宝珠「劉緋の涙」伝説    メニューへ戻る
帝國のメインゲームが「SCRIPT OF SAGA II」だった頃に執筆していただいた名作を、
この度「鹿の姫様」へ持ってこさせていただきました。
本当にありがとうございます。
いやはや、それにしてもレン様の文章力に敬服するばかりです。
(※尚、この作品は「SCRIPT OF SAGA II」終了と同時に終了しております。作品の続きはありません)
帝國史書係 セイチャル・マクファロス

宝珠「劉緋の涙」伝説。キャラプロフィール

<劉>
・30歳前後の時、各地を放浪する。
・旅先で野宿も多い所為か、髪髭共にぼさぼさ。年齢よりも老けて見えた。しかし、すっきりさせるとそれなりに男前だったようだ。
・絵が得意で、美術全般に秀でる。彼の作品だと伝わる装飾品・絵画・美術品は多数現存するが、銘・印などの入っていないことも多い。(旅先での資金調達のために、路地にて絵描きをしており、お世話になった家主に贈ったりしていたようだ)
・若いときに彼が作った作品、晩年の作品と思しき作品が発見されず、30歳前後の放浪時の作品物しか発見されていない。
・そのため、彼の作品だとはっきりと判るものには、高値がつくという。
・彼の出生日時・晩年(死亡日時)は謎に包まれており年齢、本名も不明。(劉が姓なのか名なのか不明)
・彼の収集家(コレクター)、研究家も多いようだ。
・神秘性も手伝って、伝説として後世に伝えられている。

<鳳寿>
・伝説の禽。この禽を見たものは長寿と多幸になるらしい。
・尾は長く、羽はフワリと軽い。脚は長くしっかりとしている。
・体長は人の1.5倍〜2倍ほどになる。(成鳥)
・鳳寿の現代のイメージでは、孔雀や駝鳥(モア)、朱雀が近いようだ。(喧伝による為、多少姿が異なる)
・大陸のどこかの森深くに居るようだが、そこに辿り着く路は不明である。(どの大陸なのか、文献にはハッキリした地名は出てこない)
 
文/レン様
*1 宝珠「劉緋の涙」伝説*2 網代・黎明編「文献を見つけた日」*3 悠里・凌舜編「決断の日」
*1 宝珠「劉緋の涙」伝説 ▲
 

 昔、劉という男あり。
 この大陸にあるだろう、まだ見ぬ玉を求め、山をいくつも越え、谷をいくつも越え旅をしていた。
 ある日のこと、前日の大雨でぬかるんで足場の悪くなった路を歩いていたところ、不意に斜面に足を取られ、谷へと落ちてしまった。

 数刻、数日、いったいどのくらい経っただろう。
 男は目を覚ました。幸いに大怪我も無く、かすり傷程度であった。
 男は上半身を起こし、周りを見渡した。
 たくさんの木がある。どうやら、この木々がクッションの役目を果たしてくれたに違いない。
 倒れていた場所から少し離れた所に、自分の荷物があった。

 その袋の中には、自分の仕事道具が入っていた。
 宝を加工する為の大小さまざまな刀である。男はそれが壊れていないか確認し、胸をなでおろす。
 男は袋一つを抱えて、歩き出した。



 その森は人の手が加わっていない自然そのもののため、路が無い。
 うっそうとした森では、枝葉の間からこぼれ陽が差し込む程度だった。
 歩くには十分な光だが、日没までには、森を抜けたいと思っていた。
 ウロウロと木々の間を歩いていると、次第に喉が渇いてきた。

 喉の渇きと時間の経過に、男に多少の焦りが出始めてきた。
 木には食べられるような実はない。多少の携帯食をもってはいるが、 2,3日中には次の里へとつく予定だったため、わずかしかないのだ。
 何よりも、水である。
 先ほどの転落の際に、零れてしまったのだ。

 男は疲れて、大きめな幹に寄りかかって座った。木に体を預けて目を瞑る。
 そよそよと、風が吹き抜けて、気持ちがいい。
 そして、その風に乗って、微かに音が聞こえた。
 それは鳥の囀りとも獣の鳴き声とも違う、規則正しい音である。
 何かが絶えず音を出している。自然の音だ。
 
 じっとしていたところで、どうなるものでもない。
 男はそう思い、とりあえず音のする方角へと進むことにした。



 どのくらい歩いただろうか。
 森が開けたところに川があった。男は川岸に走りより、川を眺めた。
 澄んだ綺麗な水だった。男は手を洗い、すくって水を飲んだ。
 そして、水筒に水を詰めた。
 水と携帯食があれば、野宿でも大丈夫だろう。男は幾分かホッとした。
 
 川の上流を見渡せば、滝があった。
 微かな轟音が聞こえる。きっとさっき聞こえた音というのは、この水の流れる音だったのだろう。 気持ちに余裕の出来た男は、どうせ気ままな旅なのだから、この滝を見ていこう。
 と思い、川沿いに歩き始めた。足取りは軽い。
 
 先ほどはさほど大きく見えなかった滝だが、近くで見ると、それは見事なものだった。
 滝の幅はそれほどでもないが、落差がかなりある。雄大というよりは、女性的な繊細な滝といった雰囲気である。
 
 男は滝の見事さに感嘆して、ここで野宿するのもいいかもしれない。と思った。
食べられる魚がいるかもしれないと、滝つぼを覗いた。
 そこで、男は不思議な物を見つけた。



 水面で反射する光が、水底にたくさんあるのだ。男は川岸に膝をつき思いっきり腕を伸ばし、適当に手に掴んでみた。 そして、手に取ったものをみて、驚いたのだった。

 それは、形のよい丸い玉であった。色は無色透明。
 しかも、太陽の光を反射して煌く玉は、すぐにでも細工が出来るほど玉として完璧である。
 手にしっかり握るには少し大きいという、今までに見たことも無い大きさである。

 普通の玉であるなら多少の混ざり物があっていいはずである。不要な部分を削って形を整え、 さらに磨き上げ、細工を施してやっと装飾品となるのである。
 完成する頃には、大きさは元の何十分の一、という大きさにしかならないのだ。

 根っからの職人である男は、ぜひ、この玉に細工を施したいという衝動に駆られた。
 男は立ち上がって振り向いたとき、其処には大きな禽(とり)がいた。
 玉に夢中になっていたとはいえ、何時の間に自分の後ろにいたのだろうか。
 男は吃驚して、立ち尽くした。



 男は尻餅をつきそうになるのを、一歩後ずさりして何とか堪えた。
 目を逸らしたら襲われそうで、男と禽はお互いにジッと見つめあっている。
 
 男の背より遥かに大きいその禽は、目に鮮やかな緋色の羽をしていた。
 ふわふわと柔らかそうな手触りの羽毛が風を含んで揺れた。
 禽が一歩前に脚をだした。そして、また歩く。ゆっくりとした歩みである。
 
 男はその様子を見て、体を横にずらす。
 そして、自分の背に滝川があることにハッとした。
 その禽はここを根城にしているのではないのか。そして、水を飲みに来たのではないのか。
 
 男が考えたように、緋色の禽は水を飲み始め、水際で毛づくろいを始める。
 どうやら、緋色の禽の方は、男の存在をさほど気にしていないようだ。
 
 その優雅さに見惚れていた男は、ある考えが浮かんだ。
 水中から拾ったこの玉に、この緋色の禽の姿を彫ってみよう。と。
 考えが浮かぶと、男は一目散に道具の入った袋の側へ行き、その中から、紙とペンを取り出した。
 そして、目の前に居る、その緋色の禽を模写し始めた。



 緋色の禽の方は、相変わらず羽の手入れをしていた。
 少し離れた場所で、男はペンを走らす。何枚も何枚も緋色の禽を描いていく。そして図案を決め、彫り始めた。

 小刀を握っている手元が見えづらくなって、男は初めて陽が傾き辺りが暗くなっていることに気づいた。
 玉を彫る手を休め、そういえば、あの緋色の禽はどうしただろう。と、辺りを見回した。

 緋色の禽は、ジッと男の方を見ていた。男と目が合う。
「お前ひょっとして出来上がるのを待っていてくれたのか?」
 男は自然と言葉が漏れた。
 禽は何も答えない。ただジッとして、先ほどと同じように男を見ているだけであった。

 男は火をおこし、再び彫り始めた。寝るもの惜しいという感じである。
 早く完成させ、この緋色の禽に自分の作った宝珠を見せてやりたい気がした。
 きっと待っていてくれるのだ。そう思うと男の手も進む。
 
 月がうっすらとして、東の空が薄紫色を帯びてきた。夜明けは近い。



 今日一番の朝日が玉を照らす。
 複雑な光を放ったそれを、男は緋色の禽に見せるかのように、高く持ち上げた。
 玉は一層光り、男が角度を変えるたびに採光を放つ。
 
「お前の根城でとれた玉だ。これはお前にやろう。」
 そういうと、男はやはりジッとして動かない禽に近づいた。
 男は、禽の脚元に完成したばかりの宝珠を置いた。
 緋色の禽がチラッと宝珠の方を見た気がして、男に笑顔がこぼれた。
 
「すまないが、一寸寝させてもらうぞ。」
 仕事をやり遂げた満足感の所為か、急に眠気が襲ってきた。
 一つ欠伸をすると、男は無造作に寝転がった。
 
 それでも、緋色の禽は、ジッとして男を見ているだけであった。



 ムシムシとした暑苦しさで、男は目が覚めた。
 目を開けると空ではなく、どこかの家の天井がぼんやりと映る。
 男はハッとして勢いよく、体を起こした。
 
 その時、タイミングを見計らったように、
 恰幅のよい髭面の男が入ってきた。
 起きている男を見て、
「あんた、俺の家の庭で倒れとったんだぞ」
 髭面の男が、呆けた顔をした男に向かって言った。
 
 男は今までのことを、手振り身振りを交えながら、
 家主である髭の男に語った。
 髭の男は、ふんふんと相槌を打ちながら話を聞いた。
 
「あんた、そりゃ伝説の鳥だろう。」
 一通りの話を聞いた髭の男が、今度は話し始めた。
 今度は男の方が、興味深く話を聞き始めた。
 
 この大陸には、緋色の羽を持つ伝説の鳥がいるのだ。
 
 動作が素早く優雅な姿のその鳥は、「鳳寿」というのだ。
 とても縁起がよく、変わらぬ姿で居ることから不死不老の鳥とも呼ばれている。
 ただし、その鳥が何処に住んでいるのか、誰も知らないのだ。
 
「誰も見たことが無いから、伝説なのさ」
 髭面の男は、大笑いしながらそういった。



 男は髭の家主にお礼をいうと、鳳寿の住んでいる森を探した。
 自分が足を滑らせ落ちた場所に行って、路の下を覗いて見た。
 覗いても、底は見えない。仕方が無いので、男は慎重に斜面を下りた。
 
 しかし其処に森など無いのだ。砂利や岩があるだけであった。
 多少木もあったが、森と呼べるほどではない。
 しかも、谷底で光が届かない所為か木の幹はやせ細り、
 自分が背中を預けることの出来るような太い幹ではない。
 
 男は肩を落とす。
 
 髭の男が言ったように、夢だったのだろうか。
 俺は夢を見ていたのだろうか。溜め息が漏れる。
 男は次の里を目指し、とぼとぼと歩いた。
 
 宿に着いて、着替えをしようと袋を開けたその時、
 緋色の禽の絵が出てきたのだ。
 
 男は喜んだ。
 
 やはり、あれは夢などではなかったのだ。
 緋色の禽「鳳寿」とあの珍しい玉はあったのだ。
 
 朝が来ると、男はすぐに旅に出た。
 この広い大陸のどこかに居るであろう「鳳寿」とあの玉を求めて―――
 
 完    語り手 知らず
*2 網代・黎明編「文献を見つけた日」 ▲
 
「その玉は鳳寿が流した涙が結晶化したものではないか、 そして、これが劉という男が描いた鳳寿の姿だと伝わってます。姫。」
 古紙を大事そうにめくりながら、白い髭をたっぷり蓄えた白髪の老人が絵を指刺す。
「へ〜ぇ〜」
 机いっぱいに開かれた古い文献をまじまじと見ながら、少女は目を輝かせた。
「しかし、良くこのような文献をお探しになったものです。姫。」
 老人は慎重に元に戻し、丁寧に机に置いた。
 少女は、もっと見たかったのにという感じで、名残惜しそうに本を見る。
「ねぇ、じい。私もいつかこの劉のように、鳳寿と幻の玉を捜しに行きたいわ。」
「そうですね。姫の腕前があがったら、鳳寿の方から会いに来てくれるかもしれませんね。」
 真っ直ぐな瞳で老人の顔を見上げて、力強く云う少女を、老人は笑みを浮かべて見る。
「まずは、私の差し上げた碧色の装飾品くらのものを作れるようにならないと。」
「う…頑張ります。」
「では、勉強の方はこれで終わりましょう。」
「じゃあ、玉の細工の勉強をしてきますね。」
 少女は一礼すると、嬉しさを隠し切れないのか、小走りに冬省のある建物へ向かった。
 この時、皇女は冬省の長官に師事して日の浅い8歳であった。
 「劉緋の涙」という文献を知った皇女は、ますます熱心に技術を学んだ。
 そしてこの物語が、皇女の夢と目標になったという。
 
 完
 
*3 悠里・凌舜編「決断の日」 ▲
 
「いや〜、これは良く出来ている。これを作ったのは誰ですか?」
 男は品を手に取ると、フムフムと何度も頷く。
「それは、悠里の作った工芸品ですな」
「ほうほう、悠里という者が作ったのですか〜」
 男は話しかけてきた男のことなど見ずに、手に取った金細工を繁々と見ている。
 角度を変えて手のひらで転がす。
 金細工を繁々と見ていた男は商人で、港に集められた作品の品定めをしている最中であった。
「もし、宜しければ、その子の家まで案内しますよ。そこの里ですので。」
「本当ですか!いや〜それは是非とも会いたいものですな。
 ちょうど、そちらの里に売り物を持っていこうと思っていたので、いや〜それは都合がいい。」
 商人の男は何度も頷く。
 男二人は、荷物をまとめ、その場を立ち去った。
 港から目的の里までは、歩いて30分ばかりだろうか。
 静鈴国は全商連が発達していて、商人の行動力が凄い。良いものがあればどこへでも向かう。
 商人は、国民の作った国の特産品の茶や装飾品を買い上げ、人々はその代金で生活する。
 また時として、商人が他国から持ち運んだ布や薬、作物などを買う。
 路が整備されているとはいえ、山や台地の多い地形である。
 街まで出るよりは商人が持ってきてくれたものを買うのも、便利なのである。
「あの家ですな。」
「ほうほう。あの家ですか。」
 商人の男は、指差された方の手をかざして見る。
 其処には静鈴国では、よく見る造りの家が一軒あった。
 家族3〜4人が暮らせるほどの大きさである。
 男達はその家の軒までやってきて、扉を叩いた。
「はい!……」
 中から返事があった。ガチャリと扉の鍵の開く音がした。
 

 
 鍵が開いて、スーッと扉が開く。
 顔と上半身が少しだけ覗いて、訪問客を確認する。
「あぁ、おじさんか……」
「やあ悠里、久しぶりだね」
 訪問客が顔見知りだと判ると、扉を半分ほどまで開け、1歩外へ出た。
 そこで先ほどは扉に隠れていて判らなかった、もう一人の見知らぬ男を見つけた。
 目が合い、悠里は軽く会釈をした。
「ほうほう、あなたが悠里君ですか。私は主に金細工を扱う商人の苑儒といいます。
 今日はあなたの作品が気に入りましたので、ご挨拶に伺った次第です。」
 商人の男、苑儒は手振り身振りを大げさにつけて口早に話をする。
 そして、おもむろに手を出し、握手を求めた。
「はぁ、それはどうも。」
 悠里は苑儒を見上げながらおずおずと自分も手を出す。苑儒は悠里の手を掴むとブンブンと2・3度上下し、握手をすると手を離した。
 悠里などは、捲くし立てるような苑儒のしゃべりに圧倒されて片言しか出てこない。
 握手といっても幼い悠里にしてみれば、苑儒のされるままに腕を振りまわされた感じだ。
 商人とは皆このような、活気のある人たちばかりなのだろうかと、悠里はぼんやりと思った。
「しかし、このような子どもだとは思いませんでしたな。いや〜あれだけの金細工を作る人なら、てっきり年季の入った職人かと思っていました。いやいや、それなら長年金細工 を扱っている私の目に留まらなかったのも、おかしいですね。うんうん、そうですか。」
 苑儒は一人でしゃべり、一人で納得する。
「悠里は昨年から作り始めたのですよ。」
 もう一人の男が説明をする。
「ほうほう、そうですか。いや〜悠里君、君の技術は並ですが、細かな部分の出来が素晴らしい。 たかが工芸品、手作りとはいえ作品的には大量生産。しかし、手作りの良さというのは、同じように見えて、作り手の個々の個性が出てくる物なのです。いや〜私は君の将来性に掛けますよ。」
 苑儒はうんうんと、話の途中で何度も頷く。
「はぁ、ありがとう…ございます。」
 悠里はこの苑儒が自分を褒めてくれていると、かろうじて早口から聞き取り、礼を述べた。
 

 
 悠里が喋り切るのを見計らって、苑儒はさらに話を続ける。
「そこでです。悠里君。私が君の後見になりましょう。
 国民に出回る原材料の輸入品は2〜3級品の物で、それを他国へ御土産程の輸出品となるよう加工した工芸品です。
 輸入品の中でも一級品を君の家に卸します。もちろん装飾品にしてください。
 それを優先的に私が買い取ります。もちろん、値段もそれなりに付けさせてもらいます。」
 やはり、苑儒は早口でしゃべる。
「はぁ……」
 悠里は最初と最後の方しか聞き取れず、なんと返事してよいか迷い言葉も出ない。
「悠里、これは凄いことだぞ!」
 この商人と付き合いの長い男は、慣れたもので苑儒の話を聞き取れているようだ。
 喜ばしい申し出に、ホッケとしていた悠里の肩を軽く揺さぶった。
「いや〜、久々に良い職人を育てることが出来そうです。私も嬉しいです。喜ばしい。」
 話についていけてない悠里を余所に、苑儒はやはり一人頷く。
「あの、後見とか…って…」
「そうそう、後見です。つまり、君には将来的に匠玄師になって頂きます。
 そのために、君に先行投資するのです。1級品の材料に触れ技術を磨き、匠玄師の試験に推薦するのです。
 もちろん、匠玄師になった君の装飾品も私が流通を扱います。この国の制度といってもいいでしょう。」
「はぁ……。」
 幼い悠里には、匠玄師の試験という漠然とした言葉は知っていても、国の制度、商人のことや流通についてまでは知らない。
 悠里は苑儒の顔をちらりと見た。
 

 
 悠里の視線に気づき、苑儒はさらに話を続ける。
「この静鈴国は工匠の国であり、匠玄師の試験を受けるには家族以外の第3者1名と商人1名、計2名の推薦が必要になります。彼ら(匠玄師)の作った物を扱うのも商人です。よい職人を育てるもの商人の役目であると思っています。まあ、そんなところです。」
「では僕は将来匠玄師になる可能性を手に入れられるということですね。」
「いや〜、君の云うとおりです。では、私の云ったことを受け入れていただけると、そういうことで宜しいですかな?」
「はい。この国で匠玄師になることは、凄いことです。一度は憧れるものです。」
 悠里は顔を輝かす。幼くとも、この国で匠玄師になることは名誉なことなのだ。と知っているのだ。
 自然と手に力が入る。
「いや〜、悠里君の云うとおりです。では2年間、匠玄師になる為の勉強をして頂きます。よい職人を先生につけます。
 もちろん、私が紹介します。そして、技術を磨き、ありきたりな工芸品ではなく、オリジナルの物を作ってもらいます。
 図案も君が考えるのです。出来上がるまでの過程の全てを君がやるのです。いいですね。」
「え?全て?」
「そうです。今までは大量生産を目的として見本の形を作ってきたでしょう。一流一級の品と職人は、やはり独創的でないといけません。匠玄師となるならなおさらでしょう。冬省の一室に自分だけの工房が貰えるのですから。それに、イメージだけの注文から装飾品を作らないといけ事もしばしばあります。つまり、技術だけでなく、感性も身につけなければなりません。」
「はぁぁ〜……」
 苑儒の早口は勿論、その話の内容に、悠里はため息しか出てこない。
 悠里には途方のない話に思えた。そして、匠玄師の試験やこれから身に着けなければならないことを考えると、自分にできるのだろうかと、悠里は不安に襲われた。
「いや〜、大丈夫ですよ。君ならきっと出来ます。私が保証します。ねえ。」
「そうだね。悠里は目を見張るものがある。」
 それまで、黙って話を聞いていた男が口を開く。
「おじさん…」
 悠里はその言葉に照れくさそうに微笑んだ。
 
 ―――では、私はこれで失礼します。いや〜今日は良い日だ―――
 苑儒は上機嫌でもと来た路を帰っていった。
 

 
「おーい、オヤジ……!」
「……? ……あぁ、凌舜か!」
「あぁ、じゃねえよ……全く。」
 悠里の家へ続く路の少し先から歩きながら声を掛ける。
 その声には怒気が感じられる。
「あれ?母さん。」
 悠里はもう一人路を歩く女性に向かって声を掛ける。
「ただいま。悠里。……と。凌舜のお父さん、こんにちは。
 凌舜君とは、港で会ったんですよ。」
 女性は、家の軒まで来ると挨拶をした。
「こんにちは。」
 大人二人は軽く会釈をする。
「おいおい、港に用事があるから‘付き合え’って云ったのはオヤジだろ。それなのに、息子を置いてさっさと帰るとは、親として疑うぞ!」
「凌舜は子ども扱いして欲しいのか?それは知らなかったな。14歳にもなろうという男が……はぁ。」
 先ほどまでの、苑儒が居た時の無口さは何処へやら、息子に対しては良く喋る。
「ちが……っ。一言云ってから帰れって、云ってんの!」
 凌舜が子ども扱いされたことを照れくさく思い、それを隠そうとさらに大声で云う。
 それを見て悠里が微笑む。
 

 
「それよりも、悠里のお母さん。苑儒さんが悠里君の後見人として名乗り出てくれましたよ。」
「まぁ、本当ですの!」
 口元を両手で押さえて、女性らしい感嘆の仕草をした。
 嬉しくて仕方ない感じだ。
「悠里君は器用ですからね。何より感性が良い。私も悠里君の腕前は保証しますよ。」
 男は力強く頷く。
「この里一番の職人の方から保障されると、心強いですわ。」
「とんでもない。そのうち里一番の職人は悠里君だと云われる様になりますよ。」
 男は少し照れくさそうに頭に手をやりながら云う。
「うちの息子など、不器用で体力しか自慢できるものがないから、あなたが羨ましい。」
「いいじゃありませんか。凌舜君には、ここまで、荷物を運んでもらったんですよ。
 優しい子じゃありませんか。上の息子さんも良く出来た子だと評判ですよ。」
 お互いの息子を褒めあって、軒先で大人二人が話に夢中になっている。
 本人を目の前に褒められたのでは、子どもの方は気恥ずかしく、居座りが悪い。
「悠里、こんな大人の話に付き合ってられっか!行こうぜ。」
 凌舜は、悠里の手を引いて、歩き出す。
「あ……う…うん。」
 悠里は手を掴まれた反動で少しだけ前のめりになった。
「あまり遅くならんようにな!」
 息子の後ろ姿に男が声を掛ける。
「解ってるよ!」
 凌舜は振り返ることなく、返事をした。

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