば数分もしないうちに切り替えた記憶があった。
 目上といえばこのおばさんより目上だったのではなかろうか。
 …不思議なものである。
「ふっ、全く似合わないことを」
「おまえ試しに口調変えてみろクレウ」
「………」
「なんだか無理そうです…」
「エミル君、君に言われたくはない」
「えあっ、どういう意味です!?」
 確かに、なんだかとっても無理っぽそうであった。
 主に語尾の影響で。
「あはは、なんだか面白い子達だねぇ」
「その点には自信があるぜ!!」
「「そんな自信を持つんじゃない!!」」
「シリア&クレウ、かぶる」
「こんなのと、ひとくくりにしないでよ!!」
「酷いな君!?」
「すまないシリア、おまえにはすまないことをしてしまった」
「そっちかね!?」
「えあ〜…ん〜…」
 ふと…なんだか唸り声が聞こえてきた。
 そしてそちらを見ると、なんだかエミルが唸っていた。
「………で、何を悩んでいるエミル」
「…一度、口調を変えてみようかと思っただけです」
 …語尾は同じだったのだがなんだか違和感が凄くあった。
 なんだこれは。
「ふーん、どんな感じに」
「…と、言われましても。このような感じとしか言えません。つまる話、お兄さんを見習って敬語で話してみようかと」
「あえて言おう、誰だてめぇ」
 ハクロは、あまりに堂々とした口調に変わったエミルに捧げる言葉がこれしか浮かばなかった。
「えあ…それは酷いです。頑張ったんですよ?」
「…お願いだからやめて、なんだか頭痛がしてきた」
「…何者?」
「えあっ、なんだか不評です…」
「いや…僕は見直した、とも…」
「動揺を隠せていないぞクレウ」
「言うな」
 あまりにイメージの違うエミルの口調。
 それがメンバーに与えたダメージは素晴らしいものだった。
「…本当に楽しいねぇ、あんた達」
「それだけが取り得さ」
「何を言うかあんたは」
「………」
「どうしたんすか? 急に黙りこんで」
 ふと気付くと、おばさんは何かに迷うような顔をしていた。
 彼等の会話について何か言いたいのだろうか。
 確かにツッコミどころは満載なのだが。
「…いや、あのさ、一つ頼まれてくれないかい?」
 違ったらしい。
「とりあえず聞きますが?」
「いやね、少しの間でいいから――
 
 ――うちの娘と、話してくれないかい?」
 
 ◆  ◆  ◆
 
 そしてハクロ達は一つの部屋へ通された。
 そこはベッド以外にはあまり物が置かれていない、少し寂しい部屋。
 そのベッドの上には、少女が一人座っていた。
 歳は、10かそこらといったところか。
 どうやら、この子が例の娘らしい。
「…お母さん?」
 ハクロ達はすでにドアを開け、入室している。
 だが、少女はこちらを見ることなく、疑問の声をあげた。
 誰が中に入って来たのか、わからないのだ。
 彼女は――
「あぁ、お母さんだよリーア。でも他に五人もいるけどね」
「え?」
 目が、見えない。
「誰ですか?」
 リーアは、静かな子供だった。
 親に心配かけないために、我侭も言わないような。
「はっはっは、他人だ」
「は?」
 でも、
「…まぁ、誰かって名前言ってもわからないでしょうけどそれはないでしょあんた」
「私はエミルですー」
「…いえ、あの、だ、誰ですか?」
 動揺もすれば、困りもする。
「勇者と神に愛された娘と正義の味方だ」
「…」
 普通の子だった。
「…君な、正しいがそんな説明では理解できんよ」
「…どう言えと?」
「…む」
「…ここに来た理由を、言えばいい」
「正論ね」
「よし、では理由を言おうじゃないかリーア、俺達は――
 
 ――君を交えて騒ぎに来た」
 そんな、普通の子だった。
*16  ▲
 
「というわけでな、俺はあの子の目を見えるようにしてやりたい」
 宿の一室。
 その中で、ハクロはそのようなことを言った。
「そうは言うが君、何か手段を知っているのかね?」
「知らん」
「君な…」
「だから」
 呆れたような声を出すクレウを、ハクロの声が遮った。
「手伝って欲しい」
「…」
 沈黙。
 一切の冗談も含まれていない真剣なハクロの言葉。
 それに呼応し、他のメンバーも真剣に悩みだす。
「…問題は、目が見えなくなってから結構な時間がたっていることなのよ」
 おばさんが言うことには、二年程前にリーアは視力を失ったらしかった。
 原因は、魔物の毒。
 ある時彼女は魔物に襲われ、命は助かったものの、視力を失うことになってしまったらしい。
「これだけ時間がたつと、視力を失っているのが普通の状態になる。つまり神聖魔法による治癒は通じないわ」
 治癒は可能だった。
 しかしそれは叶わなかった。
 医療の知識を多少持つ者はいても、その場に神聖魔法を使える者はいなかった。
 辺境の村であるために、神聖魔法という発想すらなかった。
 そして大きな街に出向いてみることもなく、命が救われたのち、自然治癒に任せた結果こうなってしまったのだ。
「もう体に毒は残っていないと思う。でもその目は見ることをやめてしまってるの」
「傷を塞ぐ。体に害をなす毒等を消す。しかし体を健全な状態に戻すわけではない。神聖魔法とはそのようなものなのだよ」
「そうか…」
 どうやら、神の力も万能ではないらしい。
 シリアが言うことには、神から力を借り受けるのが神聖魔法らしいのだが。
「…じゃ…薬?」
 ミズホが意見を出してきた。
「…あるのか?目の治療に効くような薬」
「失った視力を取り戻す程強力なのは…聞いたことないわね」
「僕も知らないな、そんな薬は」
 シリアとクレウは知らないという。
 やはり、そんな都合のいい薬は存在しないのだろうか。
「…目の治療に限定しなければ、存在はするですよ?」
 先ほどから黙り込んでいたエミルが、そんなことを言った。
 皆一様にエミルの方を振り向く。
「本当かエミル!!」
 つい、大声が出てしまった。
「え、えあ!? ほ、本当です…」
「あ、驚かせたか、すまん」
「…エミル君…」
 クレウが、深刻な声を出した。
 その顔に浮かぶのは、複雑な表情。
「まさか君は…エリクシールのことを言っているのかね?」
「エリ…?」
 それは、なんだったろうか。
 ハクロは、自分の中のゲーム知識をひっぱり出す。
 そして浮かんだのは、万能の薬であるということ。
「ああ、なるほど」
「なるほどではない!!」
 クレウが大声をあげた。
「エリクシールをなんだと思っているのだ君達は! あのような希少な薬、致死性の病以外に使って良いと思っているのか!!」
「たかが目の治療に…ってことね」
 それは、もっともな言葉だった。
 リーアは、視力を失ったからといって死ぬことはないだろう。
 視力がないからといって、この先幸福に暮らせぬわけではないのだろう。
 ひとつの命を救える薬を、そのような者のために使う。
 それは、許されるのだろうか。
 そんなことは、ハクロは知らない。
 …だからこそ。
「使いたい」
「なっ…」
「俺はな、この世界の倫理感なんざ知らん」
「この世界?」
 シリアが、ハクロの言葉に疑問を感じた。
 だが、ハクロは気にせず言葉を続ける。
「あっちの世界ではどうだったんだろうな?まぁ、考えても無駄だろう。おそらくあっちでは金持ちが独占して、金持ちのためだけに使われる」
 それが希少であれば希少であるほど、そんなものが、金を持たない者に回ることはないだろう。
「で、こっちではどうかなんざ、俺は知らん」
「…では、僕が教えてやろう」
「俺はっ!!」
 ハクロがクレウの言葉を遮る。
 自らの決心を、揺るがさないために。
「あの子に、使いたい」
 そして、言い切った。
「…」
 再び、沈黙が訪れた。
 心中で、自らの感情と現状を整理し、自分なりの結論を導こうとしている。
 最初に結論を出したのは、ミズホだった。
「私は…ハクロの味方」
 盲目的な答えではなく、よく考えた末での結論だった。
 その結論が、自分はハクロについていくということだっただけ。
「…ま、シーフが倫理感なんて持ち出してもね」
 それは、自らの感情に従うということ。
 ハクロに対して微笑みかけたことから、彼女も、リーアを救いたいと思ったのだろう。
「くっ、勇者とはこういうものなのかね…」
 苦笑いしつつ、クレウは両手をあげて降参の意を示す。
 どうせ、捻じ曲げることはできないと感じたから。
 
 そして、エミルは――
 
「これは…正義なのです?」
 
 ――答えを、出せずにいた。
 
 
◆  ◆  ◆
 
 
 自らの感情に従うこと。
 そこに正義はあるのだろうかと、エミルは疑問に感じてしまった。
 クレウの言ったこと。
 倫理上、理屈の上では、この行為に正義はないのだろう。
 感情の上、リーアの視力を、どんな手段を用いても治したいと思うことは、正義のはずだ。
 感情の上、ひとつの命を捨てることは、悪に値するのではないだろうか。
 『正義じゃ、ないかもしれないな』
 あのあと、ハクロはエミルにそう告げた。
 ハクロ自身に認められてしまった、その不安定性。
 彼女は、正義にあこがれていた。
 正義のために生きようと、心に決めていた。
 悪を認めないと、心に決めていた。
 わからなくなる。
 これが、間違いなく正義だと思うことができれば、すぐにでは彼女は動いただろう。
 動くことはできた。
 
 スッ…
 
 懐から、エミルは手のひらに収まる大きさの小瓶を取り出した。
 持っていた。
 彼女は持っていた。
 エリクシールを。
 希少といわれ、全ての病から人を救うことのできる万能の霊薬を。
 その1瓶だけ。
 救うことができる。
 救うことができるのに救わないことは、悪に値するのではないだろうか。
 
 彼女は、悩んでいた。
 
 
◆  ◆  ◆
 
 
「予想外だったわね」
「まぁな」
「うん…」
 エミルが賛同しなかったこと。
 それは、彼らにとって意外なことだった。
 長い付き合いではない。
 故に、彼らはどこか見誤っていたらしい。
 感情のままに正義を叫び、行動する。
 それが彼女の行動原理だと考えていた。
 間違いではないのだろう。
 彼女は今、『悪であるかもしれない』ことに苦しんでいるのだから。
「彼女、エリクシールを持っていたぞ」
 様子を見に行ってきたらしきクレウが、帰ってきた。
「マジか?」
「ああ、確かエリクシールはあんな色合いだったと記憶している。というかこの状況で取り出して眺める薬なんてエリクシール以外にあるものかね?」
「おまえならやるんじゃね?」
「やるものか!!」
 茶化してみたが、状況はさらに悩ましいものになった。
 こうなると、行動してみてから改めて考える、というわけにはいかないからだ。
「…ハクロ、どうするの?」
「…どうすっかねぇ」
「私は任せるわ、新参が口出せることでもないし」
 そう言いながらも、彼女にも悩んでいる表情が伺えた。
 突き放しながらも見捨てられないような、そんな性格なのだろう。
 三度、沈黙が訪れた…。
 
「君、僕に一つ許可をよこせ」
「あ?」
 
 
 
◆  ◆  ◆
 
 
 
「「ありがとうございました!!」」
 
 宿屋を出ると、おばさんとリーアが見送ってくれていた。
 おばさんの隣で、リーアははっきりとこちらを見て。
「…で、なんだ」
 苦笑しながら、ハクロはぽりぽりと頭をかく。
「どうっすかね、あいつら」
 先を見れば、エミルとクレウが言い争いながら歩いている。
 エミルは『なんてことするんですか』などと言いながら、クレウは『仕方がないだろう』などと言いながら。
「好きにさせたらいいんでないの?」
「…私もそう思う」
「…しかし若干の罪悪感が」
「許可与えたのあんただもんねぇ」
 昨晩起こったことを、簡潔に言い表すとこうなる。
 クレウがエミルから薬を奪ってリーアに与えた。
 その許可を与えたのは、ハクロだった。
「結論を出させない。まぁ、そんな手もありだわな」
「うん…これでよかったのかも…」
「正義でも悪でもないもんねぇ、奪われたんだから」
 ある意味、正義が悪に敗れた図ではあるのだが、それは仲間内で起こったこと。
 いつかは許すこともできるだろう。
 
「またきてねーっ!!」
 
 リーアの、元気な声が後ろから響く。
 その声にエミルは振り返り。
 
 一瞬ためらったのち、満面の笑顔で手を振った。
 

 ▲    メニューへ戻る