Fairy Waltz    メニューへ戻る
 Fairy Waltz オルステッド様の冒険記。
 何故か味わえば味わう程に輝きを増すオルステッド様の美文。
 提出された時は涙が出るかと思いました。
 この素晴らしい書を敬意を持って、ここに展示させて頂きます。
帝國史書係 セイチャル・マクファロス
 
 文/オルステッド様


*1 魔法獣編 上*2 魔法獣編 下*3 百人斬り編
*1 魔法獣編 上 ▲
 
 あれは何時の事だったか……。
 オルステッドは傷付いた体を治療しながら、自らの前に力無く横たわる古代魔法獣の死骸を見た。
 
 最初はほんの戯れだった。
 自分の日常は極めて単純だ。釣った魚を市場に出し、売り、日々の糧を得る。
 その日もまた何も無い(少し変わってはいたが)、平凡なものだった。
「昔の釣竿は良かった。お上の行いに文句を言うつもりじゃぁねぇが、最近の竿は脆くていけねぇ」
 直ぐ隣りで同じ様に魚を売る親父に、愛想笑いで答えながら店を畳んでいく。
(後はこの福引券を公営の質屋に流して、月彩村に帰るだけ)
 何時にも増して暖かい懐に気分を良くしながら、質屋に向かって歩く。
 
 今朝は大量だった。普段釣れない虹色の魚(鱗が光の角度で七色に変化して見える)に加えて異様に大きな魚が2匹もつれた。
 この異様に大きな魚。釣ったはいいものの、処分に困った。売れないのだ。
 その巨大さ故に鱗が硬く、そのままでは食べる事が出来ない。
 宮廷広場に来る客は、大抵が腹を空かせた冒険者達だ。
 その巨体故に食べられず、使えもしない物は見向きもされなかった。
 他の魚は早々に売れたにも関わらず……だ。
 いっそ質屋にでも流してしまおうと何度も考えたが、釣り師の誇りが此れほどの得物を売らずに、質屋に流す事を良しとしなかった。
 隣りで店を出す親父と他愛無い話をしながら、道行く人々を眺める。
 そして太陽が真上に差し掛かり、そろそろ昼に差し掛かろうとする頃、
 見るからに安陳腐なナイフを片手に、目を血走らせながら、その客はやって来た。
 最初暴漢かとも思った。だがここは公共の広場。刃傷沙汰は厳禁だ。
 そいつは売れ残りの雑魚と一緒に買い取り手に困っていた巨大魚も買って行った。
 始終無言で、ただ目を血走らせるそいつは、勘定を済ますやいなや、風の様に走り去ってゆく。
 そのあまりに不自然な行動から、よもや贋金を掴まされたのではないかと、何度も勘定の金貨を確認したものだった。
 
 と、視界の端に何かを見たような気がした。歩みを止めて気になった方向を見ると人だかりが出来ている。
 よく見れば、先ほどの客が別人としか思えない愛想笑いを浮かべて、商売をしていた。
 その店先に並ぶのは、見事としかいえない魚料理の数々。恐らく、自分から買い取った魚の慣れの果てが、あそこに並んでいるのだろう。
 値札を見れば一皿20gold。自分は彼に魚を20goldで売った。彼はどれ程の利益を得ているのだろうか。軽く10皿程はあるそれらは、飛ぶように売れて行く。
 富の偏在とはこう言うことなのか……等と具にもつかぬ事が頭に浮かぶ。
 噂では、皇帝に織物を献上し、莫大な金を手に入れている者が居ると言うが、雲の上の話だ。
 そも織物の材料になる糸自体が滅多に市場に流れないのだが……話が逸れた。
 その店の横に公設の福引所があった。
 それは何となく、本当に何となくの行為だった。
*2 魔法獣編 下 ▲
 
 質屋に行くまでも無く、何時もより懐が暖かかったから。ただ其れだけが理由だった。
 普段質屋に流す福引券を使い、並べられたカードを無心にめくる。
 福引所を出たとき、自分は一つの卵と、粉の入った3つの袋を手にしていた。
 自分は手にするそれらが何であるかをよく知っていた。
 一流の魔法使いになると村を飛び出し、帝都に出てきたのは何時の事だったか……。
 魔術ギルドで魔法の修練を続けたが、才能が無かったのだろう。
 他の者たちが次々と魔法を覚える中、自分は一つも憶える事が出来なかった。
 いや、一つだけ憶える事が出来たか。魔力をひたすら伸ばし、才能ではなく知識で習得する魔法だったが、間違いなく魔法だ。あらゆる物を金に変えられる魔法。
 憶えた理由は、これが使えれば金儲けが出来ると言う不純そのもの。そんな理由で覚えた魔法だが…まぁ世の中そんなに甘くは無かったとだけ言っておこう。
 少なくとも努力と時間に見合った魔法では無い。
 そんなおちこぼれの自分だが、知識だけはそれなりに持っている。ギルドに通っていたのは伊達では無い。
 手に持つ卵は古代の卵といい、要するに古代魔法獣の卵。粉はマジックパウダーという、卵に振り掛けて孵化を促す為の代物という事が解る程度には知識を得ていた。
 少なくとも、どちらも売れるような物ではない。落胆しつつも、戯れで卵に粉を振り掛けてみる。
 孵化した魔法獣の強さによっては、競売に流せるからだ。まぁ、そんな強い魔法獣は滅多に出ないらしいが。
 と、3袋目の粉を掛けきった所で、卵が震え出した。知識に間違いが無ければ、この状態の卵を地面に叩きつける事で、古代魔法獣が生まれるらしい。
 早速、力いっぱい地面に叩きつける。すると地面に叩きつけられ、割れた卵から、光の塊が飛び出してきた。
 魔法獣としては最も人気の無い形、ウィスプだ。掌に載せると、羽のように…いや、羽よりも軽い。はっきり言って競売に流せる代物ではなかった。
 自分は戯れにこいつを飼う事にした。村を飛び出してからこの方一人きりだった我が身だ。一人…いや、一匹くらい道連れがいても良いだろう。
 その日から日常が変わった。こいつの餌となる古代の実を得るため、福引券を質屋に売らず、自分で使うようになった。
 ある日、暴漢に襲われた自分をウィスプは5つの光弾を連続で吐き出す事で助けてくれた。生まれた時、何の力も無かった筈の魔法獣が…だ。
 鑑定士に見せると、驚くべき結果が返ってきた。無力の筈の魔法獣は、何時の間にか恐るべき魔法獣に進化していた。一流と呼ばれる戦士にしか身につけられない「反撃」「流星剣」という技に加え、これまた一流の盗賊しか身に付けられないという「致死撃」。まで身に付けている。
 この日を境に自分の生活は一変した。釣り師から冒険者になったのだ。王の依頼を受け、野良魔法獣退治に奔走する毎日。
 その中でも、こいつは確実に成長していった。
 ボロボロの釣竿を呑み込み、代わりにパンを吐き出したときには心底驚いたものだ。糸を呑み込んで布切れにしたときも驚いたが、武器が食べ物に変わるとは。魔術ギルドで研究してみたら、さぞかし面白いものが見つかるだろう。
 もっとも、その頃にはコイツと離れられなくなっていたわけだが。
 
 治療が終わって立ち上がる。直ぐ側に横たわる魔法獣の死骸に一瞥くれ、少し離れた所に浮かぶソイツに声を掛ける。
「行くぞ、レイザーソニック」
「ピーピッ♪」
 次はどんな依頼が待つのか。何れにせよ、こいつと一緒なら何の心配もない気がする。
 今回の報酬で何を食べようかと考えながら、街道を帝都に向かって歩き出した。
*3 百人斬り編 ▲
 
 あれからどれほどの時が経ったのだろう。
 己が自信を粉々に打ち砕かれたあの戦い。
 私は今、嘗て敗北した相手を前に、盾を構えた。
 
 皇帝の命を受けるがままに野良魔法獣を狩り続ける毎日。
 懐具合が淋しいところに目にとまったのは帝都で開催している百人斬りの賞金だった。
 負け知らずだった私は慢心していたのだろう。
 何一つ気負う事無く、何一つ用意する事無く、百人斬りの会場へと向かった。
 そこは淋しい所だった。唯広いだけの建物。
 闘うに不自由は無い広さだが、その建物の内壁一面に書かれた魔法文字が何とも不気味だった。
 魔術ギルドでの記憶が正しければ、この文字は自然界に漂う魔力を吸収し、特定の魔法を常時発動させる為のもの。
 そしてここに書かれた文字の導く魔法は思念の保存と物体の再現。
 この建物は、勝者の思念を保存し、塵芥で作られた仮初の肉体に宿らせ、ただ闘うだけの人形を生み出す。
 そして人形と人とが戦い、人形に勝った者が新たな人形に成り下がる。まぁ、勝ち得た本人が預かり知らぬところで闘うわけだからどうと言う事は無いが……どこか悲哀の念を感じさせるものだ。
 ただただ闘い続ける人形とそれを生み出し続ける建物……。
 まぁ細かい事情はさて置いて、兎に角この人形を倒せば、人形がそれまでに倒した人間の数に比した金を手に入れられるということだ。
 広場の張り紙には少なくともそうあった。
 懐の淋しい身の上としては、それだけわかれば十分だった。
 始まりの合図は無く、唐突にその戦いは始まり、終った。
 牽制も何も無かった。鍛冶屋で鍛えた自慢の盾も、鎧も、ただの錘にしかならなかった。
 私は……ただの一撃で倒された。
 
 気が付いた時、あまりの惨めさに不覚にも涙を流した。
 慰めるつもりだったのだろうか、何処か悲しげに明滅を繰り返し、私の周りを漂うウィスプ。
 私を心配しての行動。だが、私は叫んでいた。
「何のための魔法獣だ! 役立たずがっ!」
 あまりの惨めさからやけになり、当り散らす私だったが、相棒はただ、無言で明滅を繰り返し、私の周りを漂った。
 今を思えば、その行動がどれほ有り難かったことか。
 やがて日が暮れる頃、俺は無言で立ち上がった。ここで挫けるわけには行かないのだ。自分には生活がある。
 相棒はそんな私に、無言のままついて着てくれた。
 私は我武者羅に修行に励んだ。相棒を手に魔法獣との戦いを繰り返し、夢破れて以来久しく通っていなかった魔術ギルドで修行に励んだ。
 私には魔法の才能が無い。100や200修行したとて、魔法を覚える事はおろか、魔力一つ上がらない。
 だが、修行そのものは無駄ではない。
 僅かとはいえ、瞑想を繰り返せば神経が張り詰め、感覚が鋭くなり、己が成長に繋がるからだ。
 そして私はただ只管に自分を鍛えた。
 
 自分を取り巻く精霊達が活性化しているのが解る。
 前回不覚を取った相手との相性は、消して悪くは無いのだ。
 前回の反省を生かし、修行では速度優先で鍛え……それは、実になっていた。
 私の相棒、レイザーソニックが先制をとり、光弾を放つ。
 だが牽制の一撃は軽かったのか、当りこそしたものの、大したダメージを相手に与えたようには見えない。
 逆に、こちらの攻撃直後の隙をついて、人形の刀が私に伸びてきていた。
 とっさに避けるが、重量5という盾が災いして、鎧ごと肩から袈裟懸けに切られる。
 続けて相手は体を回しながら、横薙ぎに追撃を放ってきた。
 斬撃の衝撃から立ち直れない私は、それを受けるほか無かった。
 だが、ただでやられるわけではない。この一連の動きの間に相棒を相手の背後に回りこませ、力を貯めさせたのだ。
 並み居る野良魔法獣をしとめてきた必殺の技・五連の光弾・その名も流星剣が人形を仕留めんと相棒から放たれる。
 しかし、今まで必殺であったその技は、その瞬間に必殺ではなくなった。
 人形は盾をかざして、五発の内二発を受け止めたのだ。そのうえ、盾を掻い潜った三発のダメージに耐え抜いていた。
 思わず人形から離れる動きが止まり、致命的な隙を見せてしまうが、流石に今のは効いたのか人形は膝をつき、仕切りなおしの様相を呈する。
 唯一つ最初と違うのは、自分がボロボロであるのに対し、人形は傷こそ負っているものの、健在であるということだ。
 戦いの第二ラウンドは、唐突に始まった。
 にらみ合いを続ければ、出血が酷い分自分が不利。そう悟った私は先制となる一撃を放った。
 それは図らずもこの戦いの最初の焼き写しのようだった。ただ違うのは人形は盾を使い、冷静に私の攻撃を受け止めたことだろうか。今を思えば、これが勝因となりえたのだろう。
 そして攻撃直後の隙をついた人形の刀は確実に私を捕らえ、この瞬間、私は己が斬られる幻覚を見た。
 しかし気が付くと人形の攻撃は空を斬り、床を叩いていた。
 そして、私の相棒はこの隙を逃さなかった。指示するまでも無く人形の背後に回りこみ、今度は力を貯める事無く、ただ一撃を放つ。
 その一撃は人形の鎧の隙間を抜け、その身を穿った。
 相棒が使える事は知っていたものの、ただ一度も使われなかったもう一つの必殺の技。流星剣とは対極になる正確無比の一撃・致死撃。
 人形はその一撃を受けて倒れ、金貨の詰まった袋に変わった。後に残されるのは新たに創られた俺の人形と、私の相棒。そして何故勝てたのか解らず、呆然とする私だけだった。
 自失から立ち直った私が最初にした事は、人形最後の一撃が空を切った理由を探す事だった。
 が、それは簡単に見つかった。金貨の詰まった袋の下から、私の鎧の欠片が見つかったのだ。
 それは最初に受けた連撃で砕かれたものだった。
 こんなこともあるのかと、私は笑ってしまった。これだから世の中侮れない。
 
 戦うときは、鎧の欠片に気をつけよう。
 案外酒場の笑い話として流行るかもしれない…そんな思いを胸に、百人斬りの賞金で酒を飲む為、私は酒場に向かった。
 酒の肴は勿論、先の戦いだ。
 盛大に笑い声を上げながら道を歩く私を、何時の間にか浮かんでいた月と、相棒の光が照らし出していた。

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