勇者様放浪記 シロクロ    一頁目    二頁目    三頁目    メニューへ戻る
一言で言えば「素敵な人」であるアルセリア様のオリジナル小説です。
キャラクター達の魅力にすっかりハマってしまいました。
良い物に出会えて大変嬉しく思います。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス

文・絵/アルセリア様
*1*2*3*4*5*6*7*8
*1  ▲
 
「ああ、ああ、そうなんだね、あなたが」
 その女性はなんだか頷いていた。
 しきりにハクロの目の前で頷いていた。
 この青髪の女性は、ハクロの頭を見て、そしていきなり頷きだしたのだ。
 ……頭、髪か? と、ハクロはふと思った。
 そしてハクロはなんとなく、自分の白と黒の入り混じった髪に手を触れる。
 産まれた時から白黒入り混じっていた自分の髪。
 コレのせいで周囲から変な目で見られることが、今までにも多々あった。
『おまえ、苦労してるんだな』と年齢の割に、やたらしらがが多いというような勘違いも多かったが。
 だがハクロは思う。真剣に思うのだ。
 
 青て。
 
 とりあえず自分の国ではこんな無茶な色に髪を染めている奴は無茶な馬鹿だけだったような。
 まぁ目の前の女性の顔は若干外人っぽいのだが、青髪の外人などハクロは知らなかった。
 目の色も青だが、それはカラーコンタクトかもしれないのでおいておく。
 さらにハクロは、『17歳前後かな? 』と、外人の年齢を顔で判断する技能はないが、想像してみた。
 なるほど、17。無茶しても多少おかしくない気がしないでもない年齢だ。自分ならこんな無茶はしないが。
 ちなみに、そう考えるハクロの年齢は19であった。
 ハクロは目線を少しずらしてみた。
 するとこの女性、一振りの剣を腰に差していた。
 なんたるファンタジック。
 寝ている間にコスプレ会場にでも運びだされたのだろうか。
 そしてこの時点でハクロはようやく気付く。
 
 ここ、どこだよ、と。
 
 上を見る。石の天井。下を見てみる。変な模様がかかれた石。右横を見てみる。石の柱がずらり、奥深いのか壁は見えない。左横を見てみる、似た感じ。前を見てみる。青い髪。
 あぁ、違う、コレ多分、コスプレ会場違う。
 部屋までファンタジック。
 なんのどっきりだこんちくしょう。
 さぞかし面白い映像が撮れるだろうよこんちくしょう。
 ノーリアクションを貫き通してやろうかこんちくしょう。
 ハクロの思考がそんな感じに埋まっていく。
 そしてそんな折、頷いていた青い女性が話しかけてきた。
 
「はじめまして、勇者様」
 
 いきなり電波を飛ばされた気分であった。
「私はミズホ」
 それを聞き、外人ではないのかもしれないとハクロはふと思った。
 だが。
「ミズホ・ウィテアエイシア」
 さて問題、この女は外人なのか電波なのか。
 なんだか大層な名前であった。
「あなたの妻」
「誰かと結婚した覚えが一欠片もございませんでございますが」
 ハクロはついつい敬語(?)になった。
「することになる」
 なるらしい。
 ハクロは考える。
 あれか、運命とか宿命とか『私は未来からやってきました』とかそんな感じか、と、やや現実逃避ぎみに考える。
 そしてハクロは尋ねた。
「何故に?」
 そして、彼女は答えたのだ。
「義務」
 義務と。
 そして…ハクロは、義務で結婚することとなった。
 なんか、青い女と。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 数分後、ハクロはミズホと名乗ったなんか青いのとやはりコスプレ会場ではないらしいよくわからない場所の出口へと歩いていた。
 そしてその道中、心底スルーしてしまいたかったがハクロは一つのことをミズホに尋ねることにした。
 
「俺、なんでこんなところにいるんだ?」
「あなたは召喚された」
 なんたるファンタジック(二回目)。
 この女の言う事を馬鹿正直に信じるなら、ハクロはこのなんだかよくわからない所に召喚されたらしい。
「で、勇者と」
「そう」
 なんだこの王道。
 びっくりな事にハクロは異世界召喚物勇者の主人公的存在に本人の意思と全く無関係に選ばれたらしかった。
 実にやめて欲しいとハクロは思う。
 ハクロもRPGはたまにやるが、自分が召喚されて命の危険を感じる目に会うのは誰だって御免である。
「帰りてぇ…」
 ハクロは素で呟いた。
「………」
 すると何やら、ミズホが歩くのを止めた。
「どうした? …って聞くのもアホらしいな。やっぱり俺が帰るとまずいんだな。でも帰りたいんですよ」
 ハクロが複雑そうな表情で呟く。
 すると、ミズホは語りだした。
「私は、あなたの妻になる」
「…そんなことを言ってましたな」
「それは帰さないため」
「…は?」
「…あなたが帰ろうとする意思を、少しでも止めるのが私の役目」
 ハクロはそのミズホの言葉の意味について考え。
「つまり、結婚させちまえば、帰るのもためらうだろう、と?」
 正答だったらしく、ミズホはこくりと頷いた。
 なるほど、結構無茶な発想な気がするがある意味有効なのかもな、と、ハクロは他人事のように思った。
 そしてミズホは続ける。
「あなたと結婚することは、産まれた時から課せられた私の義務だった。」
 つまり、出合った時に言った義務とは、彼女への物だったのだ。
「俺の義務ではなかったわけだ」
「…あなたに義務を課す権利が、私達にはない」
「…そりゃそうだな」
「…でも私達は、あなたに勇者になってもらわなければならない」
「…そうか」
 何故ミズホがそのことをハクロに話すのかはわからない。
 事前の協議でこのことは決められていたのか、それともミズホの独断なのか。
 だが、彼女達がハクロをこの世界に繋ぎとめようとしているのはわかった。
「俺じゃなきゃ駄目なのか?」
「…そう」
「理由は?」
「…知らない、でも駄目らしい」
「…そうか」
 ミズホもどっかの偉いさんにそのことを告げられただけなのだろう。
 ミズホはさっき、産まれた時からの義務だと言った。
 ならば子供の頃から、ずっと、ただ告げられてきたのだろう。
 召喚される『ハクロという者』と結婚するということを。
 そして、ハクロは召喚され、ミズホはハクロに言ったのだ。
「私は、あなたの妻になる」
「……」
「私を、あなたの妻にして欲しい」
 ハクロを縛る権利など、ここにはない。
 だから、この青い女性は命令でなく頼むのだ。
 妻にして欲しい、と。
 そしてハクロは、あることを思っていた。
 
『うわぁ、俺求婚されてる』
 
 実の所ハクロには誰かと付き合った経験すらなかった。
 それがいきなり求婚である。
 なんかよくわからん要素が重なりあっているが求婚なのである。
 ほぼ初対面の女の子にいきなり求婚。
 かなりありえないことである。
 つまる話、冷静になれるわけもなく。
 気付けばハクロは、即答してしまっていた。
「え、あ、うん」
 はっ、と気付けばあとの祭。
 そのハクロの返答はしょぼかったのだが。
 ミズホはその言葉に初めて笑みを見せ、ハクロに一言告げた。
「ありがとう」
 その時点で、ハクロは初めてミズホの髪でなく顔を直視したわけだが。
 …不覚にもどきりとしてしまい。
 ……訂正のタイミングなどどこか遠くの世界にいってしまったのであった。
 
 
 そして、この日よりハクロの妙な人生がはじまった。
 

ハクロ
*2  ▲
 
 気恥ずかしい事態から更に2、3分たち、ハクロ達二人は再び出口へと歩きだしていた。
 この世界のことを話すわけでもなく、お互いについて話すわけでもなく。
 遅すぎず、速すぎず、お互いの歩くペースに合わせながら二人はのんびりと歩いていた。
 そんな時、ハクロはふとあることに気付いた。
「あー、そういやさ」
「何? 勇者様」
「うん、そう、それ、それがやや気になる!」
 ずびしっ、とハクロはミズホを指差しながら指摘した。
 対してミズホはなんのことかよくわからなかったのかその細い首を少し傾げている。
 そのことに気付きハクロは続ける。
「いや、呼び名がな」
「呼び名?」
 まだピンとこないらしい。
「……や、勇者様って呼んでるだろ?」
「私があなたを」
「うんそう、そうなんだがそれは別にわざわざ言うことでもないかもしれない」
 それもそうである。
「ごめんなさい」
「何故謝りますかなミズホさんや」
「……」
 ミズホは困った顔をした。
「…いや、理由を説明しようとしなくてもいいから」
「…そう」
「……」
「……」
 気付けば話はそれていた。
「よし話を戻そう」
 そしてやや強引に話を持っていくハクロであった。
「その勇者様という呼び名なんだがな」
「…うん」
「やめてくださりやがりなさい」
「どうして?」
 ここでハクロは考えた。
 どういう説明が彼女を納得させられるのか。
『夫を役職で呼ぶのはおかしいだろう』恥ずい、これは恥ずい。
 第一ハクロとしてはまだ結婚だけは避けておきたいのだ。
 そのための策も少しはすでに考えてあった。
『俺は勇者なんかじゃない』
 多分否定されて終わるので却下。
『名前で呼んで欲しい』
 第一案よりある意味恥ずかしいのではなかろうかコレは。
 …そしてそんな感じでハクロはごちゃごちゃ考え、一つの理由を挙げた。
「見知らぬ街で勇者と呼ばれてる男がうろついてたら凄い変な目で見られそうだからだ」
「…そうかな?」
「そうなので名前で呼んでください」
「…うん」
 結局無理やり説得するハクロであった。
 納得しきったわけではなさそうだが、ミズホは素直にもその言葉に従う。
「…ハクロ様」
 ――『様』かー……。
「…様ってつけなくていいから」
 自分の名前に様を付けられるのは、微妙に気恥ずかしかったのか更に訂正を要求するハクロ。
 そしてミズホはその言葉にも素直に従った。
 その結果。
「…じゃあ、ハクロ? ハクロでいいのかな? ハクロ」
「連呼を、連呼をしないで!」
 自分から誘導したものの、ハクロは女の子に呼び捨てで連呼されて物凄く恥ずかしくなってきた。
 耐性がないんだから仕方ない。
「…これも駄目?」
「いや呼び名はそれでいいんですがね、ですがね」
「うん、わかった、ハクロって呼ぶね」
「…うい」
 そしてそんなこんなで呼び名は訂正され――
 
 ――気付けば出口についていた。
 
 ◆  ◆  ◆
 
「残念ですが俺の国では20歳未満は親の承諾なしでは結婚できないのですよ!」
「な、なんですと!」
 更に数分後、ハクロは召喚者達が暮らす村の村長と話していた。
 相手が村長なので一応敬語で。
 ちなみにミズホは二人の会話を黙って聞いている。
 村長と話を始める前に『俺が何を言おうと口をはさまないように』とハクロが指示を出したからだ。
 物凄く何か言いたそうな顔でハクロを見ているが。
「召喚タイミングを五ヶ月誤りましたね、そうすれば20だったのに」
「うぅ、し、しかしこちらも伝承で今日この日召喚することが定められておりまして」
「それでは間抜けな預言者を恨みなさい」
「………いえ、婚姻に関しては伝承にのっとった物ではございませんので」
 村長は困った顔をしながら答えを返す。
 どうでもいいことであるが、同じ困った顔でもミズホのようなかわいげがあるわけでもなくハクロは何も感じなかった。
 本当にどうでもいいことである。
 と、ここでハクロはふと気付いた。
「…伝承、ということは俺が産まれる前から俺の名前を知って…ごめん、敬語諦めます」
「…実はこちらと向こうの時間軸にはズレがございまして」
「…俺が帰ったら浦島現象起こってないだろうなそれ」
 もし起こっているならとっとと帰らねば本気でやばい。
「浦島現象?」
 通じなかった。通じるわけがない。
「一ヵ月後に向こうの世界に帰ったら十年たってたみたいなことにはならんだろうなと言っている」
「あぁ、その点は安心でございますぞ。むしろ真逆、こちらで20年がすぎたあたりでようやく1年が過ぎるそうなのです」
「『そう』って又聞きなのか」
「…伝承で伝えられている情報ですので」
 どこまで信用できるかが微妙なところだ。
「…ついでに聞いておこう、俺はこの世界で何をすればいいんだ?」
 魔王とかでもいるんだろうか? とハクロは想像する。
 だとしたらどうだろう、この世界の人が束になっても適わない何者かに単独特攻を仕掛けて勝てとかそういう感じなのだろうか。
 もしそうならば断ろうとハクロは心に誓っていた。
 だが、その返答は予想をはるかに逸脱するもので…。
「わかりません」
「いやっほーい」
 ハクロは混乱している。
「今世界では各地で魔物が発生し…」
「よーしわかった、人々は魔物達に苦しめられ、圧制に苦しんでたりするからどうすればいいかよくわからんがどうにかしてくれ勇者様ということだな? 無理です」
「いえ、あなたならどうにかできます」
 とりあえず内容はあってるようだ。
「根拠のない断言をありがとう、無理です」
「しかし伝承では…」
「その伝承作ったのは神か何かかこんちくしょう」
「神です」
「なんてこったい」
 どうやらこの世界には神もいるらしい。
「神にはどうにかできんのかその現状」
「…わかりません、その言葉だけを神はお伝えに…」
 なんて奴だ。
 やはり神は傍観を決め込むものなのだろうか。
「そこで、あなたには世界を旅していただきたい」
「………で、解決策を探せと」
「…そうなります」
 なんともアバウトなことになってきたなぁ、とハクロは思った。
 だがこれならば、危ない所に飛び込みさえしなければ命の危険は少ないのでは、という気もしていた。
 そしてふと思うことがあった。
「で、結婚させるつもりだったらしいが、ミズホはどうするんだ?」
「その子は剣士としての腕も一流、あなたの旅の助けになるでしょう」
 つまりついて来るのな。
「…了解、とりあえず旅はしてみよう」
「おぉっ、それは真ですか!」
「…救えなくても知らんぞ」
「あなたならばきっと世界を救えます!」
「…祈っとけ、旅の準備は任せるぞ」
「了解しました」
「うい。ミズホー、とりあえず部屋でるぞー」
 そういってハクロは立ち上がり、ハクロとミズホは村長の部屋を出た。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 そのまま二人は、今日泊まることになる家へと向かっていた。
 そしてその道中、ミズホはハクロに声をかけた。
 
「…あなたは私を妻にしてくれると言った」
 
 それは法を盾に結婚を回避したハクロに対する言葉。
 責めるわけでなく、ただ少し悲しそうに言葉を紡ぐミズホ。
 そしてそれに対して、ハクロは一言だけ返した。
 
「五ヵ月後な」
 
 ミズホの方を見ず、頭をかきながらその言葉を言ったハクロの姿は少し照れているように見えて…。
 その姿は、その言葉がごまかしとかではないということで…。
 そのことにミズホは気付き、嬉しそうな顔で返事をした。
 
「…はいっ」
 
 前を見ているハクロにはその顔は見えていなかったけれど。
 けれどその声を聞いてハクロは、伝わっちまったか、と、少しだけ笑みを浮かべた。
*3  ▲
 
 その少女には生まれた時から親に決められた婚約者がいた。
 言ってみれば、よく聞く展開である。
 そして大抵の場合、程度の差こそあれその少女は自分の境遇を理解し、従おうとしているのだ。
 そして大抵…いるのだ、それに勝手に納得していない昔馴染みが。
 つまる話、ミズホにもソレがいて。
 たった今、ハクロに襲いかかっていた。
「勇者覚悟ぉぉぉおおおおお!!」
「うおぉぉっ!?」
 シュン! シュ、シュン! シュン!!
 ハクロは連続で襲いかかる白刃を全て体捌きのみで回避する。
 そしてそれに対し顔に驚愕を浮かべ、そいつは一言呟いた。
「くっ、今のをかわすか、流石は勇者」
 そしてハクロも呟いた。
「凄ぇ、なんで避けれてるんだ俺…」
 ある意味当然の疑問であった。
 なんか世界から勇者補正とかそういうよくわからん力がかかったんだろうか。
 ついでにこいつ誰なのさとハクロは考える。
 そして考えても結論でるわけないなとハクロはすぐさま考えなおし、ミズホに後者を尋ねてみることにした。
「おい、ミズホ………さんや」
 そしたらなんだかミズホが剣を抜いていた。
「…何? ハクロ」
「何故剣を抜いてらっしゃいますか」
「こいつを斬る」
 あぁ、多分こいつが俺に斬りかかったからなんだろうなぁ…とハクロは想像する。
 おそらくその想像で正解である。
「簡潔な説明をありがとう、こいつ誰?」
 これはかなり気になるところだ。
 もし同じ村の住人ならミズホも知っているだろうとハクロは予想した。
 そしてその質問にミズホが答えを返す。
「……………赤い人」
 なるほど、確かに髪が赤い。
 なんともカラフルな髪が多い世界である。
 そしてその赤いのは…なんだか叫んでいた。
「ミズホさん! そこをどいてください! 今すぐ僕がその男を倒しますから!」
「で、あの赤い勘違いは知り合いなのか?」
「…知ってはいる」
 なんだか大体どういう奴か、ハクロには予測ができてきた。
「名前は?」
「…長い」
「おーい名前忘れられてんぞおまえー」
「馬鹿を言うな! そんなはずはない!!」
「とりあえずもう一回名乗っておいたらどうだ?」
「そんな必要はない!」
 そんな調子だから忘れられたという可能性は高い。
 それにしても結構な自信家である。
 問題はミズホがアレを斬るのをどう止めるかだな、と、他にも問題はありそうだがそこはスルーしてハクロは考えた。
 そしてハクロは、ミズホよりアレを説得した方がなんだか『面白そうだ』と結論づけた。
 まぁミズホを説得したら一言二言でどうにかなりそうではあるのだが、その結論をもとにハクロは赤いのに話かける。
「で、そこのミズホがこの俺と嫌々結婚させられようとしていると勘違いしている赤い村人Aよ!」
「………何故わかっ、いやまて! 勘違いなどではないぞ!」
「結婚は延期された!」
「何!? 本当か!!? …いやまて! 撤回だ! 結婚を取りやめないと僕は納得しないぞ!」
 なんてわかりやすい奴なんだろう。
「まぁとりあえず今日の所はこの辺で譲歩して帰ってくれないか?」
「む…いや、それは…」
「俺達に、いや、ミズホに、あなたの広い心を見せてやってくれ!」
「…ふっ、そうだな、いいだろう! ミズホさん、それではまた明日にでも会いましょう!」
 そして赤い馬鹿は去って行った。
 正直ハクロはここまで簡単にいくとは思っていなかったのだが、こうして馬鹿は斬られずにすんだわけである。
 そのことにハクロは満足し、うんうんと馬鹿が去るのを見送り…一言ミズホに告げた。
「今日の深夜旅立とう」
「…うん、わかった」
 正に即決であった。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 そして深夜、長老宅。
「では、用意させていただいた荷物の説明をいたします」
 あのあと無理言って急いで荷造りをしてもらい(実際動いたのは村人)、今その内容の説明をしてもらうところであった。
 そして最初に、長老は銀色に輝く剣を持ち出した。
「まずは、こちら…我が村の最高級品、銀の剣でございます」
 なるほど、銀色に輝くはずである。
「おぉ凄ぇ…あ、でも別に村に伝わっている剣とかではないんだな」
「村を守護する剣と呼ばれている剣があるにはあるのですが…おそらくそのような古い剣は、すぐ壊れるのではないかと思いまして」
 妙に現実味溢れる話である。
「そしてこちらが皮の鎧」
 落差が激しい。
「………皮か」
「金属製の鎧もありますが…重いですぞ?」
「気遣いありがとう、でもなんだか悲しいね」
 まぁ確かに最近まで平和に暮らしてきた人間が着ると辛いものがあるのだろう。
 ハクロはそんなことを思いつつとりあえず皮鎧を着てみる。
 着心地は悪くなかった。
「そしてこちらが路銀、念のため袋を二つに分けておきました」
 気遣い名人かこの村長。
「あと、こちらの大きな鞄の中身ですが、毛布、調理用のナイフ、水筒、手鍋なども」
 やはり背負って旅立つのだろうかこの鞄。
「さらにこの鞄の中には薬草類を煎じ、液体状にして置きましたポーションと毒消し薬がございます」
「…飲めば効くのか?」
「ある程度の傷ならばポーションを飲めば塞がります」
 素晴らしきファンタジックアイテムである。
「とりあえず用意したのはこれだけでございますが…何か他に必要なものはございますかな?」
「いや…多分十分、ありがとう」
 実際の話、どれだけ何があれば十分なのかハクロにはほとんどわかっていなかったのだが。
 まぁ、乗り物なしの旅になど出ようとした事もないのだから当然の事ではあった。
「しかし…何故このような時間に?」
「………面白い出会いがあってなぁ」
 そいつから逃げるためにこのような時間に出るわけだが。
「ふむ…そうですか。なんにせよ、旅の無事を祈りますぞ」
「おう、行ってくるわ」
 そしてハクロは荷物を持ち、村長に一礼して部屋を出た。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 ハクロは村長の家を出た。
 まださほど寒い季節ではなかったが、夜のためだろうか、ハクロの体が少し震える。
 そしてハクロが前を見ると、そこにはミズホが一人、静かに立っていた。
「おーい」
 ハクロが声をかける。
 するとミズホはハクロが来たことに気付き、少し嬉しそうに微笑んだ。
「…ハクロ」
「おう、ハクロ様だぞ」
「…やっぱり、様って付けた方がいい?」
「付けんでいい、単なる冗談だから付けんでいい」
 あまり意味のない冗談は言わない方がいいかもしれない、と、ハクロは少し思った。
「ま、とりあえず行くか」
「ん」
 そして二人は、村の出口へと歩きはじめた。
 するとハクロが、なんとなく呟いた。
「にしても少し冷えるな…」
「うん、夜だから…」
 そう言うミズホの服装は、鎧を除いたとしてもハクロの着ているものより薄着に思えた。
「…村長の家一緒に入ればよかったのに」
「…うん、そうかもしれないね。でも、大丈夫だから」
 ミズホはそう言うが、ハクロの目には少し寒そうに見えて…。
「…ほう、大丈夫か」
「うん」
 その言葉には嘘はなさそうに見えて…。
 それでもなんとなく気になって…。
「………そうかそうか」
「………何?」
「………………」
「………………?」
「…寒いなら多少くっついて歩くぐらい許可してやろうと思ったのだがな」
「っ!?」
 気付けば、とんだことをのたまっていた。
 言ってしまった後、なんだか少し顔が熱くなってきた自分に気付く。
 あー、何言ってんだ俺と自問するハクロ。
 暗いおかげで、そのことには気付かれずにすんだようではあったけれど。
「あ…」
「……どうした?」
「…寒い、かも」
「……ん、そうか」
 それだけの会話をしたあと、二人は歩きながら、少しづつ、少しづつ近づいていって。
 いつしか二人は、寄り添いながら歩いていて。
 ぴったりくっついたりすることはなかったけれど、お互いの手は結ばれていて。
 それだけでなんだか、暖かさを感じることができて。
 そうして二人は、村の外へと旅立って行った。
 月明かりの下で…。
 

ミズホ
*4  ▲
 
 深夜の月の下。
 そこには、街へと繋がる道があった。
 ハクロとミズホ…村を出た二人はその道を歩いていた。
 少し退屈なぐらい、ただ歩き、ただ歩く。
 そして歩き続けていたそんな折のこと…。
「ええい、なんだこの俺達を囲むナマモノ勢は、ゴブリンかなにかか!」
「うん、ゴブリンだよ」
「ゴブリンか!」
 …なんか、ゴブリンに囲まれた。
 しかも結構な数に。
「何故いきなりこんな目に!」
 二時間は歩いていたので大していきなりというわけでもなかったのだが。
「…夜は魔物が活発化」
「しまった、王道か!」
 確かに予測しようと思えばできたことであった。
 彼ならば。
 というか何故村長は忠告ぐらいしなかったのか。
 ハクロは少し村長を恨みたくなった。
 …が、どちらにせよ村を出ていた気もした。
 恨むべきは赤い馬鹿か。
「ちっ、仕方ないか…」
 そう呟き、ハクロは銀の剣を抜く。
「………」
 次にとりあえず地面に突き刺しておいて荷物をおろし。
「よし、準備完了」
 剣をまた抜いて構えた。
 …ら、ゴブリンが襲いかかってきていた、当然である。
「うぉう!!?」
 ブンッ
 しゃがんで避けると同時に棍棒が頭の上を通りすぎる。
 するとほぼ同時に剣が頭の上を通り過ぎていった。
 ザシュッ
 そしたらゴブリンの頭が降ってきた。
 正直怖すぎた。
「おぉぉうあぁぁああ!? なんかゴブの頭部が俺の肩にごつりと! 生首ガー!!」
 ハクロ錯乱。
「…ごめんなさい」
「斬ったのおまえか! 援護攻撃ありがとう! 次きてるからそっちいこう!」
 そして即行で気を取りなおす。
 なかなかに早い。
 そうしてハクロはようやく戦闘態勢に入った。
 すると、今度はゴブリンが二体同時に襲いかかってきているのが見えた。
『さっきそんなことをしないでくれてありがとう』とハクロは心の中で呟きつつ、動きは見えていたので回避しておく。
 難なく回避に成功。
 戦闘経験どころか、喧嘩経験すらほとんどない割にさらりとこんな事ができるあたり、やはり勇者補正がかかっているのだろうか。
 そんな事を頭の端で考えつつ、ハクロは別の事に悩んでいた。
「…うん、回避しつつ攻撃ってどうやるんだろう」
 素人万歳。
『ターン制だったらいいのになぁ』と無茶な事を考えつつ、ハクロはとりあえず回避を続ける。
 そうしているうちにミズホが数を減らしていってくれてることに気付く。
 このままこっちのも倒してくれるのを待つべきなのであろうか。
 銀の剣が凄く無意味さをかもし出すはめになるのだが。
「…ゴブの棍棒を剣ではじく! …折れそうで怖いよなぁ」
 この世界の武器の強度など知らないのでそこらへんの判断は難しかった。
 無茶をしてゴブリン相手に銀の剣を失うのは悲しすぎる。
 …そして、そんなことを考えていると、ゴブリンの動きが鈍くなってきているのにふと気付いた。
「………疲れてらっしゃる?」
 実のところ、そのとおりであった。
 ハクロが疲れていないのは元々の体力なのか、それも勇者補正なのか。
 なんにせよ、ゴブリンのその様子にハクロは大いに喜び。
「どりゃあ!!」
 攻撃が止まった瞬間、思い切り上段から剣を振り下ろした。
 シュンッ
 手ごたえは…あまりなかった。
 だが、ゴブリンの体は完全に二つに別れてしまっていた。
「…銀の剣凄ぇ!」
 切れ味鋭すぎてある意味怖い気もする。
 そしてもう一体のゴブリンの方へとハクロは振り返り、言った。
「よし、ラスト1!」
 ミズホが戦ってる奴等を相手にする気はないのだろうか。
 なんにせよ、その声と同時にもう一体のゴブリンはハクロへと襲いかかり…。
 
 爆砕した。
 
「…………………………」
 沈黙するハクロ。
 動きが止まる他のゴブリン達。
 流石にそちらに意識がいくミズホ。
 …少し、熱風が来た。
 あぁ、熱いな…とハクロは思った。
 びっくりした、凄くびっくりした。
 びっくりしていると…ハクロの左側の方から、何か笑い声がしてきた。
「ふっふっふっふっふ…」
 振り向くと、遠くには、丸い月の姿が見えて。
 そこには、2m程の岩があって。
 そこの上に…。
「正義参上です!!」
 なんかいた。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 なんか、女の子がいた。
 その女の子は岩をとんっと飛び降りるとハクロの方へと走ってきた。
 近くで見ると髪の色がわかった。今度は緑だ。
 なんともカラフルなことだ、といい加減慣れつつハクロは思った。
 そして、その女の子はハクロの前まで来ると大きな声で声をかけてきた。
「危ないところでしたねお兄さん!」
「うわぁ、さっきのばくはつでやけどをおってしまったぞ」
「え、ええぇぇえあぁぁぁぁぁああ、す、すみませんです!」
「嘘だ」
 ハクロ、いきなりの大嘘。
「えあ!? 嘘です!? な、何故そんな嘘をつくですか!」
「まず爆発を起こしたのが貴様であることの確認、次に爆発の精度に関するあんたの自信の程の確認、そしてびっくりさせられたことに対する復讐だ」
「えあ!? い、今の一瞬でそんな複雑なことを!?」
「凄いだろう」
「す、凄いです!」
 
 ズシャア!
 
「………………」
「………………」
 気付けば、ミズホがゴブリン達を一掃していた。
 さっきまではまだ3体ぐらいは残っていた気がしたのだが…。
「…あっちはもっと凄いな」
「…ゴブの死体がごろごろです。一人で倒したんです?」
「…俺一体しか倒してないもの」
「…私もです」
 結局彼女は何体のゴブリンを倒したのか。
「俺、役、立たず!」
「い、いえ、お兄さんもゴブリンをひき付けていましたです!」
「おーいミズホー、無事かー」
「えあ!? フォローをスルーです!?」
 なんとも酷い話である。
 それにしても、なんだかいきなり息の合っている二人であった。
 すると、ハクロの声に反応したのかミズホが剣を収めつつ歩いてきていた。
「………………」
 何故だか黙っている。
 怪我はなさそうに見えるが…。
「………なんでしょう?」
「…浮気?」
「そんな事実はございません、どこにもございません、全くございません」
 凄い疑いをかけられたハクロであった。
「えあ? 既婚です?」
「それも違います」
 そうなりかけたのも事実であるが。
「この人、誰?」
 ミズホがもっともなことを尋ねる。
 そして、その問いに対しハクロはこう答えた。
「うむ、俺の近くで爆発を起こしたナイスガイだ」
「えあ!? 私女の子ですよ!!?」
「ナイスレディというのもなんだが変な感じがするじゃないか」
「で、でもガイは勘弁です!」
 もっともだ。
「じゃあナイスジャスティス」
「あ、それがいいです!」
「正義を名乗ったかと思えばやはり正義希望か貴様」
「はい!」
「ということだミズホ、こいつの名は正義!」
「えあ!? 名前じゃありませんです!」
「…セイギさん」
「違うです! 訂正を願いますです!」
「だが断る」
「何故ですか!?」
「イジメ」
「えあ!!?」
「ごめんなさい」
「もう謝るんです!?」
「それはどうかな?」
「えあ!? じゃあさっきのはなんなんです!?」
「謝った」
「やっぱりですか!?」
 …その後、数分の間そんな感じにぐだぐだと会話は続いていった…。
 
 ――そして数分後。
「ということで正義の味方であるお前は勇者である俺の味方ということで」
「…よろしく」
「よろしくです!」
 なんだか、仲間が増えていた。
「おう、よろしくだエミル」
 そして、返り血を拭きつつ荷物を拾いつつ、三人は街へと向かう。
 そろそろ、日も昇ってきそうであった。
 

エミル
*5  ▲
 
 日は昇りきった頃、ようやく、三人は街へと辿り付いた。
 完全に徹夜である。
「…眠い」
「…まぶたが重いです…」
「…そう?」
 一人平気な人がいるようであったが。
 そんな感じに少々だるげにしつつ、三人は門をくぐり、街の中へと入った。
 喧騒。
 活気に溢れた人々の姿が見える。
 魔物がはびこるとはいってもこの辺りは比較的平和だそうだ。
 というかハクロは人類の力を先程見せ付けられてしまったので、何もしなくても結構大丈夫なのではないかという気もしてきていたが。
 …ともあれ、ハクロはしばし立ち止まった。
 ――さて、どうするかね。
 とりあえず眠いので宿屋に行こうかな、とも思う。
 だが、本当にあるのだろうか宿屋。
 いやしかしこれだけファンタジーなのだからRPG級ではないにせよ安い宿ぐらいありそうだ、というような気もするのだ。
 そしてハクロは、ミズホにとりあえず宿屋について尋ねてみようとした。
 その時のことだった。
「お兄さん、アレ、なんでしょう」
 エミルの指差す先にはなんか赤いのがいた。
「赤」
「…なるほど、赤です」
 全身真っ赤な、靴まで真っ赤な、しかもやや貴族っぽい服装をして赤い髪のアンチクショウが立っていた。
 何故いるのか。
 しかもなんだかその長身を越えそうなぐらいの長刀らしきものまで背負っている。
 その鞘も赤い。
 なんて赤さだ。
「ああいうのはこちらに気付かないうちに逃げるに限る。逃げよう」
「…気付くということは知り合いです?」
「そういう所に気付いてはいけない」
「えあ、そうでしたか」
 その理解力は役に立ちそうではあるのだが今発揮されても困るのだ。
 ハクロがそんなことを考えていると、ふと、ミズホの様子がおかしいことに気付いた。
「………」
「…ん? どうしたミズホ」
 しかも、なんだか剣に手をかけていた。
「…もしや斬る気ですかな?」
「違う、けど…」
 どうやら違うらしい、が、剣から手を離さない。
 目線も、あの赤い奴にいったままだった。
 ――はて? もしや警戒? 今更? あの長刀に何かあるのだろうか? だが、それならなおさらのこと…。
「…早くここを離れよう、気付かれる」
「…えと…多分、もう、遅いです」
「なぬ?」
 ハクロが振り向くと、赤いのがこちらに向かってきていた。
 …気付かれたようだ。
 ――となれば、することは一つ。
「エミル嬢。周囲に被害を出さず足止めしつつ逃げ出すことのできるような魔法はあるか?」
 他力本願。
「…重力魔法でも使うです?」
「…できるの?」
 ミズホが疑問と期待を込めた声をあげる。
 どうやら、ミズホとしても逃走には賛成らしい。
 余程、アレに何かあると思われる。
「(さて、人込みでスムーズには近づけないとはいえ、距離、20mぐらいか? )」
「できますですよー」
「やってくれ」
 迷っている暇はない。
「んー、了解です」
 そう言うとエミルは、両手で何かを丸く包みこむような形をとった。
 すると、その空間に、『何か』が集まりだした。
 どこから発生したのかはわからないが、その黒い何かは次々と集まっていく。
 次々と、次々と。
 次々と…。
 そして――
「ジャスティーーーース」
「ふっ、やはり来たな勇」
 ――瞬間、ソレが消えた。
「グラビティィーー!!」
 
 メギィッ!!
 
「しゃあぁうっ!!???」
 赤がその場に崩れ落ちる。
 というか全身地面に叩きつけられる。
 奴を中心として、円を描くように、地面が少し凹んでいた。
 一体、どれほどの重圧が奴にかかっているのか。
 もしや、コレでも手加減しているのだろうか。
 それにしてもその名称はいかがな物かという感じはするが。
「離れると10秒程しか持続しないのでとっとと逃走ですー」
「赤の他人にあの威力。末恐ろしい奴め。よし逃げよう」
 ハクロの切り替えは早い。
「どっちへ行くの?」
「宿屋ってある?」
「…こっち」
 あるらしかった。
「ゆ、う、しぃゃぁぁぁああああああああ!!!!」
 そして三人は、赤の叫びを背に受けつつも、まっしぐらに逃走していった…。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 そして3人は以降何事もなく宿屋に到着し、部屋を借りようとしていた。
「4人部屋を一つ」
「1部屋1200ルラーになります」
「…この硬貨は一枚いくらでこれが何枚必要なのだ。計算がわからん! 計算をさせるな!!」
「お兄さん! 無茶を言ってはいけませんです!」
「安心しろ、後半はどこぞの小説からひっぱり出してきた台詞だ」
「なんだか凄い小説な気がしますです」
 それ以前に何故引っ張り出す必要があったのか。
 ちなみに、エミルは朝のうちに事情を一通り話されたので、ハクロが硬貨の種類がわからないことは知っている。
「それ、100ルラーだから12枚あればいい」
「数えるのは得意だ、任せろ」
「お兄さん、店員さんが困惑していますです」
 どうも看板娘っぽいその女性はプロ根性からか笑顔のままだったが、汗がたらりとたれていた。
 変な客だと思われている可能性は高い。
 なんといっても、硬貨の知識を今教えられているのだ。
「というか何故4人部屋なんだ? 3人部屋が存在しないのはわかるが、2人部屋を2つとかじゃないのか?」
「私、一人です?」
「…何故俺とミズホをセットにする。男部屋と女部屋に決まっているだろう」
「そうなの?」
「この無頓着レディーめ、その方が気軽なのですよ」
「二人部屋二部屋ですと1600ルラーになりますが?」
 やはり二部屋にすると入れる人数は同じでも値段は上がるらしい。
「…む、この100ルラー硬貨っぽいのが15枚しかない。まずいな」
「あ、コレが1000ルラー硬貨です」
「…1000ルラー硬貨の方が多いじゃないか。随分大金渡しやがるなあの爺」
 今度全財産計算してみるべきかもしれない。
 そう頭の隅においておきつつ、ハクロは1600ルラーを手渡した。
 よく考えれば、袋は二つあるのだがら100ルラー硬貨だけで払えたかもしれない。
「………それでは1600ルラー、確かに、いただきますね。そしてこちらがルームキーとなります。二階のつきあたりから二つが開きますのでお使いください」
 ハクロと、ミズホ、エミルが二人は別々にキーを受け取る。
 どちらがどちらの部屋の鍵かは、まぁ、試せばわかるだろう。
 そう考え、3人は二階に登り、鍵の確認を終え…。
「よし…寝るか」
 これからの行動に結論を出した。
 なんといったって、眠いのだ。
「起床時間はどうするです?」
「目が覚めたら」
「了解ですー」
「…おやすみなさい」
「ん、おやすみだな」
「おやすみです」
 そして、三人は眠りにつくために部屋へ入っていった。
 ハクロは足を進める、部屋の中へと。
 荷物をおろし、一息ついて。
 ベッドに腰かけ、そのまま倒れ。
 もぞもぞと、布団の中へと入っていく。
 ハクロは、目をつぶった。
 そして、ゆっくりと眠りに落ちた。
 結果として、ハクロにとって、これがこの世界でのはじめての睡眠だったわけだが。
「ふふふ、この宿屋から感じる、感じるぞミズホさんの気配を!!」
 安眠できるかは、よくわからなかった。
*6  ▲
 
「…き…、……く…………」
 ――声が聞こえた。
「おき…………て……ろ……」
 …それは、聞き覚えのある声。
 一体、誰の声だったか。
「はや…………え」
 昨日も、この声を聞いた気がする。
 眠るすぐ前にも。
 そして俺は、ゆっくりと、目を開けた。
 
「早く起きたまえと言っているだろう」
「最悪のパターンだなおい」
 赤いのがいた。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 どうしようもなく最悪の事態、及び寝起きであったが、とりあえずハクロは起き上がり、ベッドに腰かけた。
 そして見上げてみると、赤いのが腕を組んで立っていた。
 そこで、少しハクロの予想外のことがあった。
 剣、いや刀だろうか、ともかく彼はそれを、抜くどころか、手にかけてもいなかったのだ。
 それ以前に何故寝込みを襲わなかったのかも、今思えば疑問である。
 何か、理由でもあるのだろうか? ともあれ、ハクロはそんな彼に、ひとまず声をかけることにした。
「男の寝室に夜這いか! このエッチマンめ!」
「違うわぁ!!」
 至極不真面目に。
「すまん、昼だったな」
「違う、論点が違うぞ!!」
 そんなことは知っている。
 そしてだからこそ間違える。
「…女性だったのか」
「アホか君はぁ!!」
 間違えれるだけ。
「失礼な赤だ。この赤め」
「失礼なのは君だ!」
 正論だ。
 だがハクロは謝らない。
「話題を変えよう」
「わだ、………いや、それが望ましいんだが急だな君は」
「僕、もう疲れたよ」
「死にたまえ」
 やたら的確なツッコミが返ってきた。
「………フランダースを知っているのか?」
「なんだねそれは?」
「いや、なんでもない」
 知るわけがない、知らないのだろうが驚いた。
 …しかし、なかなか素晴らしい感性の持ち主である。
 ハクロはなんとなく褒めたたえたくなった。
 絶対何を褒められているかわからないだろうが。
 そして、説明について考えることになるのだろう。
 そして、その説明を赤いのは理解してくれないことだろう。
 それを今度は、ハクロが馬鹿にするのだ。
 すると、赤いのが怒るのだ。
 ……………………。
 いっつぁ、エンドレスラビリンス。
「だるいな」
「………今度はなんだ?」
「なんでもない、ともあれそろそろだな」
「何がだね?」
「ああ、そろそろ来ると思う」
「だからなんのことだね?」
 気付いていないのだろうか? 知っているんだろうに。
 そして少し考えたらわかることだろうに。
 あれだけの大声を、何度も出してしまえば。
「お兄さん、誰かいるんです?」
 隣に、聞こえるということぐらい。
「…謀ったな!」
「計ったよ」
 タイミングを少しだけ。
「おにいさーん、開けていいんです?」
 ――ふむ、それでもいいが…。
「ミズホはいるか?」
「ミズホさんは部屋に残ってるです」
「連れてきてくれ」
「えあ、了解です」
 ――うむ、素直な奴だ。
 そしてハクロが視線を戻すと、赤いのは何かいぶかしげな表情をしていた。
 仲間を呼ばれるととても困る、という雰囲気でもない。
『少なくとも今は斬る気がない』と思われるこいつにとって、そんなことは問題ではないのだろう。
 ただ一対一で話すことができなくなるというだけで。
 なら、こいつは何故こんな表情をしているのか。
「………」
「…どうした? ミズホが呼ぶのがそんなに疑問か?」
 ハクロは尋ねてみた。
 違っていてもそれなりの反応を返してくるだろうと期待して。
 すると、少し予想からはずれる言葉が返ってきた。
「…先刻から気になってはいたのだがな」
「何が?」
「彼女は…なんだ?」
 …?
「今ドアの前にいた奴か? この街に来る途中に仲間にしてしまった娘だが」
「そういう意味では………いや、君は気付いていないのか」
「…何が?」
「………ふっ、君がなかなかに、変わった仲間を手にしたということだよ」
 ――気付いて、いない? 変わった仲間? こいつとエミルはろくに接触していないはずだ。
 それでも、こいつはエミルに何か自分達との違いを感じているらしい。
 確かに、変わった人物だということに違いはない。
 だが、そんなことをこいつが知っているわけがない。
 それ以前にこいつが変人である。
 自覚しているかは知らんが。
 なら…なんだ?
「ミズホさんは、気付いているはずだがね」
「…ほう」
 だったら、何故言わないのか。
 ミズホの性格からして、その理由は限られてきそうだが。
 興味がなかったか。
 自分も知らないことを、伝える気が起きなかったか。
 伝えても、意味がないからか。
「知りたいとは?」
「そりゃ、多少はな」
「聞きたいとは?」
「さほど」
「何故?」
「もうすでに、俺にとっては面白い奴だからな」
 だから例え何を聞かされようと、大して何も感じないだろう。
 そんな風に、ハクロは思っていた。
 もし聞いたとしても、『更に少し面白くなる』程度の物だと。
 それが正しい認識かは、今はまだわからないが。
 …赤いのは、その返答を聞いて愉快そうに笑っていた。
「ふっ、そう思うなら、それでいい」
「そりゃどうも」
「近々気付くことになると思うがね」
「楽しみだな」
「楽しむがいい、だがとりあえずは…」
「あぁ、そうだな、とりあえずは…」
「連れてきましたー、入るですよー」
「…入る」
 4人での会話を、楽しむとしよう。
 
 ◆  ◆  ◆
 
 わかりやすい事態が起こった。
 まさに想定内。
 エミルが部屋に入り、ミズホが、続いて部屋に入った。
 そしてミズホが。
「………っ!?」
「…予想どおりだがオススメせんぞ」
「あぁっ! ミズホさん! 今日もまた会えましたね!」
 剣を抜いていた。
 そして、警戒するかのように構えている。
 そして赤いのはそれが見えてないかのように喜んでいる。
 その横でエミルは、首をかしげていた。
「…なんでさっきの赤い人がいるです?」
「夜這い」
「違うわぁ!!」
 さっきの光景が繰り返される。
「すまん、昼だったな」
「しつこい!!」
 再現終了。
「えあ、変態さんです…」
 信じたか。
「誤解ですよ御嬢さん!」
 さて、話を戻そう。
「実はいきなり攻撃を仕掛けたおまえの仕返しに来たんだ」
「え、えあっ!? そうなんです!!?」
 ――知らん。
「いや、そんなつもりはありませんよ御嬢さん…。ですが、何故攻撃を?」
「お兄さんの指示です」
「さらりと暴露するんですねミスジャスティス」
「…勇者、君か」
「まぁまて、そんなに怒るな、そんなに怒ると」
 シュンッ
 ギィッ!
「…何をするんですかミズホさん」
 それは一瞬のことだった。
 一瞬でミズホは間合いを詰め、剣撃を放ち。
 一瞬で赤いのは腰の短剣でそれを受けた。
 おそらくその短剣は、刀では行動が遅れる時のための物なのだろう。
 そして彼は、『この時のための』それを、瞬間の判断で抜き、防いだ。
 ミズホの行動を予測していたハクロは、それを見ていた。
 そして、漠然と、こう思っていた。
 あぁ、強いなぁ、と。
 そしてハクロは、そんな二人に声をかけた。
「…やめとけミズホ、部屋が壊れる」
「勝てないからとは、言わないのかね?」
「勝てるだろ?」
「…一対一でなら、負けはしないがね」
 そんなハクロの言葉に、赤いのはふんっと鼻を鳴らし返してきた。
 ミズホも剣を…おさめはしないが、とりあえず下げてくれた。
 そして、起爆剤となってしまったエミルは、物凄くうろたえていた。
「え、えあぁ…。わ、私まずいことを言いましたです?」
 さて…それはどうなのか。
 先程は赤いのも殺気をぶつけてきたが、こいつの理解力はそんなに悪くないと思えるし。
 なら。
「初対面で斬りかかってくるような奴を遠ざけた」
「…ふん、やはりそうだったか」
 大体、想像はついていたのだろう。
 赤いのはあっさり納得してくれた。
 まぁ、それに+αがあるのだが。
 それは、その赤い刀。
 意識させない方がよさそうな気もするので、ハクロは口に出さなかったが。
 そして、ハクロは話題を少しずらした。
「…そういや、なんでこの宿屋がわかったんだ?」
 先程の『何故ここにいるのか』という問いの続きのようなものではあったが、気になることではあった。
 確かに足止めに成功したはずなのだが。
 赤いのは答えを返す。
「ふっ、ミズホさんの位置ならば僕には大体わかる」
 ストーカーここに極まれり。
 どうやらこの男、妙な器官を持っているらしい。
「なんでです?」
 それを聞くかエミル。
「ふふふ、これは僕のミズホさんに対する愛が可能にする業なのだよ!」
「つまりこの赤いのはミズホに興味深々」
「なるほどです」
「…いや、興味とは少し違うぞ勇者」
「ミズホさんは同じことできるんです?」
「…興味ないから無理」
 容赦ねぇ。
「はははミズホさん、いくら恥ずかしいからってそんな嘘をつかなくてもいいんですよ」
「お兄さんの位置はどうです?」
「………………」
「真剣に悩むなミズホ。常人には無理だ」
「…でも」
「言い換えよう、異常者にしか無理だ」
「赤い人は異常です?」
「スルーしたあげくボロクソか君達」
「…そうなのかな」
「おう」
「聞きたまえ!!」
「赤いお兄さん、きっとここは見守るべきです」
「そういうわけにはいかないんだ!」
「…うん、そうだね」
「それでいい」
「よくないぞ!!」
「何がです?」
 知るものか。
 ――さて、このまま話を進めるのもいいが話が進まんな。
 ハクロはそう思い、話をまた軌道修正することにした。
 まぁ、ずらしているのはハクロ本人だが。
「質問」
「……………なんだね?」
「何しに来たんだ?」
 そう、ハクロは尋ねた。
 …そして、なんだか、一瞬時が停止する。
 ――自分で聞いておいてなんだが。
「…ようやくその問いか」
「…だなぁ」
 この話題にたどり着くまでが、とんでもなく長い道のりだった気がしないでもない。
 話題の種類としてはそんなに多くなかったのだろうが…。
 なんにせよ、ようやく会話は『本題』に入ったようだ。
 そして、赤い彼は言った。
「君達の旅に、同行させたまえ」
 
 ――さて、どうしたものか。
*7  ▲
 
 数十分前、某所
 
 ズシンズシン
「…………………あー」
「…………なんだろなぁ、あれ」
「…見たことねぇっす」
「…新種か?」
「…あれだけでかいのに新種?」
「…情報提供したら報酬貰えるっすかね?」
「…仕留めてでも連れていかなきゃ、貰えないだろうな」
「…ハント、する?」
「無理っす」
「だよなぁ」
「硬そうだし」
「…ふと思ったんすけど」
「何だ?」
「………あー、予想ついた」
「アレの向かってる方向…
 …街の方っすよね?」
 
 ◆  ◆  ◆
 
「…大体予想はつくんだがな」
 そこは宿屋の一室。
 二人部屋であるその部屋に、今、4人の男女がいた。
 その部屋の中、やたら全身赤い男は言った。
『君達の旅に同行させろ』と。
 そして、その言葉に対し、ハクロは自らの予想を告げた。
「俺がイエスと言えば付いてきて、ノーと言ってもついてきて、ミズホがノーと言えば信じないだろう貴様」
「ははは、何を言ってるんだ君は、ミズホさんがノーと言うはずが」
「ミズホ」
「ノー。ついてこないで欲しい」
「ふぅ、ミズホさん、この男に付き合ってそんな嘘をつかなくとも」
 予想は的確だった。
「やはり信じなかったかこの男」
「なんだか困った人です」
「先程から失礼だな君達」
「ミズホを嘘つき呼ばわりしているおまえもたいがいだと思うが」
 そんなハクロの言葉に、こくこく頷くミズホ。
 だが、赤い馬鹿は挫けない。
「そうかもしれないね、だけど僕は常に真実を見ているから」
 これほど捻れた真実はそうそうないと思われる。
 …さて、どうすれば説得されてくれるのか。
 ついてこさせると面倒なことに間違いなくなるのだが。
 そして、またもやハクロが、口を開いた。
「…このことは、俺の一存では決められない、それはわかるな?」
「…ふむ、そうだね」
 ――よし、ここまでは納得させられた。
「なら、こうしようじゃないか」
「なんだい?」
「まずエミル嬢の許可をとれ」
「えあ、私です?」
「…ふむ、それは一理あるね」
 ――うむ、クリア
 実はこの言葉、若干卑怯であった。
 ようするに、『まず』なのだ。
 エミルの許可をとる時点で難易度がそれなりに高いついでに許可がでても更に条件をつきつけられるわけである。
 二度は通じないだろうが。
 …この赤い奴なら二度ぐらいは通じそうでもあるが。
 なんにせよ、不満は言われるだろうが、OKされた。
 あとはエミル嬢があっさり許可を出さないことを願うまでである。
 さて、どうなるか。
「許可を、いただけるかな?」
「…お兄さんは嫌がってるです?」
「嫌ですな」
「…なら」
「待ちたまえ! それは卑怯だ! 結局は勇者の許可じゃないか!」
 ――気付いたか、ありがとう。
 ハクロはこの赤いのが気付いたことに感謝した。
 何故なら…それを甘んじて受け入れられたら『ノーと言われてもついてくる』を使われるからだ。
 必要なのは、『エミルの意思がノーであること』なのである。
 だからハクロはこの言葉を素直に受け入れる。
「…ということでエミルだけで判断してくれ」
「えあー…それじゃ、いくつか条件をだすですよ?」
「ほう」
「まず名前を教えるです」
 エミルまでもが『まず』を使用。
 しかも的確な条件だ。
「…ふっ、なるほど、それが条件というなら仕方ない、僕の名前を教えようじゃないか!」
「長いんだっけ?」
「うん、そう」
「長いんです?」
 そして名は明かされる。
「僕の名はクレウディウナス・アーケルハイド! 覚えておくがいい!」
 やはりその名は長かった。
 しかも覚えづらかった。
「………なんて言ったです?」
「くらーすあーけーど…とかなんとか」
 しかも聞き取りづらかった。
「クレウディウナス・アーケルハイドだ!」
「…わかった、クレウだな」
「まて! 勝手に略すんじゃない!」
「次の条件いこうか」
「流すなぁ!」
 だが、略さないというのは無理な相談だ。
 よって、ハクロに相談にのる気はまるでなく。
 ハクロは、話題をこのまま流すことにした。
「わかった、それについては後で話そう」
 できるだけたやすく。
「…いいだろう」
 そして流されるクレウディウナス。
「クレウさん、ですね、覚えましたです」
「………クレ」
「ミズホさん、それは略しすぎです」
 そして、略称は定着していく。
 えてしてこういうものは、一度定着すれば修正が効かなかったりするわけで。
 結果として、彼の名前はいつまでも略されることとなった。
 まぁ、そんなことはどうでもよく。
 ハクロはエミルに次の条件を促し。
 エミルは、その条件を告げるのであった。
「それじゃあ、クレウさんが正義なら許可するです」
 どうしろと?
 
 ◆  ◆  ◆
 
 正義を示すチャンスは、いきなりやって来た。
 そのチャンスを運んで来たのは受付嬢。
 嬢曰く、街の外壁のすぐ近くに、物凄くでかい魔物がやってきているというのだ。
 つまりは、手助けの依頼。
 ハクロ達が帯剣していたりしたのを見てのことだろう。
 ある程度の金は出すので、なんとかそれを止めてくれと彼女は行った。
 そしてクレウは言った、正義を示すためにこう言ったのだ。
「ふっ、ご心配なく。報酬はいりませんよ」
 勝手な。
 どうやら無償でこそ正義を示せるという理屈らしい。
 だが、見方を変えれば、安い報酬を受け取っておけば貸し借りなしで気が楽なのである。
 ある意味、受け取る方が正しいのだ。
 …が、その考えは。
「なるほど、それは正義ですね!」
 エミル嬢には通じた。
 すんなりと。
 確かに正義っぽいがそれでいいんだろうか。
 …おそらくいいんだろう、彼女の主観的に。
 そして、クレウの正義を示すための闘いが始まった。
 

クレウ
*8  ▲
 
 戦いがそこにはあった。
 10mはあるのではないかと思われる巨大な魔物。
 その灰色の魔物は4の足を地につけ、単眼にて正面を睨みつけ、背より、6の触手を生やしていた。
 近づけば、その巨大な触手は即座に放たれ、地を叩き潰した。
 近距離では、戦えない。
 そして、街中から集められた戦力は、皆、弓を手にした。
 魔物の射程外から、無数の矢が放たれる。
 その半数は触手に打ち落とされ、くぐりぬけたものの一部が、魔物の体へとわずかに突き刺さる。
 そう、わずかに。
 その灰色の皮膚は硬く、さほど大きな影響は与えられなかったのだ。
 だが、彼等は放ち続けた。
 魔物の歩む速度をわずかでも落とし。
 わずかでも、その力を削ぎ続け。
 街を守り、いつか倒すために。
 しかし、矢は尽きた。
 止められない。
 一部の者は逃げ出した。おそらく、街の住民ではない者達だろう。
 一部の者は叫び、斬りつけようとした、だがやはり、触手に阻まれ、近づけない。
 魔物が、街の外壁へと近づいていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 そして、外壁が魔物の射程に入るその直前。
「ジャーーーースティーーーーーーーーーーーーーーーーース」
 その外壁の上に、人影が現れ。
「フレーーーーーーーーーーイム!!」
 魔物の全身が、燃え上がった。
 
 ゴ、オォォォォォォオオォォォォォォ!!
 
 人々の目線が、声のした外壁の上へと集中する。
 その目線の先にいたのは、二つの人影。
 日が当たり、その姿ははっきりと見えない。
 そして静寂する世界の中、何か、笑い声が聞こえてくる。
「ふっふっふっふっふ………」
 その笑い声はその人影から聞こえた。
 そして、笑う人影は前へと一歩足を踏み出し、胸をはり。
「せ「正義参上だ!」…」
 後ろの人が叫んだ。
「お兄さん…なんで台詞をとるです…」
「ふっ、何故俺も一緒にここに立ったと思っている」
「えあ!? 狙ってたです!!?」
「うん」
「…えあー、酷いですお兄さん」
「はっはっは」
 なんか話してた。
 凄く気の抜ける会話を。
 人々から緊張感が消えうせる。
 そして、その真下から、その二人に声をかける男がいた。
「待て君達!! 僕の出番の前にトドメをさしてどうする!!」
 その赤い男が妙なことを叫ぶ。
 状況をわきまえていないその言葉に、人々の唖然とした目線がつきささった。
 だが、赤い男は気付かない。
 そして彼に、上の一人が声をかけた。
「えあ、でもあのままだとこの壁壊されるですよ?」
「もう少し加減をしたまえ!!」
「ハハハ、我がままな赤色だなぁ」
「うるさいぞ!!」
『なんだかどうしようもない奴だなぁ』としか言えない赤い男の言葉。
 そんな彼に、彼の隣に立っていた女性が声をかける。
「…あなたがうるさい」
「ミ、ミズホさん」
 正論であった。
 そのまま彼等はがやがや話し続けていた。
 人々をおいてけぼりにして。
 だが、その騒ぎは、ある叫びによって止まることとなった。
「う、うわぁ! まだ動いてるっす!!」
 灰色の魔物は立ち上がっていた。
 その体から煙を出しながら。
 それでもなお、しっかりと、地を踏みしめて。
 炎によるダメージを、感じさせない程に。
 人々は逃げ惑う。
 一度なくした緊張が、戦う意思を削ぎ落として。
 魔物は叫ぶ。
 焼かれた怒りを、放つがごとく。
 そして、4つの人影達は…。
「よかったなクレウ! 出番だ!!」
「…えあー、炎に耐性あったんです?」
「…いってらっしゃい」
「ハハハハハ! 好都合だ!!」
 どこまでも、元気だった。
 そして、赤い男が、その背の刀に手をかける。
「さあ、僕の眼前に立つ灰色の魔物よ!!」
 赤き鞘から抜き放たれるは、刀身すら赤に染まる『赤』の長刀。
「我が色刀、炎牙の刃に」
 クレウと呼ばれた赤き男は、その切っ先を灰色の魔物に向け。
 叫んだ。
「焼き果てたまえ!!」
 
 ◆  ◆  ◆
 
「なるほど」
 ハクロが呟く。
 誰に話しかけるわけでもなく。
 ただ、その感想を述べる。
「ミズホが、怖がるわけだ」
 クレウが闘っていた。
 誰の援護もなく。
 ただ一人の力で。
 それでもなお、灰色の、その化け物を――
「ハハハ、そんな攻撃では僕は倒せんぞ!!」
 圧倒しつつ。
 バジュウゥゥ!!
 焼き斬る刀。
 それが、その赤い刀の特性だった。
 その刀身に触れたものは一瞬にして焼かれ、溶け落ちる。
 そう、高速で振るわれるその速さを、全く落とさずにすむほどの速度で。
 例えその対象が、巨大な炎の熱に耐えうる物であっても。
 オォォォオォオオォオオォオオォオオオオオ!!!!
 魔物は叫ぶ。
 それが先程と同様の怒りの叫びか、それとも苦しみの慟哭か。
 もはやそれは、魔物自身にしかわからない。
 6の触手は、すでに2つとなっていた。
 空より二本の触手が同時に降り注ぐ。
 真っ直ぐに、クレウへと。
 ズドォォォォ!!
 そう、それは先程からずっとそうだった。
 魔物の触手は、『真っ直ぐに』向かってくる。
 彼は放つその触手を、途中で曲げることができなかったのだ。
 ならば、それが時間差であれ、同時であれ。
『一撃を体勢を崩さずに避けきる速さ』があるなら。
「ふっ、残り一つだ!!」
 回避は、可能。
 もし、魔物が5を同時に放ち、体勢を崩したところに1を放っていれば、
 ただ、それを思考する知能があれば、魔物はクレウを仕留めていたかもしれない。
 だが、それはもう叶わないこと。
 魔物の武器は。
「…さて、あとは君の首を焼ききろう」
 失われた。
 クレウは歩み寄る。
 武器を失った、その魔物へと。
 赤いその長刀を携えて。
 そして数秒後、その魔物の首は――
 
「ジャスティーーーーーース、グラビティーーーーーーー!!」
 ゴキリ
 
 後ろからのエミルの攻撃で、へし折れた。
「…………………」
 さすがに沈黙するクレウ。
「うむ、フルチャージの重力破を範囲絞ってぶっ放されたらそりゃ折れるわな」
「…ふぅ、疲れたです」
「相手がよく動く相手だと無理っぽい策だが大成功。よくやったぞエミル」
「えあー、ありがとうです」
 話しているのは、外壁上の二人。
 特に意味のない、最後の援護攻撃。
 そして二人はある言葉を、大声で高らかに叫んだ。
「「正義完了!!!!」」
 人々は唖然し。クレウ呆然とし。
 ミズホは、クレウに一言声をかけた。
「…お疲れ様」
 戦闘終了。

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